日々のあれこれ

現在は仕事に関わること以外の日々の「あれこれ」を綴っております♪
ここ数年は 主に楽器演奏🎹🎻🎸と読書📚

「君へ」 イタリアから届いた手紙

2010-03-11 15:16:39 | 読書

 昨日は相当寒かったよねぇ。3月10日に雪だなんてぇ~

3月始めなら ともかく 中旬近くになって雪だなんて…ちょっと記憶にない。

いつもなら、夜中から明け方の寝ている間に雪がずんずん積もって、朝の出勤時間に

「おおおーーー」ってなるところなんだけど、昨日のケースは夜が明けたときよりも、午前中から午後にかけて横殴りのように雪が降り出したから…

遅番だった私。いつもより、バスが遅れることを考慮し、30分早目に家を出ました。

そのかいあって、遅刻はせずに済んだものの、いつもはしない手袋をしても凍えそうに寒かった…。ほんの5日前は5月の陽気だったはず。急な冷え込みに身体がついてきていないなーって。利用者さんやスタッフの中にも風邪気味の人が…。

無事に職場に着いた後は、利用者さんと屋根に積もった雪を二人の利用者さんと一緒に眺めながら、

「スゴイね~。道路まで真っ白だね~」

「今夜は帰れないかもよ?」

「昔は(きっと90歳の利用者さんにとっての昔とは・・・・大正時代~昭和)福岡も雪が積もったけんど、最近では3月に これだけ雪が積もるのも、珍しいですわねえ」

「ほんとですねぇ」

あ…そうだ! 遂に新しいスタッフが2名3日前に入社しました。ベテランスタッフの退職後、1カ月以上、求人が出ていた中、じゃんじゃんお問い合わせがあり、こんなに仕事を探している人や福祉に従事したい人達がいるんだぁ…と一人で驚いていました。二週間ほど前に職場体験と2次面接へ来られていたとき、一度、お会いして以来。有資格者で、経験者だそうです。万歳です!

夕方のニュースでは、な~んとNHKの全国ニュースに我が市の住民が斜めから降る雪の中、よろめきそうになりながら歩いている姿が映しだされました。

これを観ていた利用者さんたち。最初は、「こんなに降りよると?」

「え? これって、ここ?」

「そうです、そうです!」

「ここから ほんの…○○分の場所ですわ」

雪の話題で一日が終わった感じでしたが、私が帰るころには雪は雨に変わりました。

気温が日中よりも ぐーーーんと下がって寒かったですけど。

新車はトヨタを買う予定の(早くて秋頃) ジジ(父)が車で迎えにきてくれたので助かりました。

自宅に帰りつき、ポストになにやら影が…。

何だろ? 夕刊も郵便物も母が取ったあとです。

宅急便なら直接、手渡しでしょ? ちょっと不思議です。茶色い分厚い封筒を手に、とりあえず家の中へ…。

それは、あるイタリア在住の日本人から届いた長文の「手紙」でした。

「君へ」

・・・・で始まる「本」という形に仕上げられた手紙。

まぎれもなく私の為に書かれた手紙だわ。

20年前にイタリアへ旅立った ある日本人が、遠く日本に居る「君」に向けて書いた手紙。 (君って、きっと、今、このブログを読んでいる、君のとこだと思うよ、うん)

イタリア人の相棒がいて、翻訳の仕事を一緒にしていて、それなりに充実した日々を送っているのでしょうけれど、心の何処かに「穴」が開いているみたいだと手紙には書かれてある。

それは、20年とまではいかなくても 7年間海外で過ごした私にも分かるような気がする。母国語を話し、深い所で通じる相手が心の何処かに居て欲しい、みたいな…。

それで、この手紙を書いた人は、ずっと日本語で語れる相手を探していたみたい。そして、ようやく見つけたんだって! 

