もうチョットで日曜画家 (元海上自衛官の独白)

技量上がらぬ故の腹いせにせず。更にヘイトに堕せずをモットーに。

2.26近付く

2020年02月24日 | 歴史

 間もなく2月26日であるので、2.26事件について勉強した。

 一般に1936(昭和11)年に陸軍が引き起こした2.26事件は、1932(昭和7)年に海軍将校が総理大臣犬養毅を殺害した5.15事件とともにクーデターの失敗例とされているが、両事件ともにクーデターとは些か趣を異にしているのではなかろうかと思っている。ブリタニカ国際大百科事典でクーデターとは「一般に武力による奇襲攻撃によって政権を奪取することをいう。また革命は支配階級に対する大衆の蜂起とそれに続く既存の体制の転覆であるが、クーデターは支配階級内部の権力争奪である点で革命とも違っている」とされている。歴史上のクーデターの多くは、政権内や軍内部の有力者が武力で指導者を排除して政権を握るというものであると思う。1953年に起きたナセルによるエジプト政権奪取や2006年のピノチェトのチリ政権奪取がその好例かと思う。また、軍事クーデターが繰り返されるタイのように王政転覆をはかるのではなく政権交代のみ求める場合もあるが、首謀(又は目される)者が軍政トップに就くという構図は変わらない。一方2.26事件に関しては、政権交代は求めているものの誰を首班するかについては定かでない(総理大臣真崎甚三郎大将、内大臣荒木貞夫大将との説もある)し、動いた軍も中隊規模であり師団規模以上の大兵力を動かせる軍首脳(高位者)が政権を狙って積極的に関与・指導した事実はないようである。事件の首謀者は大尉以下であり、身近に接する農村出身応召兵家庭の窮状・惨状の原因は、北一輝の「日本改造法案大綱」に説かれているように「特権階級」が天皇を欺いて権力を握っているためであり、その解決策は70年前の明治維新をモデルにした「昭和維新」を断行して「君側の奸」を排除することによって、天皇親政の下に特権階層を一掃し国家の繁栄を回復させたいとするものであった。首謀者とされる人物にも「憂国の情」や「新国家の捨て石」という言葉は残されているが、具体的な組閣名簿にまで触れたものは無いようである。

 2.26事件を総括すれば、蹶起した陸軍将校には幕末における薩摩の中村半次郎や土佐の岡田以蔵に似ている。しかしながら中村半次郎には西郷隆盛が、岡田以蔵には竹内半平太が物心両面の庇護を与えており、もし、蹶起将校の所信を理解し具現化できる指導者が出た場合には、以後の歴史は大きく変わったものになったであろう。歴史に「If」はないが、農村の疲弊を救うための農地改革や財閥解体はGHQの手を借りるまでもなく行ったかもしれず、海外膨張の意欲は同じでも支那事変や満州事変は大きく様変わりしたであろうし、そうなれば大東亜戦争までには至らなかったことさえ考えられる。突飛な行動や常軌を外れた発言にも、一片の真実と改善の方向性を示しているのかも知れない。自分は経験にも学べない愚者の代表格であろうが、もう少し歴史に学ぶ必要があると感じるところである。