一寸の虫に五寸釘

だから一言余計なんだって・・・

選挙制度のおさらい

2005-08-31 | まつりごと

衆議院選挙が公示されました。

 私の選挙区では自民党、民主党に共産党と「刺客」もなく話題性に乏しい上に、前回小選挙区で落選した議員も比例区で復活当選しているので今ひとつ面白くないな、と思いながら、以前読んだ「日本の選挙」を読み返してみました。

 その前に、現在の衆議院議員選挙制度のおさらいですが、「小選挙区比例代表並立制」と言われているように、

① 各選挙区では1人の当選者を選ぶ(候補者に投票)
② 比例区はブロックごとに10~20の定数で、政党ごとの当選者数を決定する(政党に投票)
②-1 政党ごとの当選者数は各党の得票数を1,2,3の整数で割っていき、その商の大きい順に定数に達するまで議席配分していく(「ドント式」と呼ばれる)。

政党 A党 B党 C党 D党 E党
得票数 12,000 6,600 5,000 3,200    2,400
1で割る 12,000 6,600 5,000 3,200 2,400
2で割る 6,000 3,300 2,500 1,600 1,200
3で割る 4,000 2,200 1,660 1,066 800
4で割る 3,000 1,650 1,250 800 600
獲得議席 4 2 1 1 0

 ②-3 各政党の当選者は名簿の順位で当落が決まるが、名簿順位1位に5人の小選挙区との重複立候補者の名を並記することが多い。この場合の同順位の候補者が小選挙区で落選した場合、その小選挙区で当選した候補者との票の差を指数化した「を惜敗率」によって順位を決定する。

というしくみになっています。

「日本の選挙」という本は、選挙制度の設計とそれぞれのもつ意味合いを非常に丁寧にまとめている本で、その中で現行の衆議院選挙制度についての「よくある誤解」として以下のことをあげています。

  1. 比例代表制(またはドント式)は大政党に有利、という誤解
    確かに1,2,3と整数で割っていくドント式だと、多少大政党に有利なため1.3.5.7と奇数で割る「サント・ラーゲ式」やスカンジナビア諸国では最初だけ1.4で割り、あとは3,5,7の「修正サント・ラーゲ式」などもあるが、これは「やや有利」というだけで、選挙区が大きく定数が100近くなれば、どの方式をとっても結果は変わらない。
    そもそも比例代表方式は(小選挙区制などと比べて)小政党に有利な制度であり、算定方式だけをもって議論するのはおかしい。
  2. 「二大政党制=二党伯仲状態」という誤解
    そもそも小選挙区制は小さな得票率の差を大きな議席差にする制度なので、そのときどきの議席差は開きやすく伯仲状態になるのはまれである(そもそも政党制論の学問上の二大政党制の定義には「伯仲状態」はない)。
    また、二大政党(単独政権)になっていないのは、小政党も議席を獲得しやすい比例代表性を並立しているからにほかならない。
  3. 「ゾンビ議員」批判の誤解
    小選挙区で負けた議員が比例区で「復活」するのはおかしい、という批判だが、開票作業で比例区の方を先にすると印象は変わってくる。
    たとえば東京ブロックの比例区で自民党が6議席を獲得すると、重複候補の議席は既に確保され、その後選挙区で落選しても議席は確保される(選挙区で当選すれば比例区の後順位が繰り上がり)。「ゾンビ」呼ばわりは不当で、政党本位という点さえ確認できていれば問題はないはず。

確かに、選挙区で何票獲得しようと比例区での各政党の当選者数は比例区の得票だけで決まるわけです。
ややこしいのは「名簿同順位は惜敗率で決める」という小選挙区の論功行賞を反映する部分がからんでくるからなんですね。

