一寸の虫に五寸釘

だから一言余計なんだって・・・

『土 地球最後のナゾ 100億人を養う土壌を求めて』

2019-09-17 | 乱読日記
最近、若手・中堅の学者で生き生きとした文章を書く人が増えている感じがする。
SNSでの発信で編集者のアンテナにひっかかることがふえたせいだろうか。

本書は、地球上の土・土壌についての分類と特徴、そして特に農作物を涵養するという観点での可能性について語っている。
地球の土壌は栄養分に富んだ肥沃な土地自体は少なく、また栄養分以外の条件(ph、塩分、降水量)などによって収穫量が大きく影響される。日本の黒土も栄養分は少ないが、森林からの豊富な放水量で成り立っている。

中盤までは土壌の種類の解説が続き(高校時代の酸化還元の知識などを動員しつつ)詠み進めるのに時間がかかるが、後半の土壌の可能性についての著者の語りは一気に引き込まれる。

化学肥料についてのくだりー著者は土壌の栄養分の偏りを補正するために化学肥料の使用を否定はしないが、一方で購入力に乏しい途上国が化学肥料だけに依存するリスクも指摘するーは説得力がある。

★4

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『セイバーメトリクスの落とし穴』

2019-09-16 | 乱読日記
本のレビュー(備忘)もずいぶんご無沙汰してしまっていて、フェードアウト寸前なのだが、意を決して在庫整理をしてみる。

こちらはツイッターで話題になって出版後すぐに買って読んだのだが、既に旬を過ぎてしまった感じでちょいと残念(サボっていた自分が悪い)。
ただ、内容は一発屋ではなく、時折読み返すと参考になるところが大きい。
たぶん、野球の技術論から選手の起用法まで網羅的に語った選手・監督OB以外の本というのは初めてではないかと思う。
その分、素人でもわかりやすく、また経験によるバイアスがないところがいい。
一番納得したのが、投手の投げるボールの回転軸と変化の関係。
言われてみればその通りなのだが、非常に腹落ちして、頭にすっと入ってきた。
逆に野球放送の解説やスポーツ紙のコラム・コメントがいかに断片的でテンプレートになっているかを改めて認識させられる。

著者は最近メディアでも活躍しているようで、ご同慶の至り。

★4.5

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『町の未来をこの手でつくる-紫波町オガールプロジェクト』

2019-03-28 | 乱読日記
岩手県盛岡市から東北本線で南に20分ほど行った紫波(しわ)町の駅前の開発は、補助金に頼らず、無理な借金をせすに人の流れを変えたプロジェクトとして地域活性化・公民連携の(数少ない)成功例として取り上げられている。

ウェブサイトはこちら
https://ogal-shiwa.com/

本書は、オガールプロジェクトのけん引役となった紫波町の人々に焦点を当てたオガールプロジェクト立ち上げの記録。

オガールプロジェクトには外部の専門家もアドバイザーとして加わっているし、それぞれの視点から言及した本もあるが、本書は町の人の目線から試行錯誤の過程を追体験できるのがすばらしい。

今でも各自治体からの視察が絶えないようだが、「うちもあんな感じでやろう」というような自治体や「成功例を全国展開」という中央官庁的な発想をする前に読むべきだと思う。


★5




PS
紫波町には昨年12月に盛岡出張のついでに寄りました。


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『大きな鳥にさらわれないよう』

2019-03-26 | 乱読日記
川上弘美はセンセイの鞄くらいしか読んだことがなかったのだが、こういう話を書く人とは想像していなかった。

出だしはふわっと始まるのだが、だんだんこれが人類の未来を描いたデストピア小説の様相を呈してくる。
というよりデストピアなのかユートピアなのかの判断を読者にゆだねながら、断片が少しずつ明らかになっていく。
そこでは「人類とは?」「自分とは?」、種の維持・存続のために異なる存在をどこまで許容するか、が常に問いかけられる。

残念なのは、最後の種明かしがちょっと性急だったところ。
確かにずっと宙ぶらりんの状態に置かれたまま読み進めるのは骨が折れる経験であったが、そのまま時間がかかったとしても最後まで物語としてまとめれば(自分も含めて読者がそこまでついていければ)すごいものになったのではないかと思う。

★3

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『孤狼の血』

2019-03-24 | 乱読日記
盤上の向日葵の柚月裕子つながりで。

こちらは広島の暴力団抗争を舞台にした刑事の話。
作者得意の「頭は切れるものの態度が下品という年配男」であるベテラン刑事の迫力はこちらの方が上かもしれない。
部下の若手刑事やヤクザとの掛け合いの広島弁も生き生きとしているし、息をつかせない展開も見事。