遠く置いて来てしまった国、日本の友人。

また考えた。今度は数年かかったが、見つけた。

それは君だよ。

まぼろしの友ではない。この私の手紙を手にしている、生身の君だ。(6p)

 

手紙の最初の方を読みながら、

「あ~見つかっちゃった。でも、私の方も海外で暮らす誰かの話しに耳を傾けてみたかったんだもん。そういう時期だったんだぁ…」って、何故かほっとする。

イタリアで起こった不思議な出来事をね…。手紙にしたためて遠く離れた日本に居る「君」…つまりは、この手紙(本)を受け取った 私達に向けて語ってくれる。

読んでいる私は知らず知らずの内に、事件の真相を知りたくて、うずうずしながら先を読み進めてしまう。

だから、受け取った時は、「200ページ以上もある手紙なんだ…」 って、読むのに2日かかりそうだったけれど、結局はあっという間に読んでしまったのよ。

今日が英会話講師の仕事だけの日で良かった。朝、ゆっくりできたから。

それでも、身体介護が主な私が仕事を終えて、くたくたで、玄関口に転がりこむように帰りついて…

お風呂に入ったら、何も出来ずに眠りこけてしまうような私を手紙の中に引き込むなんて。

眠気が吹き飛ぶくらいの謎めいた話。 独特の語り口!

すごかぁ。(九州弁!

手紙を書いた人がイタリアで過ごした半世紀分の人生の中で、相当な歳月をかけて聞いたり調べたりしながら書きあげた手紙を一晩で読み終えてしまうなんて…。

ちょっと申し訳ないような気もするけれど、仕事で疲れて帰った後だったのに、お風呂に入る時間も明け方になるくらい夢中で読んだよ。

そして、私もいつか行ってみたくなった。 湖がある町。 一緒に水面を覗いて、湖の底にある教会の鐘の音を聴いてみようか。

ちょっと寒くなったけれど、真夏に訪れる場所としては スリリングでいいかもしれない。その時は、この手紙を書いた 月魄 なゆたさんに道案内をしてもらおうかなっ。

その時は、なゆたさん、宜しくね。

こんな風に本を通じて著者と読者が時間や時代を超えて 「友人」になる瞬間って素敵だなって思います。この世に何かを書き残そうとする人々の原点かも。

『イラクの惨事』という記事へのコメントに、elinor-marianneさんも書いて下さっていました。

…途中、略

 異国であっても、知人がそこにいるだけで、
とても近く感じるものですよね。
草の根の交流っていうけど、
そうやって、人々が触れ合って、
その国や人のイメージを作っていくのよね。
一人ひとりの心の中に・・・。

 すずさんの思い出の方々、
みなさんが幸せであることを、
お祈りします。

 

貴方にも 「君へ」 で始まる長文の手紙がイタリアから届きます様に。

そして これまでも何度も繰り返し、ここにも書いてきたように…

これまでに出逢った人すべてが幸せでいてくれることを祈って…

「本」との出合い、「人」との出逢い、大切にしようね。

なゆたさん、ありがとう♪

 

すっかりイタリア在住の月魄 なゆたさんの「日本の友」になった気分の…

すず

 

      著 月魄 なゆた 
装丁 Riccardo Corso(イタリア)
表紙写真 Ugo Ghione(月と金星)

新刊のご案内 詳しくは、こちら←をクリックして下さい。

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九州に「1店だけ」

2010-03-10 01:43:39 | Weblog
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パズルを作成してみましたぁ。

ちょっとしたお遊び♪

海外のサイトですが、簡単に作れます。

以前、ハマグリくんの鬼の写真の「展覧会」も、このサイトで作成したんだっけ。

初代PCに保存していましたが、壊れたため、我が家の家宝が消滅しました。

誠に残念無念です(泣)

It takes just one mouse click! Create a jigsaw puzzle. For a limited time only, free shipping on all jigsaw puzzle!

上記の下線部から入れます。

遊んでみてね!