比例区は誰が議員になるかを選ぶしくみではないのと、選挙区でも「誰を落選させるか」を投票しているわけではないことを自覚しないといけませんね。


何となく頭の整理がついた感じがします。


そうなると、比例区議員の党議拘束は厳しくてしかるべきなんでしょうから、やはり「対立候補」という表現はおかしいわけですね。

一方、この本の著者は提言として

衆議院のブロック別比例代表制の候補者名簿の決定は本来なら地方が主導権を持って行うべきだが、ブロック別の地方組織が整っていないこともあって、現在は中央主導で決定がなされている。これでは、せっかくブロックを分けている意味が半減する。

と言っています。

確かに今回の自民党の「対立候補」「刺客」問題は、地方対中央の利害調整と党議拘束という自民党のガバナンスの問題が根本にあると思います。
これは民主党が議席を拡大していった場合にも直面する(既に直面している?)問題ですね。

その意味では、「新党大地」は地域政党という有意義な問題提起をしたことになります。


ということで、今さらながら基本のおさらいが出来たので、「選挙区は誰に、比例区はどこに」投票するかをゆっくり考えようと思います。

 


 

日本の選挙―何を変えれば政治が変わるのか





<選挙関係の他のエントリ>

公職選挙法も規制緩和が必要

マスコミが「選挙劇場」になる制度(これは公職選挙法違反は大丈夫?改め)

選挙運動の規制と選挙について語ることの自由の区別

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Naming Rights(命名権)

2005-08-30 | あきなひ
今日は夕方横浜で用事があり、帰りに中華街で食事。

平日だと言うのにかなりの人手にちょっと驚く。


帰路はみなとみらい線の元町・中華街駅から。
駅名にもあるとおり元町と中華街の間にあるので、地上入り口は中華街の近くなものの、地下通路をけっこう歩かされる。

みなとみらい線は東急東横線と直通運転しているので、渋谷駅発の電車はほとんどが「元町中華街行き」になる。
この広告効果は相当大きいと思う。

日頃通勤・通学に利用している人にも、駅のアナウンスで毎日「元町中華街行き」とアナウンスされればサブリミナル効果で深層心理に「たまには中華街にでも行こうか」とか「ああ、東横線で元町まで一本なんだ」と訴える事ができる。


元町中華街のネーミングは、みなとみらい線が集客狙いで自分でつけた野ではないかと思うが、最近野球場やサッカースタジアムの命名権が話題になっている(インボイス西武ドーム、フルキャストスタジアム仙台、横浜日産スタジアムなど)が、TVや新聞で連呼されるだけでもかなりの広告価値があるのだろう。


そう言う意味では、ネーミングやキャッチフレーズというのは言ったもの勝ち、という色合いが強いのだろう。
特に芸能人やマスコミ御用達のコメンテイターなどは、メディアで連呼されているうちに実体がなくてもなんとなくそれっぽい雰囲気になってしまいますね。

(たとえば「TVプロデューサー」のデーブ・スペクターは一体何のTV番組を製作しているのか、とか、叶姉妹の「ゴージャス」の話の中身はどこかの金持ちにおごってもらったとかプレゼントされたという話ばかりで、それって本質的には若者の「援助交際」と同じじゃないか、とか・・・)


話が横道にそれそうなので、今日はこの辺で。
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「虚偽報道」のレベルにも達していないのでは?

2005-08-30 | 余計なひとこと
朝日新聞が虚偽報道 新党結成、田中知事発言事実なし 記者を懲戒解雇
( 2005年 8月30日 (火) 02:48 産経新聞)


アメリカの専売特許と思っていたら、日本でもご多分に漏れずなんだなぁ、というのが最初の印象。


でも、よく読むと、全くの虚構を記事にでっち上げたアメリカの記者に比べ、単に裏取りを怠って記事を脚色したという話なんですね。
報道倫理以前の単なる手抜き、さぼりという低レベルの問題なのではないでしょうか。


天下の朝日新聞のにしてはダブルで情けないですね(どうせ虚偽報道なら世間をあっと言わせるようなものをやってほしかった)


つまらない話なので、この件はこれで終わり。
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「きれいごと」の効用

