透明な気圏の中から

日々の生活の中で感じたこと、好きな作家についての思いなどを書いてみたいと思います。

札幌学院大学の建学記念館とパネルと

2024-01-29 18:44:54 | 日記

雪時々晴れ。最低気温-8.9℃、最高気温1.5℃。

〈建学記念館〉

〈日本女子マラソン”発祥の地”のパネル〉

歩いて5~6分ほどのところにある、札幌学院大学江別キャンパスの構内に建つ洋館です。

雪山に建つこの建物は同大の建学記念館。青空を背に白い壁が清浄な印象を放っていました。

その館の前には「日本女子マラソン”発祥の地”」のパネルが設置されています。

このパネルが設置されたことを伝える北海道新聞の記事を見つけたのでアッすることにしました。


2014年10月25日            北海道新聞           江別

<日本女子マラソン“発祥の地”-札幌学院大に記念パネル-第一歩記した挑戦たたえ>

【江別】札幌学院大の前身、札幌短大の女子学生と卒業生が日本女子マラソンの第一歩を記したことをたたえ23日、同大で記念パネルが披露された。 1975年、陸上部を指導していた笹岡征雄さん(73)=現札幌学院大名誉教授=の下、学生、卒業生の6人が網走市-網走管内女満別町(現・オホーツク管内大空町)間往復の日本陸上競技連盟公認コース(42・195キロ)に挑み、全員が完走。さらに77年には当時、国内で女子に認められていなかったフルマラソン大会(米国ボストン)に4人が出場した。校舎内で行われたパネルの披露には笹岡さんと教え子の高田(旧姓・三戸部)幸子さん(58)=札幌市西区=、吉田(旧姓・佐藤)道子さん(60)=釧路管内白糠町=も出席。鶴丸俊明学長が「いつか全員で、プレートを前に昔を語り合う日がくることを願い、努力をたたえたい」とあいさつした。笹岡さんは「当時、報道で世界では女子が走っていることを知り、自分の短大でもやってやろうと思った。挑戦してよかった」と感慨深げ。高田さんは今もフルマラソンに挑戦しているといい、「ボストンでは私1人だけが完走できなかった。その悔しさで今も走っている」と語り、吉田さんは「周りからはよく『マネージャーか』と言われ縮こまったことを覚えている」と振り返っていた。「日本女子マラソン“発祥の地”」と記されたパネルは、24日に建学記念館のそばに設置された。


”コロンブスの卵”の逸話を思い出しつつ、最初の一歩を踏み出す勇気と力に敬意を表したいと思いました。

それにしても、日本では人気の高い女子マラソンの”発祥の地”が、我家から歩いて5分ほどのところにあったとは驚きです。

厳寒のこの時期の夜明けは一日のうちでも気温が冷え込む時間帯になることでしょう。

解説にあるように、その時、「氷の着いた舫い綱とそこから落ち始めた雫だけ」が描かれた句。

対象を客観的に捉えて淡々と表現することで、こうした余韻が感じられる作品が生まれるのかなと思いました。

 

それでは今日はこの辺で。

明日が皆様にとって良い一日となりますように・・・・。

コメント
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