奥田陸さんの短編集を読んでから、長編物のサスペンスって、どんなの? みたいな好奇心から選んだ一冊。『黒と茶の幻想』というタイトルにBlack and Tan Fantasy という英語のタイトルも付いている文庫本、上下巻の長編だったので、3日間に分けて読みました。物語に登場するのは、幼馴染であり学生時代の友人男女各二人ずつの4人です。舞台は鹿児島県からフェリーで向かうY島。地理的に屋久島だよな、ほぼ間違いなく。本屋大賞および直木賞を受賞した小説でもClassic musicを描写する手段として森が出てくるんですよね? まだ読んではいないものの、新聞広告で抜粋された文章を目にしたことがあります。ほんの数行ずつ、でしたが、あの時、うーん、なんて素敵な表現‼と唸ってしまったのでした。この長編小説においては森が登場人物4人を すう~っと森自身の懐に招き入れる感じ。4人は同じ時間に同じ森を歩いている。それなのに、こんなにも森が見せる顔って、違って見えるのだろうか… 利枝子、彰彦、マキオ、節子の4人、それぞれの心情や日常や触れたくないけれど向き合うこととなる過去、心の葛藤といったものに影響され、森は様々な顔を見せる…。
短編集で読んだような突拍子もない小道具やら恐怖感やらはなく、何処かでほっとしている自分。非日常を求めて男女4人、それぞれ家庭がある30代後半が旅をするという設定。夫(或は妻)子供もいて、家族に留守番をさせて「行ってきます」、っていうのは普通は無いだろうと思うから、設定だけで、すでにサスペンスに満ちているような… 加えてそれぞれが旅のために持ち寄った、自分の身に起こった不思議な体験、「謎解き」を全員でハイキングしながら解明しようとおしゃべりする。その過程において自分の過去を或は自分自身を見つめ直し、相手を探りながら、観察しながら、いつしか自分自身を知っていく… 4人と接点がある憂里という女性の謎も、4人それぞれが一人称で旅を語り、バトンのように繋いでいく内に解明されていく。
作中にはいくつもの印象に残る、人というものの本質を語った箇所が随所にあるんだわ、これが。書き留めておこうかな、と思いつつも、あえてそうはせず、物語の先へ、先へ或は森の奥へと導かれる、そんな物語でした。