別に味方をするわけではないが、最近の報道を見ていると、東電バッシングが目に余るように思う。
遅々として進まない事故の収束、見通しのたたない今後の推移、解りづらいし要領をえない説明等、
傍から見ていれば、苛立ちや歯がゆさで、相手をののしり攻撃したくなるのも分からないではない。
しかし本当にこれほどのバッシングを受けなければいけないほど東電に責任があるのか疑問に思う。
今回の福島の原発事故はマグ二テュード9.0という、予想だにできない大きな地震により発生した
15mにも及ぶ大津波によって起こったものである。言わば想定外の事態で引き起こされた2次的な
事故である。そこまで想定していなかった東電が悪いというのであろうか?一部の学者が可能性を
指摘していたというだけで誰もが予想だにしなかった大災害である。過去に何度もあった大津波の
経験から高い防潮堤を築いたり避難体制を整えていた東日本の各都市でさえ、あの大惨事である。
もともと原子炉設置をするには国に申請し、許可を受けてから建設してきているはずである。違法に
作ったわけでも、安全基準をクリアーしないまま作ったわけでもないはずである。従って福島原発は
国や地域の、ある種の合意を得て出来あがった施設である。言わば国のお墨付きの施設である。
(周辺市町村に対し交付金が配られていて、その額は財政の4割になる市町村もあると言うほど)
例えば阪神大震災の時、高速道路が倒れそのために災害にあった人、橋が落ちて被害を受けた人、
公共の施設にいてそこが火事で亡くなった人、その保障を道路公団や国に請求できたのだろうか?
今回の問題も基本的には同じような問題ではないだろうか?たまたまそれが放射能と言う厄介な
ものを扱っていたから問題が大きくなってしまった。では、放射能を外部に漏らしたという管理責任で
バッシングを受けているのであろうか?しかし私には今回の事故で東電に大きな落ち度があるとは
思えないのである。
福島第一原発の1号機2号機はアメリカのGE社製である。3号機は東芝製、4号機は日立製という
ことである。従って原子炉本体の製造責任は各メーカーにあるはずである。東電はそれら原子炉の
購入者であり、管理運営者である。言ってみれば各社の作ったマニュアルに沿ってそれを運営して
いたオペレーターであるにすぎないように思うのである。
原子炉の鎮静の作業にしても、基本的には東電の社員ではなく、消防庁のレスキュー隊や各社の
技術者の参加の基に進められていてはずである。東電側はそれら作業内容や今後の進行予定を
聞きながら、保安院や原子力安全委員会に報告するような格好なのであろう。したがって東電側に
主体性はなく、あくまでも原子炉メーカーや消防隊の手腕にゆだねられていることの方が、多いの
ではないだろうか?
原子力発電推進は化石燃料からの脱却のため推進されてきた国の施策である。今回東日本震災で
起こった原発事故を、一民間企業である東電を悪者にして叩いていれば良いという風には思えない。
東電は現状は針の筵で、抗弁できる状況ではない。それを良いことにメーカーはその物陰に隠れ、
政府は東電に責任転嫁して責任回避しているようにみえる。マスコミはマスコミで誰かを悪者にして、
激しくバッシングすることで、自分を正義の代弁者のように装っている。
私は歳を取ってきた所為なのか、だんだんマスコミ嫌いになっている。特に民放の報道姿勢には怒り
さえ覚える。見識のないタレント評論家に好きなように批判させ、それを垂れ流し的に電波に乗せて
流しているだけである。その発言が問題になったとすれば「それは評論家が言ったこと」、として言い
逃れして自社の責任を回避する。そんな無責任なマスコミに原発事故を語る資格はないように思う。
阪神大震災の事例からすると、家を流された人々に対しては、被災者生活再建支援法に基づいて、
最高200万程度の支援金が支給される。しかしそれでは今までの生活を取り戻すことはできない。
そして被災者は今回の災害への怒りはどこにぶつけいようもなく、自分で納めるしかないのである。
では、原発事故による2次的災害の責任は何処にあるのか?それは天災なのか?人災なのか?
今はその怒りの方向は東電に集中している。それで良いのだろうか?避難している人々の保証は
どうなるのか?誰が何処まで保障するのだろうか?今回の津波で家を流され被害にあった人々と、
放射能で被害をこうむっている人々と、何処がどう違うのだろうか?どこで区別するのだろうか?