2005-08-29 | 余計なひとこと
昨日の駒大苫小牧についての記事に関連して。

この手の話は「自分(の所属する組織)だったらどう対応するのがいいんだろう」とついつい考えてしまいます。

よく言われるのは、不祥事に直面したときには言い訳や隠蔽をせずに、正面から受け止め、謝罪をすると同時に再発防止策を公表するとともにそれを守る事を世間に約束する、というのがあります。


まったくそのとおりで、起きてしまったものは仕方がないので、過去を反省すると共に、将来について責任あるコミットをするしかないわけです。
(時節柄ふと戦争責任問題に筆が滑りそうになってしまいましたが今回はなしですw)


その際の手法のひとつに「先人の遺訓にたちかえる」というのがあります。


歴史ある企業であれば、社訓などがあるはずで、そこには抽象的だけど正しいことが言われいるはずです。

不祥事などで評判が地に落ちた企業は、立ち直るよすががなににしろ必要です。
その中で「操業の理念」とか「社是社訓」に立ち帰る、というのは社内外ともとりあえずの非難を防ぐためには有用です。

さらに、そういう社訓には、それぞれの企業風土に根をおろしている価値観が反映されているものです。
つまり「先人の遺訓」を徹底する事で、緩んだ内部(=不祥事の温床になった精神構造やシニシズムが蔓延している人々)に対しては「対外的なポーズだよ」というexcuseという形で導入するとしても、それを徹底するうちに「けっこういい事言ってるねぇ」という認識が広がり、緩んだタガを締めなおす(今風に言えばコンプライアンスを徹底する)ための価値観の共有化の第一歩になったりします。

また、外部に宣言することで、社外の目からも自らの行動を律する基準になったりします。


一種のピグマリオン効果でしょうか。
「とりあえず世間の避難をかわすため」とかいいながら運動論にしていくという部分は「トロイの木馬」の方が近いかもしれません。


たとえば不詳事の続いた三菱グループには、岩崎小弥太が作った三綱領というのがあります。

所期奉公:事業を通じ、物心共に豊かな社会の実現に努力すると同時に、かけがえのない地球環境の維持にも貢献する

処事光明:公明正大で品格のある行動を旨とし、活動の公開性、透明性を維持する

立業貿易:全世界的、宇宙的視野に立脚した事業展開をはかる


三菱商事のHPからの抜粋ですので、解説は現代的な解釈がされていますが非常に簡潔かつわかりやすい指針です。


話題の駒大苫小牧ですが、苫小牧駒澤大学のHPをみると

苫小牧駒澤大学の前身である駒澤大学苫小牧短期大学が、北海道苫小牧に開設されたのは1965年ですが、母体である駒澤大学(東京)の歴史は、400年前にさかのぼります。禅と学問の研究・実践のために1592年に曹洞宗が「旃檀林」を設立し、明治時代に曹洞宗大学林、曹洞宗大学と改めて、1925年に駒澤大学が誕生しました。建学の理念は「行学一如」、教育目標は「信・誠・敬・愛」で、その精神は現在も引き継がれています。

とあり、

「行学一如」とは
禅の精神を表すもので「学ぶことはそのまま人格を形成する」という意味。人類の叡智と文化を創り上げるために、たゆまぬ努力を行い、それが思考や人格形成の核となる。

「信・誠・敬・愛」は
いつも誠実に、謙虚に、敬虔に、深い信頼と愛情を寄せて生きること。自然や社会と共生できる人間を目指します。

と解説されています。


非常に立派な理念です


しかしマスコミ報道では、駒大苫小牧高校の釈明・謝罪は起きた事象の解説・弁明をするだけのように思えます。
とりあえずはウソでもいいから、「建学の精神に立ち返って」というような発言が欲しかったと思います。

そういう自己規定をすることで、今後の行動指針として「指導に熱心な教諭」に自制をさせたり、今回の被害者の親族に対してももし行き過ぎた非難がある場合には毅然とした対応を取りやすくなったんじゃないか、と思います。