 

ところで、グリコの店は福岡市博多区にあるキャナルシティにあります。

障害者施設で働いていたとき、(昨年11月の終わり頃) 利用者さん達と一泊二日の旅行中に訪れた時の写真です。

グリコのおじさんと同じポーズを決めてパチリ♪ という人もいたっけ。

皆、元気で頑張っているかなぁ。

 

全国的に雪の予報ですね。

バス、大丈夫かなぁ・・・・。

遅番だから、行きも帰りも雪が積もっていそう・・・。

みなさん、お気をつけて~

 

すず

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イラクの惨事 ~若者達の夢~

2010-03-08 15:39:42 | Weblog

イラク総選挙妨害。テロ続発38人死亡。今朝の一面トップ。 一体、これまでに幾人の人の命がイラクで奪われてきたのだろう…。高校生の頃、高校校内で、NZ出身のナイジェル・フーパー先生やオーストラリア、タスマニア島出身の交換留学生、シャーニーと休み時間にお喋りしつつも まだ、あの頃の私にとって、世界は広い夢の果てにあるような気がしていた。

世界が自分の中で急速に狭まったのは、実際に自分が母国を離れ、外国で学生生活を送ったり働いたりしながら現地に根をおろして生活を始めたから。 移民国家であるオーストラリアには特に、世界中の人々が集まってくる。移民、難民、留学生、観光客、ビジネスマン、そして海兵。

今、世界中の何処かで起こっている出来事が 「単なるニュース」としてではなく、「心を痛める事実として」胸に迫ってくるのには、訳がある。

どうか無事でいて欲しい、と願う青年の笑顔が思い出されるから。

あのとき、出逢ったあの人の夢を語る希望に燃えた笑顔が忘れられないから…

それが 決して 「ひとごと」 ではいられない理由。

世界のあの国で、こんなことが…ふと、知りあった人々の顔が浮かぶ。

この広い筈の世界も 私にとっては、いつの間にか 狭くなっていたから…。

一体、何のために多くの命が奪われていくのだろう_?

私には同じく、この時期にシドニーで知り合った元陸上自衛官の友達(Yoshi)もいます。

同じスーパーで一緒に働いてきました。私を訪ねてお店へ来る彼をボス、ホセインが(彼はイラン系オーストラリア人)気に入って、スカウトしたのですが。

Yoshi以外とは その後、連絡が途絶えていますが、新聞の見出しで ふっと浮かぶ あの人、あの時。。。

どうか、みんな元気でいてくれます様に。

トヨタ叩きで、ここ最近、米国を良く思えない私も、一人ひとりの米国人は、付き合ってみればナイスガイが多いってこと、ちゃんと知っていますよ…。

~以下は2007年6月に掲載した記事より~

Aussie Mate ~オーストラリア出会い記~

2007-06-08 21:06:04

テーマ:オージーメイトスーパーマーケット

翌日の午後。

ポールは日本語の教科書と自作の単語帳、ノート、辞書など日本語の勉強道具一式持参でやってきた。


「いつきても、お店にいるんだね」

というポールのセリフに苦笑した。


この日は、ポール以外の米兵達も、朝から私服で・・・わりとラフな格好で買い物に来ていた。

彼らと会話していて思うのは、ごく普通の若者だということ。

海軍に入る目的も、世界を見てみたい、旅したいという気持ちで・・・という人も昔は多かったが、世界情勢が変わったから・・・。どちらかといえば、自分みたいに大学へ行く学費と生活費を稼ぐ為って人が多いかな~と、笑っていた。

オーストラリアもそうだが、アメリカも大学という場所は、入学した後が多忙だ。勉学に集中したい、海軍に入れば、数年で必要な費用を手に入れられる。そしてポールの場合は、海軍なら、ゆっくりと世界を見れそうな気がしたから・・・。こうして立ち寄る国で出会う人びととの交流が楽しいと語った。

海軍にいる間も日本語の勉強だけは、続けているよ、ほら、これがノート。

そういって開いたノートには、たくさんの漢字やセンテンス。そして、日本語の教科書には多くの書き込み。私と会話する中でも、彼が知らない単語に遭遇すれば、即、辞書で調べてノートに書き写している。かなり、ぺらぺらなのだが、読み書きもかなりのものだ。大学では日本語と国際関係学を専攻し、再び日本の大学へ交換留学生として来日するのが目標だと言っていた。

一体、今、いくつなのだろう。高校生の時から、こうしたいと決めていたと言うポールは、将来のビジョンが明確で、大人びている。アメリカ人って、体格はよくても、結構、話すと馬鹿っぽいと感じることもあった・・・(ごめんなさい)。しかし、ポールは今まで出会った若者の中でも、かなりのしっかり者だなあ・・・と感心してしまったのである。

「(^O^) I am 21. How old are you?」

何と、ポールの方から年齢を聞いてきた。

英語圏の国では、確か、レデイーには年齢を聞いてはいけないんじゃなかったっけ・・・ね??