こちらは第69回日本推理作家協会賞受賞作。納得。

★4.5

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『盤上の向日葵』

2019-03-23 | 乱読日記
最近小説は本屋大賞、このミスや気になったレビューに頼ることが多いが、これは2018年本屋大賞第2位。

身元不明の白骨死体と30年前の少年の話、プロ棋士の世界と掛け将棋で生きる「真剣師」の世界が将棋の駒を介してつながる、という話。
筋書きは後半に入ると大体読めてくるのだが、会話や心理描写のディテールの上手さで最後まで一気に読ませる。解説で「頭は切れるものの態度が下品、という年配男」を書くのが上手いと言われていたがまさにその通り。

ちなみにまったく将棋を知らない人はさておき、へぼ将棋の身でも十分楽しめる。

★4

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『破門』

2019-03-02 | 乱読日記
黒川博行つながりで、つぎは直木賞受賞作の『破門』。

これは既に7作刊行されている「疫病神シリーズ」の5作目。

建設コンサルタントの二宮と「疫病神」ことヤクザの桑原の二人を中心にストーリーが展開する。

登場人物のキャラクターも確立されていて、掛け合いはこっちの方がさらに面白い。

二宮はギャンブル好きでいつも金に困っているダメな奴で、疫病神扱いの桑原の方が(特にシノギに関しては)段取りや先読みが利く、というデコボコ度合も面白い。

エド・マクベインの「87分署シリーズ」をちょっと思い出した。


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『迅雷』

2019-03-01 | 乱読日記

『K氏の大阪弁ブンガク論』でセリフの壮絶さを絶賛されていたが、確かにその通り。

「わしはあれを見て、これや、と手を打った。裏の世界でシノギしてるやつから金をとったら、被害届なんか出えへんがな」思わせぶりな笑みを浮かべて、稲垣はつづける。
「――で、わしは極道を誘拐することにした」
「よう考えてみい、極道は金持ってて懐がルーズや。不健康な生活しとるから体力はないし、バッジ見せたら怖いもんはないと思とるから挑発に乗りやすい。おまけにあちこちで恨みを買うてるから、身柄(ガラ)をさらわれても相手のめぼしがつかん。身代金をとるには最高の獲物やで」

という話。

とはいうものの、筋書き通りに話は進まず、主人公たち犯人グループと誘拐された極道達の立ち回りが続くのだが、設定柄、主人公と誘拐・拘束されている極道たその部下とは会話・電話でのやりとりだけになるので、確かに台詞回しがポイントになる。

ストーリー自体もディテールが凝っていてとても面白い。
土地勘がないところで展開される物語なので登場人物が行き来する地名をGoogleMapを横に置きながら読んだらリアリティが出てより楽しめた。

 

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『K氏の大阪弁ブンガク論』

2019-02-28 | 乱読日記
内容的にはみんなのミシマガジンのコラムとして連載していた当時に読んでいた。

大阪弁で描かれた小説を大阪人が論評するので、東京者としては脇から面白がって眺めているしかない。

読み物としては、著者と津村記久子の対談の『大阪的』の方が腹におちる部分は多い。

あちこちで「大阪弁の身体性」が言及されるにつけ、自分自身の日常で使っている言葉が仕事とTwitter的なノリの言葉に二分されて、つまらなくなっていることに反省しきり。

★3

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『紙の月』

2019-02-27 | 乱読日記
横領をした銀行の契約社員の女性を軸にした人生とお金についての話。

実は日常の積み重ねのちょっとした延長として横領という行為に手を染め、それがエスカレートしていくプロセスの描き方が上手い。

目隠ししてジェットコースターに乗って、上り坂をゆっくり登りながら、どこまで上るのか、いつ破綻がくるのかという不安感を味わえる。

★4

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『舟を編む』

2019-02-26 | 乱読日記
2012年の本屋大賞で、既に映画化もされているのに、今頃初めて読んだのだが、人気になっただけのことはある。

辞書の編集のやり方とか言葉へのこだわりなどは思ってたよりさらっとしていたが、こういう語り口の青春小説(に入るんだと思う)って久しく読んでいなかったので新鮮だった。

★4

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『兄弟の血』

2019-02-25 | 乱読日記
『熊と踊れ』の続編。

登場人物の全員が怒りを抱えて生きている、その怒りの中心にある「家族」前作以上に重くのしかかる。こういう重い話は嫌いではない。

大胆な犯罪の構想やスピード感には相変わらずの冴えを見せているが、最後ちょっと辻褄あわせ感が出たのが残念。

★3.5

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『地下道の鳩: ジョン・ル・カレ回想録』

2019-02-24 | 乱読日記
ジョン・ル・カレの自伝。小説同様人や人生に対するシニカルな見方に小さなユーモアが加わってとても面白い。

スパイとして(正式に認めたのははじめてらしい)、またスパイ小説の大家としての経験や交友関係の広さとともに、歳をとっても現地でのリサーチを欠かさない姿勢(そのきっかけの出来事も書いてある)にも感嘆する。

★4

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『サカナとヤクザ ~暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う~』