最初の動機はズルイ立ち回りだとしても、最初はだれも信じていなかったとしても、「きれいごと」を唱えつづける効用というのはけっこうあるんじゃないか、と思います。

※ここまで書いてふと思ったんですけど、アメリカ人の能天気な強さの一端は「きれいごと」を信じる能力にあるのかもしれませんね。
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検討した結論にしては・・・(駒大苫小牧問題)

2005-08-28 | 余計なひとこと
駒大苫小牧の全国優勝変わらず、部長は謹慎 高野連結論
(2005年 8月27日 (土) 22:19 asahi.com)

「指導者の行為の責任を選手に負わせるのは適当でない」として、同校の優勝を取り消さないことを決定した。

明徳義塾との違いについて、日本高野連側は「明徳義塾の場合はベンチ入りメンバーを含む生徒自身が暴力行為に加わるなどしており、今回のケースとは違う」と説明した。

試合取り消しなどの措置につながる大会参加者資格規定には、選手の年齢制限などが定められているが、指導者の不祥事が想定されていない。指導者の不祥事があっても、15年ほど前からは選手に連帯責任は負わせない方針をとってきた――などの点から、優勝は有効と結論づけた。


ということだそうです。


まあ、今更取り消してしまっても繰り上げ優勝するのか優勝なしにするのか、繰り上げ優勝した場合準優勝はどこにするのか、とか、優勝なしにした場合、過去からの記録の継続性をどうするとか、いろいろ面倒な問題があったので取り消せなかった、というのが本音ではなかろうかと思います。

「国会議員の定数配分は違憲だけれども選挙は無効ではない」というような一種の「事情判決の法理」(詳しくは末尾注参照)のようなものでしょうか(公益性はないと思うけど・・・)


ちょいと疑問は

① 優勝取消しは選手へのペナルティなのか?

そりゃ選手はがっかりでしょうが、実際に最後まで勝ち抜いたという事実は残るしその自身や記憶は残ります。
どちらかというと「甲子園優勝校」という実績は生徒獲得や推薦入学など学校側にメリットがあると思います。

生徒の善意を人質にとるような論理のすり替えは個人的には好きじゃないですね。


② 指導者は今後も何をやってもいい、ということになりゃせんか

「大会参加者資格規定には、・・・指導者の不祥事が想定されていない。」というのを今更もちだすのはどうなんでしょう。

それなら審議委員会を開く必要すらなかったんじゃないでしょうか。
※問題が発覚した時点で「指導者の不祥事自体は厳重注意するが、優勝資格には関係ない」と言い切る、というのもひとつの見識だったように思います。

先日の商事法務の新会社法についての座談会で、野村證券の法務部長が「最近は法律にダメと書いてないことはやっていいだろうという人が多い」とおっしゃってました(うろ覚えなので不正確かもしれません)が、ちょっとそれに近い屁理屈のような気がします。

それに、大会参加規程を変えるつもりもないみたいだし。


高校野球は国民的注目を集めるイベントで、それ自体大きなお金も動くしマスコミなどの商売ネタになります。またそこで有名になることで学校・関係者や生徒の将来への影響も大きくなります(昔は生徒がドラフトにかかると監督は家が新築できたらしい)。でも所詮高校生といういい意味でも悪い意味でも元気のいい連中のクラブ活動、という部分もあります。
一方で、人気商売の宿命として、不祥事はイメージダウンになるので世間への配慮も必要です。