21歳!若い!27くらいに見えるし、しっかり者。

本当の年齢は、言いたくは無かったが、仕方なく・・・


「σ(^_^;)I am 30.」

「You are....what?? (ノ゜ο゜)」 (君は・・・なんだって??)

「I am 三十よ、さんじゅう・・・(#⌒∇⌒#)ゞ」

「You are kidding!!!(;^_^A」 (冗談だろ?)

「No, I am quite serious! (*^.^*)」 (いいえ、いたって真面目デス)

「You are about my Mom's age! (^o^;)」

「母親は大袈裟だけど・・・。9歳で子供は産めないから(^_^;)」



ポールは心底驚いた顔をしていたが、気を取り直して?言った。

「僕が日本に住んでいたころの親友は、30歳のホストファミリーのお姉さんだったんだ。彼女と同じ年齢なんだね!(‐^▽^‐)」

ポールは最初、電気ショックを受けたような顔をしていたが、わずか30秒あまりで立ち直ったようだ。その後も毎晩、夕食のあとには

「オージーメイトスーパーマーケットで御喋りo(^▽^)o」

と言う日課を続けたのち、彼の船で旅立った。



その後、イラク戦争勃発。

あのような情勢になるなんて・・・。

ポールは当初の予定通り、大学資金をためたあと、すんなり海軍から抜けられただろうか?夢に溢れた笑顔を思い出すと、イラクの惨事は人事ではなくなる。イラク市民も被害者なら、アメリカ兵の多くも私達と同じ、希望に満ちた将来性のある若者達だ。

どうか、無事でいてくれますように。

日本とアメリカと世界を澄んだ瞳で語っていたポールの無事を願わずにはいられない。


終わり

 

 

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ピノキオの末裔 ~卒業おめでとう、入学おめでとう~

2010-03-07 18:01:23 | Weblog

 私の高校の卒業式は、3月8日だったと記憶しています。前年度まで1日だったのが、共通2次試験の日程が3月まで食い込んだことで、変更されたのでした。それまで国公立大学は一校のみ受験可能だったのを二校受験可能になり、一年目は(私の先輩達)東大、京大の併願が可能! と話題を呼んだのでした。翌年、(つまりは私の受験の年)には東大、京大共にA日程だったかなー。同じ組になりました。東大に合格したら、当然のごとく京都大学には行かないため、京都大学が慌てて3月に追加募集をかけるという異常事態が発生したためでした。

ちなみに北九州の国公立でも競争率も跳ね上がり、2倍から8倍等…。前年の競争率と模試の結果で 大丈夫だろうと言われていた私は落ちました…。合格発表を観に行った父は、「さくらが散った」などと言い、更に落ち込みました…。

でもね…。人生、大学の合否だけで決定してしまうものではありませんもの。合格不合格の話題が上りやすい この時期。 落ち込むだけ落ち込んで、泣くだけ泣いたら(私は全く泣かなかったけど、こたつにもぐり込んで家族の様子をうかがいました。半日間。でも翌日からは元気になりました…周囲が気を遣うので申し訳ないから)

第一、第二志望校に合格しても不合格になっても、人生の門出を迎えていることだけは確かです。そんな息子さん、娘さん、親戚やお知り合いの あの方に…。お祝メッセージと共に、そっと贈りたい、そんな一冊があります。

伊藤晴美さん 著 『ピノキオの末裔』です。私は毎年、この時期になると、さくらを去り、他の店舗へ異動していった上司二人を見送った日を思い出します。更に、二年後、桃ちゃんも春を待たず、他の店舗へ異動になりました。上司達やスタッフと一緒に仕事の合間にプラットホームで見る桜は それはそれは綺麗でした。自然の力は時として地震や津波といった災害をもたらすものの、私達は やはり自然の中で、天地に生かされているのです。受験に失敗すると、ちっぽけな存在に思えても、大自然を前にすると、人の悩みって、しょうもないことのように思えてくる。生きているだけで幸せ。出逢えただけで幸せ。そう、こうしてお別れの時期を迎えても、この世に生きて、出逢ったことに感謝しよう…って思えてくるもの。

