お前、しょうもない女にひっかかる前に、ぼちぼちお茶屋へでも行って
きれいな遊びというものを覚えなさい・・・掛け取りはワシがあんじょうしとくさかい。
そんなふうに親爺に言われてですな、幼少のみぎりより祇園町をうろついて、
「ぼんぼん、こんにちは」、「若、どちらへ」などと声がかかり、白粉の匂いなんぞを嗅ぎ、
都おどりでぽーっと見染めた舞妓に通い詰め、襟替えの時に無理を言うて所帯を持ち・・・
などということはただの一度もなく。 ああ、そういう商家の倅に生まれてみたかった。
だいたいがそういう財力も胆力もないタラリーマンの子倅に生まれ出で、
三味線の音がチリンともならぬ家で育ち、お姐さん方に洟をひっかけられることもなく、
今日まで京都の花街とは、ただ「通行する人」として心安くさせていただいている。
しかし、人間半世紀も生きてきて、我等のような世にいう「軟派」な仕事をしていると、
お茶屋に上がる機会も何度かはめぐってくる。
そんな経験上いうと、キャバ嬢などよりもはるかに献身的に楽しませてくれる。
しかしながら、同時に座敷とは人品が厳しくはかられる場だ。
お姐さんたちは、お酌して軽口に応対し「へぇおおきに・・・」と言いながら、
明晰な電算機をはじいてるわけだ。
まずキャバ嬢などと決定的に違うのは、芸の存在である。
彼女たちは女紅場という技芸学校で日夜芸を磨いているのだから、
その芸…舞いをきちんと見てあげることがマナーだ。
そして、ある程度善し悪しを知り、その上達ぶりを褒めたりすることが大事である。
そのためには、やはり安くない授業料が必要となるんだなぁ。
私など授業料を払わず、NHKの芸能花舞台などで垣間見る程度だから、何にもわかりゃしねぇ。
しかし何度めかの茶屋遊びともなると、ちょいと唄の一つも歌いたくなるのが人情。
小唄・端歌はダメでも、都々逸の一つ。江戸や明治の流行り唄でもまぁなんとか。
ちょっと一曲憶えて行って、お座興でひとつ…なんてのも悪い話ではない。
一度、「姐さん、あれ弾いてくれる・・・?」というと、
すんまへん、私知りませんねん、といわれ、ガック~~ンと肩すかし食った経験がある。
あれは本職の地方さんではなかったのかもしれぬ。場所は宮川町だった。
脱線するが、宮川町は格式としては、祇園町・上七軒・先斗町などに先行されているも、
むちゃくちゃ可愛い子がいるのだ。 むろん洟もひっかけてくれやしないけど。
世の中から旦那衆といわれる大人が急速に姿を消している昨今、
お座敷の客のレベルも下がっているとみる。
芸を求めていない客に見せるならば、おざなりでいいということなってしまう。
客となるからには、少しは技芸に興味を持ち、歴史やら風俗を解っていないと
座敷の芸なんておもしろくもおかしくもない。
芸の道を進ませるも、ただの酌婦にしてしまうのも、客にゆだねられている。
いつまでも「祇園小唄」や「虎虎」でお茶を濁されては冗談じゃないぞ!と怒れ。
いい芸を見せてみろ、ぽっちりの一つも買ってやらぁ・・・なんて言いたいぢゃないか。
ぽっちりたぁ、舞妓の帯どめですな。あの古びた宝石を打ちこんだチャンピオンベルトみたいなの。
あれって一点もので、何百万もするそうである。 前言取り消し~!
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