そういう大きなイベントをマネジメントしている高野連としては、今回の結論の出し方、説明の仕方は今ひとつだったと思います。

実際に判断する立場になるといろいろな要素を考慮しなければならず難しいということはわかりますが、だからこそ、スピード感と説得力ある説明が必要だったと思います。




(注)事情判決の法理
 行政事件訴訟法31条には
 取消訴訟については、処分又は裁決が違法ではあるが、これを取り消すことにより公の利益に著しい障害を生ずる場合において、原告の受ける損害の程度、その損害の賠償又は防止の程度及び方法その他一切の事情を考慮したうえ、処分又は裁決を取り消すことが公共の福祉に適合しないと認めるときは、裁判所は、請求を棄却することができる。
と定められています。これを「事情判決の法理」といいます。
 上でふれた話ですが、衆議院議員定数配分規定の違憲性(憲法14条1項(法の下の平等)に違反する)について争われた事件で、最高裁昭和51年4月14日大法廷判決が最初に違憲判決を出しました。この判決で定数配分規定は違憲としながらも規定にそって行われた選挙を無効としなかったときに、この事情判決の法理を適用しています。(正確に言うと、公選法219条では行政事件訴訟法31条の準用は排除されているものの、この規定は平たく言えば選挙違反があっても当選取消にならない、というのでは罰則の意味がないという趣旨であって、「高次の法的見地から、右の法理を適用すべき場合がないとはいいきれない」という論理構成に立っています。)




*********************

関連記事はこちら
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訃報

2005-08-28 | よしなしごと
伯父が亡くなったという知らせを受けました。

母の長姉の夫なので85歳くらいだったと思います。

母親の実家の近くということもあり、小さい頃はよく遊びに行ったのですが、大人になってからは法事くらいしか顔を出す機会もなく、ここ十数年ほどはご無沙汰していました。

別に資産家でもなく、店を誰かに任せている、というわけでもなかったのですが、遊びに行くと年中家で仲間と麻雀を打っているかパチンコに行っているかで、夏休みに遊びに行ったときの平日でも仕事をしている雰囲気がないのが子供心に不思議な人でした。

他人にも自分にも甘いという典型のような人で、子供にはとても優しかった記憶があります(奥さんは苦労されたようですが)。

聞く所によると、2年程前に一度具合が悪くなったときに入院したところ、生まれてはじめての入院で24時間呼べば看護師が来てくれるのに味を占めて、用もないのにナースコールを連発し、病院でも顰蹙を買って予定より早く退院させられたりと、相変わらずのマイペースぶりを発揮していたようです。

ただ、今回の入院は病状がかなり悪化していたみたいです。


競争とか金儲けとか地位とか名誉とか自分探しとかそういうものとは一切無縁の、田舎のマイペースなオヤジを完徹したわけで、ある意味幸せな人生だったと思います。


今日はお通夜に行ってきます。


そういえば、とても達筆な人だったので、香典にヘタクソな字を書いていくと、笑われるなぁ・・・


合掌
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過負荷

2005-08-27 | よしなしごと
といっても仕事のことではなくスポーツクラブの話です。
もちろん「フランツ」でも「海辺の」でもありません(漢字変換ではこっちの方が優先して出てきますが・・・)


8月からマシンジムのメニューを変えました。

3ヶ月に1回のフィットネスチェックでかなりいい数字が出たので、メニューを変えようというインストラクターの提案に調子に乗ってOKしたのがそもそもの始まりです。

変更の中身は負荷がそれぞれ少しずつきつくして、マシンを若干変えた程度です。
しかし、マシンをやっている最中はそうでもないのですが、最後のランニングマシン代わりの
"GLIDEX"
      
の途中くらいから、急に疲労が出ます(そもそもこのマシンの負荷の設定の増やし方が大きいというのもある)。


更にきついのは翌々日(筋肉痛は年齢×1時間後に来るらしいです)。
しかも、最近のマシンはピンポイントで筋肉を強化するためか、マシンを変えて負荷がかかるようになった背筋の上部(肩甲骨のあたり)に張りが来ます。

最初の週は寝違えたかと思ったくらいで、マッサージに行ってしまいました

それ以来アミノ酸を補給して、毎日ストレッチを欠かさずにするようにしています。
まあ、怪我の功名ですね。


考えてみれば、客はいつ来るかわからないので徐々に負荷を増やすというプログラムも組みにくいでしょうし、3ヶ月間タームで考えると最初に負荷を大きくしておかないとすぐに慣れてしまうので、最初は過負荷気味に設定するのでしょう。

そこでめげてもいけないですが、最初から無理にとばして故障してしまい「年寄りの冷や水」などと言われないように、自分のコンディションと相談しながらやろうと思います。



ではこれから行ってまいります。
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台風対策いろいろ(石垣島補遺)

