もうチョットで日曜画家 (元海上自衛官の独白)

技量上がらぬ故の腹いせにせず。更にヘイトに堕せずをモットーに。

急性疾患と慢性疾患を知る

2020年06月26日 | コロナ

 産経新聞で、立正大学長の吉川洋氏の論を読んだ。

 論は、中国コロナ禍について述べられたものであるが、二つの点でなるほどと思った。1は、今回のコロナ禍で医療崩壊が問題視されたのは、超高齢化社会に対応するために日本の医療体制の重点が急性疾患対応型から慢性疾患対応型に変化を余儀なくされた点であるとしていることである。云われてみれば、救急車で運ばれるような急性疾患や外傷患者に対応する部門よりは、加齢に依る臓器劣化に起因する慢性疾患対応に資源を多く割いているであろうことは推測できるし、昨年に経験した入院生活でも入院患者の大半は後期高齢者と思われる人々であった。慢性疾患患者に対する医療は主として定期的な検診と投薬治療であろうし、医師にとっては余命を測り得るもので、死はその延長線上の必然であろう。一方、数時間のうちに重篤化して死亡する危険性と院内感染を引き起こす可能性が有るものの、いつ起きるか判らない中国コロナのような感染症のために多くの資源を常備することは得策ではなく、ある程度採算性を無視できる公立病院でも不要・不急の機能とされるだろうし、採算を重視する民間医療機関がそのような機能を常続的に維持することは絶望的である。クルーズ船対処以降に自衛隊中央病院では医療関係者を含めて1名の感染者も出さなかったことが評価されているが、戦死傷対処という究極の急性疾患対処を目標とする軍病院であれば、対生物兵器防除施設・装備を持って訓練を行っていたための在り得べき結果であろうと考える。以上のことから、今回の中国コロナ対処の教訓として、一定規模以上の医療機関は非採算的な感染症対処能力の維持を義務付けるとともに、税制面での優遇措置等を講じるべきではないだろうか。2は、感染症に対する都市の脆弱性である。吉川氏は「100年前、医療先進国のイギリスと、後進国日本の平均寿命が同じ」であったことをあげて、都市への人口集中が感染症等の防除には致命的であるとしている。中央官庁や大企業の本社が東京に集中している構造を一朝一夕に変えることは不可能であろうが、今回の在宅勤務の実績等を踏まえて努力すべき目標であるように感じられる。

 「ポツンと一軒家」なるTV番組がある。いろいろな理由と主張から、一般的には辺鄙としか言えない一軒家に住む人々を紹介する番組であるが、住人は決して世捨て人ではなく物理的には近隣住民や社会と適当な距離を置きつつも自由に・闊達に生活している。将に羨ましい生き方と思うものの、既に知力・体力・金力の限界にある身では「ポツンと一軒家」生活に転舵不可能であるが、若い諸氏にはお勧めできる生き方かもしれない。