2019-01-03 | 乱読日記

帯は「決死の潜入ルポ」と煽っているが、暴力団が関与する背景には制度の歪みがあり、特に漁業においてはそれがいたる所にある、というところからしっかり説き起こしているので、読み応えのあるものになっている。

特に問題なのが「漁業権」。この由来について本書から引用すると

 文献で漁業権をさかのぼると、大宝律令に行き着くという。(中略)
 歴代、漁業権は村の有力者に与えられ、網元や庄屋が独占していた。かつての鰊粕のように、魚は田畑の肥料でもあり、漁業権は漁村のみならず、農村にとっても重要な資源だったため、たびたび争いが起きた。(中略)そこで権力は、基本的に村の前の海は住人のものという漁業権を定めたわけだ。
 (中略)明治8年、政府は日本の海を官有化しようと試みるも、各地の強硬な反対にあって頓挫した。憲法や他の法律同様、諸外国の法律を参考にしようとしたが、前述したように漁業権は日本独自の概念であり、該当する法律がなかった。そのため政府は漁師町の慣習・掟を丹念に調べ上げて明文化し、明治38年、ようやく日本初の漁業法が完成した。
 敗戦後、GHQは農地改革に準じた改革を漁業にも当てはめようとした。ところが、長年漁業権が慣習として定着していたため、各地の上位階層が占有していた既得権を開放することは出来ても、日本独自のシステムを撤廃することはできなかった。
 漁業の民主化を目的とした昭和漁業法が公布されたのは・・・昭和24年12月15日である。漁業権を引き継ぐ受け皿として生まれたのがいまの漁業協同組合で、都道府県知事から与えられた漁業権を一括管理する。恩恵にあずかれるのは、ここに加入した組合員だけだ。

漁業法成立までの経緯については「わが国の沿岸漁業の制度と漁業の民主化」などに詳しい。
ちなみにこの論文では「漁業制度の設計時において注目すべき3つの視点」として、①「立体重複的であり,また技術的にも分割するのは不可能である」という漁場の特性をふまえること、②人間の社会性を利己的なものとだけ捉えるのでなく、互恵性・公正性に重きを置く存在としても捉えるべき、③漁民の制度設計への参加、を指摘している。
①については密漁がなくならない(取り締まりが難しい)原因であり、本書でも指摘されている。②については本書の立場は反対である(自分もそちらに与する)。③は既得権の保護から不合理な仕組みが温存される可能性や、水産資源の保護・乱獲の防止の観点との利害調整がポイントだと思う。

さらに、海の利用は漁師だけでなく他の利害もからんでくるし、外国ともつながっていることから、制度の歪みがいたる所にあることを指摘している。

たとえば、発電所の建設に当たって電力会社は補償金を払って漁業組合に漁業権を放棄させるため、そこで何を獲っても(漁法などの規制に反しないかぎりは)密漁にはならないこと。
北方領土は日本としては自国領土であるため、そこでの漁には漁業法の適用ができないため「密漁」にはならず、検疫法や関税法違反で摘発するしかなかった(これは昭和42年12月19日の札幌高裁判決で漁業法の適用が認められるまで続いた)。

最終章はウナギについて書かれているが、これはもっと掘り下げてこれだけで一冊の本にしてほしいくらい面白い。
曰く、シラスウナギはいたるところで取れるので、密漁・流通の規制が厳しい宮崎県でも、許可された10倍の量が養鰻業者に池入れされている。
台湾はシラスウナギの輸出を禁止しているが香港経由で密輸され、元来シラスウナギがとれないはずの香港が日本へのウナギ稚魚の輸入先の8割を占めている(これには関税逃れのための中国から香港経由のものも含まれる)。
特に、土用の丑の日の日本での大量消費が、加温ハウス養鰻での早期肥育やと漁の早い台湾産の密輸シラスウナギに支えられているというあたり、そろそろ平賀源内の口車から降りた方がいいと考えさせられる。

★4

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『中小企業買収の法務』

2018-12-31 | 乱読日記
本年最後はこの本。

この手の解説書は、網羅的・体系的にしようとして大部になってしまったり、書きやすいAだけまとめたQ&A本だったりすることが多いが、本書は中小規模の企業買収にしぼったうえで、さらに「事業承継型M&A」と「ベンチャー企業M&A」に分けて法務上の論点を実戦的に解説している。

論点も実務で直面するポイントについて具体的な対応策まで含めて解説するとともに、法律論だけでなく当事者の意思決定プロセスの与える影響まで言及があり、法務部員の実務書としてとても有益だと思う。

また、参考文献が豊富に紹介されているとともにけっこう踏み込んでいる解説や、「あるある」話のコラムなども面白い。

法務を離れた身にとっても、昔を思い出しつつ、読み物としても面白かった。

(知り合いバイアス抜きにしても)良書だと思うし、ここまで手の内を見せていいのかと逆に心配なくらいである。

★5

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