2005-08-26 | うろうろ歩き
一昨日久しぶりに2時まで飲んでいたので、昨日は台風にかこつけて早めに帰り、早めに寝てしまった。


なので、台風は寝ているうちに通り過ぎてしまった。

雨は激しかったようだが、近所での被害はなかった様子。


ところで、石垣島では古い建物の看板は、建物の壁に直接画いてあるものが多い。

これは実は台風対策。

緯度が南なので十分勢力が強いうちに台風の直撃を受けることが多い八重山諸島では、風速何十メートルということも珍しくなく、華奢な看板は飛ばされてしまう。

なので、絶対飛ばされないように、建物壁に直接画いていたらしい。


古い家でコンクリート造が多いのもそのせいか、と尋ねたら、それは台風対策よりもシロアリ対策の面が大きいとのこと。

それぞれに生活の知恵があるものである。
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訂正記事

2005-08-26 | キネマ
先日「ニュースの天才」についてエントリを書いたのですが、いただいたコメントを読んだりして、ちょっと酷評過ぎたかな、と考え直しました。


僕自身は元ネタを知っていて見ていたのでとても中途半端な感じがしたのですが、結末を知らないで見るとすると、同時並行で進む主人公の母校でのスピーチと、会社での出来事の見方も変わってくるし、善玉と悪玉の交代など、けっこうひねったストーリーとも言えます。


ということで、映画の教訓も受け、すぐに訂正記事を出す事にしました。
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300エントリ御礼

2005-08-26 | Weblog
このエントリでblogを始めてちょうど300個目になります。

日記・備忘録として便利だなと軽い気持ちではじめたのですが、飽きっぽい人間であるにもかかわらず、予想以上に続けられています。

レイアウトなどを気にすることなく思いついたことを書くだけでいいし、まとまらなければ書き散らしたまま下書きで残しておけるというあたりが合っているのかもしれません。

始めたのが昨年の12月7日なので、263日で300エントリを書いたことになります。
1日1エントリ以上書いた日がけっこうある、ということですね


また、ここまで続いたのは、コメントやTBをいただいた方々やアクセスをいただいたみなさまの叱咤激励のおかげだと思います。


とりあえず次の目標は1周年です。


今後ともよろしくお願いします
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二匹目のドジョウ

2005-08-25 | 余計なひとこと
秋冬は「ウォーム ビズ」 寒い日に帽子とベスト
(2005年 8月23日 (火) 03:19 産経新聞)

「ウォーム ビズ」は「寒い時は着る」「過度に暖房器具に頼らない」が鉄則で暖房を20度にするのが目的。外気温と室温の差が激しい冬に暖房を抑えると、夏より効果が大きく、環境省では、暖房の方が冷房よりも1度温度を変える際の二酸化炭素排出量が4倍強多いと説明する。

ということだそうです。


夏は薄着にも限度があるし、真夏にスーツという風習もさすがにやせ我慢度合いが高かったので、室温を上げるための「クール・ビズ」というキャンペーンもそれなりに意味があったと思います。
でも今回は、単純に部屋の温度を下げて、寒ければ厚着してください、というので十分だと思うのですが。

少なくとも環境省が必要以上に金をかけてやらなくてもいいように思います。


また、クール・ビズは「ノーネクタイ」というような明快なアイコンがあったので広まった(何となくノーネクタイの人=クールビズと認知されただけかもしれないけど)と思うのですが、ウォーム・ビズは何をアイコンにするのでしょうか。


帽子は満員電車では邪魔だし、
ベストもスーツにあわせて何着も用意するのは面倒だよなぁ


ひょっとすると、今度は閣僚がズボンをまくって新素材の保温性股引(モモヒキ)などをご披露するのでしょうか。

さすがにそれは見たくない・・・
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原爆 葡萄 会社法

2005-08-24 | よしなしごと
kobantoさんのブログで

 原爆も 種無し葡萄も 人の知恵

という俳句(石塚友ニ作)が紹介されています。


風流とは縁遠い私は、俳句の趣とは離れて、連想ゲームをしてしまいました(kobantoさん、ごめんなさい)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


