そもそも、我々行政書士等の士業に依頼してくる場合、クライアント側には以下の依頼理由があります。
1.調べてみたが、とても難しくて手に負えない。
2.自分(或いは、会社)で手続はできるのだが、要件が微妙であり、許可を受けられるどうかがはっきりしないので、専門家に頼みたい。
3.自分(或いは、会社)で手続はできるし、申請すれば許可は下りると思うのだが、本業が忙しくて、自分でやっている時間がないので専門家にお願いしたい。
4.自分(或いは、会社)で手続はできるし、許可も問題なく下りると思うのだが、時間が勿体ないので安ければ外注したい。
昨今は、行政手続は簡素化され、要求される要件や立証証拠も大幅に緩和されています。しかし、やはり1.や2.のようなご事情で依頼に来られるクライアントが圧倒的に多いのです。しかしながら、例えば旅券申請のように、誰でもできるが時間が無いとか、安ければ頼みたいという行政手続も決して少なくはありません。
しかし、概ね以上のような理由でのご依頼が圧倒的多数を占めるのですが、希に上記以外の理由による依頼もあるのです。例えば、:
(ア)1.2.のような状況であっても、3.4.のような気持ちを持っている場合。
(イ)とても許可されないとは思いながら、専門家ならなんとかなるであろうと期待する場合。
(ウ)明らかに隠し事や不正があるために、ワンクッションとして我々専門家を利用しようとする場合。
基本的には、以上ようなケースから足を踏み外す士業が最も多いのです。(ア)のような場合ですと、軽く考えている事もあって、偽造・虚偽申請について、依頼者側に不正をする、或いは、させるといった意識が希薄であることが多いのす。(イ)は明らかにクロいモノをシロくすることであり、(ウ)の場合は我々が気が付かずに巻き込まれるケースであります。
以上のような状況に対処する為には、士業としての「不正に決して関与しないという強固な倫理観」や、「簡単に依頼人に付け込まれないプロとしての実力と実績」がやはり不可欠であろうと考えます。
そうは言っても、(イ)(ウ)のような邪な考えをもって依頼に来るクライアントを少なくする事は出来ても、全く無くす事は不可能であります。そんな中での事例を最後にいくつか列挙してみたいと思います。
【元政治家秘書からの依頼】
元秘書「元気そうやなぁ。今日はなあ、ひとつ申請を取り次いで貰いたいんや。後援会筋からの話しでな、やってくれるな?書類は一通り揃っているはずやから!」
書 士「ざっと見た感じでは、だいたい揃っているようですが、精査させて頂きたいので・・・。質問は、この方の電話番号へ直接させて頂いて宜しいですか?」
元秘書「わかっているやろ。ワシに聞いてたって!本人は忙しいらしいからな。頼むな!」
有無を言わさない、威圧的な言い方は、海千山千の元秘書だけのことはあります。しかし、書類を一見して、怪しいと直感したのでした。それは、本当に書類が揃い過ぎているからで、実に良くできていると言うか、出来すぎているのです。なぜ、本人申請しないのかと、疑問に思ったのでした。
こうして、事務所に戻って1枚1枚、念入りに読み込み始めて30分、「これだ!これはやばい!早速断ろう!」。どこからどう見ても文句なしのように見えた申請書類であったのでしたが、賃貸借契約書の条文の中の「店舗」という文字を見つけたのでした。「事務所」のはずなのに、なぜ店舗なのか?これはもう、すべてが虚偽の内容であると決めつけて良さそうでした。
早速、元秘書先生をお訪ねして:
書 士「この申請のお手伝いですが、辞退させて下さい。」
元秘書「なんでや?何かあるんかいなぁ?」
書 士「この事務所の賃貸借契約、”店舗”って書いてありますよね?これでは、取次できません!」
元秘書「ほんまやわ!わかった。あんたの言うとおりや。悪かったなあ。」