難しい問題である。しかしそういう問題にジャッジし、線引きしていくのが政治である。仔細なことは
後で詰めるとして、今はその処理の方向についての考え方を、明快に毅然として訴える時である。
それが災害時や緊急時のリーダーシップなのであろう。それが管さんにはない。皆の合意を得て
からと思うから要領を得ないしスピードが鈍い。その間に人の感情が吹き出し収拾がつかなくなる。
そしてそれを無責任なマスコミが煽る。今のままでは、解決の方向が見いだせないままにストレス
だけが溜まって行くように思う。つくづく悩ましい世の中である。
遅々として進まない事故の収束、見通しのたたない今後の推移、解りづらいし要領をえない説明等、
傍から見ていれば、苛立ちや歯がゆさで、相手をののしり攻撃したくなるのも分からないではない。
しかし本当にこれほどのバッシングを受けなければいけないほど東電に責任があるのか疑問に思う。
今回の福島の原発事故はマグ二テュード9.0という、予想だにできない大きな地震により発生した
15mにも及ぶ大津波によって起こったものである。言わば想定外の事態で引き起こされた2次的な
事故である。そこまで想定していなかった東電が悪いというのであろうか?一部の学者が可能性を
指摘していたというだけで誰もが予想だにしなかった大災害である。過去に何度もあった大津波の
経験から高い防潮堤を築いたり避難体制を整えていた東日本の各都市でさえ、あの大惨事である。
もともと原子炉設置をするには国に申請し、許可を受けてから建設してきているはずである。違法に
作ったわけでも、安全基準をクリアーしないまま作ったわけでもないはずである。従って福島原発は
国や地域の、ある種の合意を得て出来あがった施設である。言わば国のお墨付きの施設である。
(周辺市町村に対し交付金が配られていて、その額は財政の4割になる市町村もあると言うほど)
例えば阪神大震災の時、高速道路が倒れそのために災害にあった人、橋が落ちて被害を受けた人、
公共の施設にいてそこが火事で亡くなった人、その保障を道路公団や国に請求できたのだろうか?
今回の問題も基本的には同じような問題ではないだろうか?たまたまそれが放射能と言う厄介な
ものを扱っていたから問題が大きくなってしまった。では、放射能を外部に漏らしたという管理責任で
バッシングを受けているのであろうか?しかし私には今回の事故で東電に大きな落ち度があるとは
思えないのである。
福島第一原発の1号機2号機はアメリカのGE社製である。3号機は東芝製、4号機は日立製という
ことである。従って原子炉本体の製造責任は各メーカーにあるはずである。東電はそれら原子炉の
購入者であり、管理運営者である。言ってみれば各社の作ったマニュアルに沿ってそれを運営して
いたオペレーターであるにすぎないように思うのである。
原子炉の鎮静の作業にしても、基本的には東電の社員ではなく、消防庁のレスキュー隊や各社の
技術者の参加の基に進められていてはずである。東電側はそれら作業内容や今後の進行予定を
聞きながら、保安院や原子力安全委員会に報告するような格好なのであろう。したがって東電側に
主体性はなく、あくまでも原子炉メーカーや消防隊の手腕にゆだねられていることの方が、多いの
ではないだろうか?
原子力発電推進は化石燃料からの脱却のため推進されてきた国の施策である。今回東日本震災で
起こった原発事故を、一民間企業である東電を悪者にして叩いていれば良いという風には思えない。
東電は現状は針の筵で、抗弁できる状況ではない。それを良いことにメーカーはその物陰に隠れ、
政府は東電に責任転嫁して責任回避しているようにみえる。マスコミはマスコミで誰かを悪者にして、
激しくバッシングすることで、自分を正義の代弁者のように装っている。
私は歳を取ってきた所為なのか、だんだんマスコミ嫌いになっている。特に民放の報道姿勢には怒り
さえ覚える。見識のないタレント評論家に好きなように批判させ、それを垂れ流し的に電波に乗せて
流しているだけである。その発言が問題になったとすれば「それは評論家が言ったこと」、として言い
逃れして自社の責任を回避する。そんな無責任なマスコミに原発事故を語る資格はないように思う。
阪神大震災の事例からすると、家を流された人々に対しては、被災者生活再建支援法に基づいて、
最高200万程度の支援金が支給される。しかしそれでは今までの生活を取り戻すことはできない。
そして被災者は今回の災害への怒りはどこにぶつけいようもなく、自分で納めるしかないのである。
では、原発事故による2次的災害の責任は何処にあるのか?それは天災なのか?人災なのか?
今はその怒りの方向は東電に集中している。それで良いのだろうか?避難している人々の保証は
どうなるのか?誰が何処まで保障するのだろうか?今回の津波で家を流され被害にあった人々と、
放射能で被害をこうむっている人々と、何処がどう違うのだろうか?どこで区別するのだろうか?
難しい問題である。しかしそういう問題にジャッジし、線引きしていくのが政治である。仔細なことは
後で詰めるとして、今はその処理の方向についての考え方を、明快に毅然として訴える時である。
それが災害時や緊急時のリーダーシップなのであろう。それが管さんにはない。皆の合意を得て
からと思うから要領を得ないしスピードが鈍い。その間に人の感情が吹き出し収拾がつかなくなる。
そしてそれを無責任なマスコミが煽る。今のままでは、解決の方向が見いだせないままにストレス
だけが溜まって行くように思う。つくづく悩ましい世の中である。