4月22日は、良い(4)ふうふ(22)の日なんだそうだが、少なくとも私は”良い夫だ”と胸を張って言えるにはほど遠いようだ。
ところで、身内自慢になってしまうのだが、老父は良い夫だったような気がする。
生前母が、私や妹、或いは祖母と居る時よりも、父、つまり夫と居る時が一番気が楽なのだと言われたことがあった。そして、自分のことを本当に大切にしてくれる父(夫)に心より感謝していると、ぽつりと漏らした事があったのだ。
長男であった父は、確かに妻であった母を常に庇っていた。実の父母や兄弟姉妹を敵に回しても母を庇っていた記憶がある。
本来ならば、旧家の跡取り息子の長男であるはずの父であったのだが、祖父母や兄弟姉妹の肩を持った言葉を発した記憶が全く無いのだ。常に、母の肩を持つ言葉しか発したことはなかったのである。
かといって、夫婦喧嘩はそこそこの頻度でしていたのである。しかし、親兄弟姉妹の側に立って母に何かを言った事さえも一度も無かったと思う。
つまり、母にとっては、父は絶対的な味方であったのだ。日頃決して仲の良い夫婦という訳でもなかったのだが、実際には、母は父に対して一番心を許していたのであろう。
そんな母は、25年前59歳で突然亡くなってしまった。
病気がちで、痴呆症が出ていた祖母(母の実母)に対する看病疲れが最大の原因だったような気がする。
勿論、父がそんな事を言う筈もないのである。
老父のための適当な老人ホームを物色していたある日、老父は、
「XX(実妹)は、体型的にも母親に似て来たので、自分の事で世話をさせて病気にさせては申し訳ないから・・・。月に一度来て貰う程度の完全介護施設に入らないと・・・。」
いつの間にやら、昔のこと、特に母のことをあまり話さなくなった父は、妻に先立たれた最大の原因は看病と介護だった事を知っていて敢えて言わなかったようだ。
そんな、父の気持ちを汲んで、食事・洗濯は勿論のこと日常の健康ケアーも含めた安心した介護を任せられる施設を絞り込み、更には、妹が来るのにあまり負担とならない程度の近さの老人ホームを選んだ経緯があるのだ。
父や妹を敵に回しても、妻を庇えるか? おそらく、老父は”当たり前じゃないか!”と言うに違いない。そんな夫に私がなれるのならば、本当の”良い夫婦”になれるかもしれない。いや、是非そうなりたいものである。