この元秘書氏が知っていてやった事なのか、今となっては知る由もないのですが、あっさりと引っ込めたところを見ると、どうも私を利用しようとしたと思うのです。ちなみに、6年ほど前のこの一件以来、この方とは疎遠となっています。
【偽日系人に関わる申請依頼】
依頼人「彼は、妹の配偶者でして、今回、もう一人の妹を呼び寄せたいのですが。私は今、失業中なので、彼に保証人になって貰いたいのですが・・・」
書 士「保証人は、収入がしっかりしていれば誰でも良いのですが、申請代理人は、兄である貴方がなるべきでは?義理の弟である彼が申請代理人になるのは、2親等の姻族ですから問題はないのですが・・・、ちょっと不自然ですね。」
依頼人「でも、今は仕事が無いものですから・・・。わかりました・・・。」
何か、乗り気でない依頼人に比べて、義理の弟と称する饒舌な男が、積極的であった事がちょっと気になったのですが・・・。
ところが、申請して2~3週間してからであろうか、依頼人が一人で突然事務所を訪ねて来たのでした。
書 士「申請結果について、まだまだ2ヶ月はかかりますよ。今日は何か?」
依頼人「質問なのですが、本当の妹でない申請をしたら、どうなりますか?」
書 士「どうなるって、虚偽の申請ですから、最悪逮捕されますが・・・」
と、突然、依頼人は泣き出して、
依頼人「済みません。申請したのは、本当の妹ではないのです。本当は、あの一緒に来ていた義弟の妹なんです。彼に、頼まれてしまって・・・。」と、ポロポロ涙を流し始めました。
書 士「そうすると、出生証明書は偽造書類なんですか?」
依頼人「いえ、書類は本物です。旅券も本物です。」
書 士「ちょっと、待って下さい!どうゆう事だか、よく分からないのですが・・・」
依頼人「書類は、市役所の元職員達が作ったものですから・・・」
書 士「なるほど、市役所職員達が出生登録簿を改ざんしたのか、差し替えたのですね?ですから、旅券もその名前で発給させているのですね。」
依頼人「私は、どうなんるのでしょうか?どうすれば良いのでしょうか?」と、目を真っ赤にした依頼人ですから、彼も被害者かもしれないと思ったのでした。
書 士「幸い、貴方が首謀者ではないようですが、犯罪に関与した事には疑いはありません。今、言った話を、正直に書面に書いて下さい。宛先は法務大臣です。」
相変わらず、涙を流す依頼人に、今正直に言わないと、本当に逮捕されるかもしれませんよ!と警告して、自白書面を書かせ、訳文を添付して翌日取り下げに行ったのでした。
幸いに、担当官は好意的に応対してくれ、「正直に話して下さったのですから、今回に限り不問にしますが、義弟の方にはそれなりの処分が下りる覚悟はして下さい。それにしても、本物であれば偽造とは分かりませんよね!困りましたね・・・」と嘆いていたのが印象的でした。
その後、こういった偽造書類事件には数回遭遇しました。なかには、女性弁護士さんが届け出た偽造婚姻証明(届出人自体も存在しない人間だった!)を数年後、依頼人の要望で発見した事もあります。
また、依頼人自身が気が付かないでいるようなケースも多々ありますので、こういった偽造書類(なりすましも含めて)はなかなか無くならないのが現状です。しかし、こう言った偽造書類を多用するような依頼人に簡単に利用され易い士業ではあってはならないと思います。
行政書士にも守秘義務はありますが、こういった虚偽申請事件に関しては、守秘義務は該当しません。ですから、積極的に当局に通報して、協力して行くことがとても大切だと、私は思う次第です。
以上、今回のシリーズでちょっと、仕事をするのが恐くなった思った方もいるのではないでしょうか?実際、この手の依頼を受け、騙された事で、「もう、こんな仕事は受けたくない」と、その分野で撤退した同業の方も実際にいらっしゃいます。しかし、最初に書いた例ではないのですが、虚偽申請を見破る事、これもプロの技で、快感なのではないのでしょうか?切磋琢磨して、頑張ろうではありませんか!