イラク総選挙妨害。テロ続発38人死亡。今朝の一面トップ。 一体、これまでに幾人の人の命がイラクで奪われてきたのだろう…。高校生の頃、高校校内で、NZ出身のナイジェル・フーパー先生やオーストラリア、タスマニア島出身の交換留学生、シャーニーと休み時間にお喋りしつつも まだ、あの頃の私にとって、世界は広い夢の果てにあるような気がしていた。
世界が自分の中で急速に狭まったのは、実際に自分が母国を離れ、外国で学生生活を送ったり働いたりしながら現地に根をおろして生活を始めたから。 移民国家であるオーストラリアには特に、世界中の人々が集まってくる。移民、難民、留学生、観光客、ビジネスマン、そして海兵。
今、世界中の何処かで起こっている出来事が 「単なるニュース」としてではなく、「心を痛める事実として」胸に迫ってくるのには、訳がある。
どうか無事でいて欲しい、と願う青年の笑顔が思い出されるから。
あのとき、出逢ったあの人の夢を語る希望に燃えた笑顔が忘れられないから…
それが 決して 「ひとごと」 ではいられない理由。
世界のあの国で、こんなことが…ふと、知りあった人々の顔が浮かぶ。
この広い筈の世界も 私にとっては、いつの間にか 狭くなっていたから…。
一体、何のために多くの命が奪われていくのだろう_?
私には同じく、この時期にシドニーで知り合った元陸上自衛官の友達(Yoshi)もいます。
同じスーパーで一緒に働いてきました。私を訪ねてお店へ来る彼をボス、ホセインが(彼はイラン系オーストラリア人)気に入って、スカウトしたのですが。
Yoshi以外とは その後、連絡が途絶えていますが、新聞の見出しで ふっと浮かぶ あの人、あの時。。。
どうか、みんな元気でいてくれます様に。
トヨタ叩きで、ここ最近、米国を良く思えない私も、一人ひとりの米国人は、付き合ってみればナイスガイが多いってこと、ちゃんと知っていますよ…。
~以下は2007年6月に掲載した記事より~
Aussie Mate ~オーストラリア出会い記~
2007-06-08 21:06:04
夢
テーマ:オージーメイトスーパーマーケット翌日の午後。
ポールは日本語の教科書と自作の単語帳、ノート、辞書など日本語の勉強道具一式持参でやってきた。
「いつきても、お店にいるんだね」
というポールのセリフに苦笑した。
この日は、ポール以外の米兵達も、朝から私服で・・・わりとラフな格好で買い物に来ていた。
彼らと会話していて思うのは、ごく普通の若者だということ。
海軍に入る目的も、世界を見てみたい、旅したいという気持ちで・・・という人も昔は多かったが、世界情勢が変わったから・・・。どちらかといえば、自分みたいに大学へ行く学費と生活費を稼ぐ為って人が多いかな~と、笑っていた。
オーストラリアもそうだが、アメリカも大学という場所は、入学した後が多忙だ。勉学に集中したい、海軍に入れば、数年で必要な費用を手に入れられる。そしてポールの場合は、海軍なら、ゆっくりと世界を見れそうな気がしたから・・・。こうして立ち寄る国で出会う人びととの交流が楽しいと語った。
海軍にいる間も日本語の勉強だけは、続けているよ、ほら、これがノート。
そういって開いたノートには、たくさんの漢字やセンテンス。そして、日本語の教科書には多くの書き込み。私と会話する中でも、彼が知らない単語に遭遇すれば、即、辞書で調べてノートに書き写している。かなり、ぺらぺらなのだが、読み書きもかなりのものだ。大学では日本語と国際関係学を専攻し、再び日本の大学へ交換留学生として来日するのが目標だと言っていた。
一体、今、いくつなのだろう。高校生の時から、こうしたいと決めていたと言うポールは、将来のビジョンが明確で、大人びている。アメリカ人って、体格はよくても、結構、話すと馬鹿っぽいと感じることもあった・・・(ごめんなさい)。しかし、ポールは今まで出会った若者の中でも、かなりのしっかり者だなあ・・・と感心してしまったのである。
「(^O^) I am 21. How old are you?」
何と、ポールの方から年齢を聞いてきた。
英語圏の国では、確か、レデイーには年齢を聞いてはいけないんじゃなかったっけ・・・ね??
21歳!若い!27くらいに見えるし、しっかり者。
本当の年齢は、言いたくは無かったが、仕方なく・・・
「σ(^_^;)I am 30.」
「You are....what?? (ノ゜ο゜)」 (君は・・・なんだって??)
「I am 三十よ、さんじゅう・・・(#⌒∇⌒#)ゞ」
「You are kidding!!!(;^_^A」 (冗談だろ?)
「No, I am quite serious! (*^.^*)」 (いいえ、いたって真面目デス)
「You are about my Mom's age! (^o^;)」
「母親は大袈裟だけど・・・。9歳で子供は産めないから(^_^;)」
ポールは心底驚いた顔をしていたが、気を取り直して?言った。
「僕が日本に住んでいたころの親友は、30歳のホストファミリーのお姉さんだったんだ。彼女と同じ年齢なんだね!(‐^▽^‐)」
ポールは最初、電気ショックを受けたような顔をしていたが、わずか30秒あまりで立ち直ったようだ。その後も毎晩、夕食のあとには
「オージーメイトスーパーマーケットで御喋りo(^▽^)o」
と言う日課を続けたのち、彼の船で旅立った。
その後、イラク戦争勃発。
あのような情勢になるなんて・・・。
ポールは当初の予定通り、大学資金をためたあと、すんなり海軍から抜けられただろうか?夢に溢れた笑顔を思い出すと、イラクの惨事は人事ではなくなる。イラク市民も被害者なら、アメリカ兵の多くも私達と同じ、希望に満ちた将来性のある若者達だ。
どうか、無事でいてくれますように。
日本とアメリカと世界を澄んだ瞳で語っていたポールの無事を願わずにはいられない。
終わり