実は原爆の方でなく種無し葡萄を発明したのは日本人です。


話は戦前に遡る1926年、日本人研究者により、イネが生長しすぎる「馬鹿苗病」の原因物質として「ジベレリン」という成長ホルモンが発見されました。
その後ブドウの粒が密生しすぎて実がつぶれないようにジベレリンを使って房軸を伸ばそうとしたところ偶然種なしの実ができることがわかり、品種改良を重ねて1959年に今の種無しブドウができました。
(詳しくはこちら(その1) (その2) (その3)をご参照ください)

この種無しブドウ(昔からある粒の小さいやつ)の元になった品種は「デラウエア」といいます。

なので、種無しブドウ(ジベレリン処理されたデラウエア種)のことを「ジベデラ」とも言います。
山梨の農業試験場には、種無しブドウの発明を記念し豊作を祈願して「ジベデラ観音」がまつってあるそうです(相当昔に見たNHKの番組の記憶ですが)


さて、最近日本で話題の「デラウエア」といえば、デラウエア州の会社法とその判例です。

デラウエア州は、整備された会社法と裁判制度、判例の蓄積から米国の多くの法人の設立地としてなっています。
そして、最近の日本でも、ライブドアの一件以来話題の、企業の敵対的買収に対する防衛策(の適法性)についても多くの判例の蓄積があり、日本での議論やアイデアも多くはそれを参考にしています。

日本でも商法から会社に関する規定がとりだされて「会社法」として新たに制定され、会社法制度の整備がなされました。
来年の法律施行に向けて、法務省令の整備や企業側でも対応への準備がされています。

ブログでも弁護士や企業法務関係の方などが記事を書かれていてたいへん参考になります。


最初はいろいろ試行錯誤もあると思いますが、デラウエア州法のような先進事例を参考にしながら、日本の会社法制度も、より洗練され、かつ公平なものになっていくといいと思います。



   でも会社法制度は「種無し」じゃ困りますけどね




おあとがよろしいようで・・・
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ほめた矢先に・・・

2005-08-23 | よしなしごと
駒大苫小牧の野球部長が部員殴る、高野連に報告せず
(2005年 8月22日 (月) 23:11 Yomiuri Online)

******************(以下抜粋)*****************

北海道苫小牧市の同校で記者会見した篠原勝昌校長によると、部長は6月2日、この部員が朝の練習中にエラーしてもにやけていたとして、練習後に注意したが、反抗的な態度をとったため平手で数回殴った。

開幕翌日の8月7日には、夏バテ防止にご飯を3杯食べるという約束があるのに、同じ部員がごまかそうとしたので、部長が注意したが、同様に反抗的な態度をとったため、スリッパで1回殴った。

同校によると、この部員の親は「40発ぐらい殴られ、あごのかみ合わせが悪くなった」と訴えているという。

8月8日、同校に部員の保護者から電話があり、篠原校長らは事態を把握していたが、大会後に処分するとして、日本高等学校野球連盟(高野連)に報告していなかった。篠原校長は、報告が遅れたことについて「子どもの将来(への配慮)や、粛々と大会が進行していることなどから、関係者に多大な迷惑をかけたくないという思いがあった」と説明した。

今大会では、高知代表に決まっていた明徳義塾高校が、野球部員の喫煙と暴力行為が明らかになったため、開幕2日前に出場を辞退した。同校でも、監督らが事実を確認していながら高野連などへの報告を怠っていたため、高野連は報告の徹底を各都道府県の高野連などを通じて改めて指導したばかりだった。

*********************************************

3日前に2連覇の偉業を賞賛したばかりなのに、がっかりです。

しかも明徳義塾の隠蔽事件があった後にもかかわらず報告しなかった、というところは不可解ですらあります。
「隠蔽」のペナルティのほうが「不祥事」へのペナルティよりも重くなっている、という世の中の流れがわかっていない、というところに学校責任者としてのリスク・マネジメント能力と教育者としての見識の欠如を感じてしまいます。


