一寸の虫に五寸釘

だから一言余計なんだって・・・

スーザン・ソンタグ『同じ時のなかで』

2012-02-25 | 乱読日記

年末の書棚整理で発掘した本。
スーザン・ソンタグは日本の批評家にもいろいろなところで引用されているのですが、買ったのは初めて。

本書は9.11とそれに対するブッシュ政権の対応を当初から批判した評論など、2004年に没した著者の批評をまとめたもの。
どこかの書評につられて買ったはいいものの、著者の知識や関心のありようがあまりに広く深いので、まったく聞いたこともない作家の書評などついていけないいくつかは読み残しました。 (若い頃と違って、見栄や意地でも読了する気力も時間もないのがちと悲しい。)  

いきなりこんな挑発的な書き出しで始まる批評はなかなか刺激的で楽しくはあります。  

ほかにふさわしい名前がないため小説(ノヴェル)と呼ばれる散文による長編フィクションは、まっとうな小説とはかくあるべしという19世紀に制定された命題を、これからもその身から振り払っていかなければならない。その命題とは、小説とは、普通のいわゆる実生活のなかで、選択肢と宿命とをたずさえた登場人物の物語だ、というものだ。この人工的な規範から逸脱して、別種の話をひもとく物語、あるいは話らしきものをほとんどもたないような物語は、19世紀の伝統よりもっと由緒ある伝統をくんでいる。そして今日にいたるまで、それらの物語のほうが、19世紀的な意味での小説よりも革新的、超文学的、あるいは奇想天外な作品となっているように思える。
(「異郷-ハルドール・ラクネス『極北の秘教』について」)  

これは、高橋源一郎が『ニッポンの小説-百年の孤独』(参照1参照2) で指摘している「近代日本小説」の桎梏という問題意識に通じるものがあるように思います。
(ソンタグの「内容と様式をくらべれば、主題と形式をくらべれば、様式や形式のほうがずっと重要である」「スタイルこそがラディカルな意志をもっている」という考えについてはスーザン・ソンタグ『反解釈』(松岡正剛の千夜千冊)参照)  


そして「インドさながらの世界-文学の翻訳について」ではこう問題提起します。  

・・・多くの人々が気づいてきたように、グローバリゼーションの過程でもたらされた恩恵は、世界人口を構成するさまざまなグループにとってきわめて不平等な分配になっており、英語の世界的な広がりも、国のアイデンティティをめぐる偏見の歴史を修正するにはいたっていない。そのひとつの結果として、特定の言語-と、それを使って生み出される文学-だけがつねに重要視されるという現象が起こっている。  
 古代の聖書が描き出すイメージからすると、人間は言語に象徴される差異にこだわって、上下構造をなして生きている・・・タワーは多層構造で、そこに多くの階に分かれた住人がいて、互いに上や下の階に住んでいる。もしバベルの塔がほかの塔と同じようなものだとしたら、高層階のほうが人気が高い。高層階、豪奢な部屋、眺望の良いテラスは、特定の言語に占領されているとも言える。そして、その他大勢の言語とその文学的な産物は、低層階、低い天井のもとに押し込められ、眺めも遮られている。  

しかし、常識的に考えても人間の言語の広がりはタワー構造ではなく水平に展開しており、それをつなぐのが翻訳の役割であると主張します。  

 個別の言語はすべて、大きな総体としての言語の一部である。個別の文学作品は、個別の目的で書かれたどの文学よりも大きな総体としての文学の一部である。
 次のような見方がそれに近いかもしれない。それは、翻訳を文学という企図の中心に据える見方であり、私は本講演において、そのような考えに支持を表明してきたつもりだ。  

これは水村美苗『日本語が亡びるとき』で提起された問題意識、そしてタワーの中層部あたりにいる日本語への危機意識でもあります。  

ただ、ソンタグのいうように翻訳を中心に置いたとしても、現状では多言語間の翻訳の「ハブ」には英語がなると思われ、逆にそれが「バベルの塔」をもたらしてしまうようにも思います。
その意味では水村氏はバベルの塔を前提として議論しているともいえます。


ところで『ミレニアム』の訳者あとがきによると、翻訳はフランス語版から行なわれ、それを原書であるスウェーデン語版と照らし合わせて修正を加えるという手順でなされたようです。


英語だけを介さずに世界的ベストセラーが生まれたのはちょっとうれしい。

 


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