高野連としても「やったもん勝ち」を認めるわけにはいかないでしょうから優勝取り消しにせざるをえないと思います。

しかし残念ですね。


練習サボったり言う事を聞かない選手は球拾いしかさせない、とかあまりに反抗的だったら退部にするとかすればいいのにと思います。
少なくとも大阪遠征にまで帯同させることはなかったでしょうに。

それとも「教育的見地」とかがあって、あんまり冷たい待遇をするとよくないとか保護者から文句が出るという事情があるんでしょうか。



PS
それにしても、「夏バテ防止にご飯を3杯食べるという約束」というのもなんだか妙です。
無理やり食べさせる体調管理って効果あるのでしょうか?
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ニュースの天才

2005-08-23 | キネマ
また、レンタルビデオネタです。

今回はニュースの天才

※以下ネタばれ注意です。

The New Republicという名門のニュース雑誌の売れっ子記者の書いた記事が、その大半が捏造だった、という実話をもとにした映画です。

事実関係はこちらのCBS Newsのサイトに詳しいです(本人の顔写真&動画もあります)。
※ここのサイトを読んでしまうと、ほとんどストーリーがわかってしまいますのでご注意ください。

実はこの事件、僕も以前新聞でも読んだ記憶があったと思っていたのですが、それは上のサイトでも言及されていたニューヨーク・タイムズの記者の捏造事件の方だということにも気がつきました(けっこう多いのかもしれませんね)


映画としては、主人公の捏造の動機の描写がほとんどなく、また、組織として止められなかった欠陥や、露呈してからの編集長の苦悩も描きこみ不足で、全体的に中途半端な感じがしました。
回想と同時進行させるとともに人間関係とからめたことが、かえってわかりにくく、インパクトを弱くしてしまったように思われます。

脚本の力不足ですね。


主演がStar Wars でアナキン・スカイウォーカー役だったヘイデン・クリステンセンですが、Star Warsほどは演技がクサくはなかったように思います。


元ネタを知っていた(と思っていた)分もあり、ちょっと残念でした。








+++++++++++++++++++++++

6/26加筆

Hard Waveさんのコメントを読んで、上の記事はちょっと酷評過ぎたかな、と考え直しました。
こちらをごらんください。

コメント (2)
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神宮球場

2005-08-22 | うろうろ歩き
昨日は久しぶりに神宮球場にナイター(ヤクルト=阪神)を見に行きました。
※野球ネタはキリがなくなりそうなので今までは触れなかったのですが、今日は例外とします。

せっかく球場に行くので試合前の練習(これがけっこう面白い)も見ようと早めに球場に行こうとしたのですが、映画を観た後、野球観戦支度をしに家に戻ったのと、球場でも「親子でキャッチボール」というファンサービスやらキャンプ地のヤクルトの浦添市のお祭りの出し物とかがあったので、練習は見れずじまいでした。残念。

もともと神宮球場では、東京ドームのチケットが高価&入手難のため阪神ファンがつめかけることが多いのですが、チームの勢いもあってか7割方阪神ファンで、ヤクルト側には(営業上はいいのでしょうが)ちょっと気の毒な感じがしました。

チケットを取ったのが遅かったので1塁側しかとれなかったのですが、周りも阪神ファンばかりでした。

平日の3塁側とかだと、コアな阪神ファンのオヤジ(野次だけでなく喜怒哀楽の一挙手一投足が面白く、さらにひいきの生ビール嬢までいたりする)とかがいて面白いのですが、
1塁側から見る阪神の整然とした応援もなかなかいいものでした。

湿度もさほど高くなく、風もあったのでナイター日よりでした(もうお盆明けですからね)

試合開始頃の青空や、歓声や打球音が空に抜けていくところなどは、やはり野球はドーム球場でなく屋外で見るものだな、と改めて思いました。

ちなみに試合は3対1で阪神の勝ちでした
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