毎年、この時期。桜が咲く時期を迎えると、そう思わずにはいられません。そして、今年もやはり、読み返してみたくなりました。『ピノキオの末裔』を。

実は、この本のレビューを以前に書いたことがあります。元祖とある街のとあるスーパーブログでした。あの記事は何処へ行ったのか…探し出すのが管理人の私にも至難の業です。発売日から時間が流れ、再び読み返してみて思うのは、良い本は何度 読み返しても新たな発見があるものだなーってこと。そういう意味で、手元に置いておきたい一冊です。

思春期から大人まで。卒業、入学の時期の贈り物にピッタリ。元気に明日を生きようって思う、卒業、或いは入学祝いの本。

遠くに住む、あの人へ。出版社へネットで直接注文し、本をプレゼントしたい あの方のご自宅へお届けして、郵便振り込みだけを注文者に送付してもらう…。私は、この方法で、他県に住む人に本を贈りました。 もっとも、私の場合、自分用に一冊。プレゼント用に一冊の合計二冊を購入するのですが…。

絵画展を毎年開催している画家の 伊藤晴美さん著・絵。 読み応え、充分です。先月、紹介した 大人の絵本、 『月の丘』 でもお馴染の絵本作家さんの処女作です。

是非、お読みくださいね。

お申込みは、こちら ↓

goodbook出版

伊藤晴美さん、通称ぴのこちゃんのブログはこちら↓

くれよんクラブ

すず

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朝が来た!

2010-03-05 08:20:52 | Weblog
 おはようございます!
朝方まで起きていて、「起きれるかなー」と心配したけれど…
考えてみれば、遅番なので、ちょっとだけ朝はゆっくりでした。
出勤準備の後、新聞を読んで、お茶するくらいの時間的余裕もありそうです。

それでは、辛いこと、哀しいことも 生きていると、日々、たくさんあるものですが、
そんな時は深呼吸して、気分を切り替えて乗り切りましょうね。

すず
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ハピマミ介護日誌 ~マミィの場合~

2010-03-05 03:16:08 | Weblog

 現役時代、バリバリの教師だったマミィは、整理整頓が得意で、人当たりがよく、温和な人だった。 

 「あの時代の教師は今とは違い、権限が有ってね…子供たちは勿論、親からも尊敬されたものよ。親の言うことは聞かなくても、先生の言うことならバシッと背筋を伸ばして聞いて…。先生にお任せしますって、多少叱ったからといって、文句を言いに来る親もいなかったわねぇ」

教師を辞める前、マミィは時々新聞を広げてはそんな話をしたものだ。戦後すぐの混乱の時代。私達になんて想像も出来ない時代だったのだろう。自宅から毎日お弁当を持ってこれる子は幸せだったという。

 「お弁当の時間になるとね…いつのまにかね、すーっと消えるように教室から出ていく子が数人いたの。最近は、日の丸弁当だーなんて言って、白いご飯に梅干をバカにする人が多い時代だけれど、当時は白米なんて、毎日食べられないしねぇ。お弁当を持ってくることも出来なくて、教室に居ずらかったのでしょうね。熊本は他県に先駆けて給食が始まったから、全国からよく見学者が来たものよ。あぁ、これで全員、同じものを食べられる時代が来たって、嬉しかったわねぇ」

マミィから、もう何度も何度も聴く話になった。戦時中のことは、あまり話したがらない。それでも戦後の話は良く聞いた。優しさの中にも厳しさがある女性だったが、退職前の数年間は、ほとんど学校の様子を語らなくなってしまった。今にして思うと、家庭内暴力、そして校内暴力が世間をにぎわしていた頃だ。マミィにとっては限界だったのかもしれない。ちょうどその頃、「登校拒否教論」という新聞記事を職員室で先生達が広げて話題にしていたっけ。私もマミィを訪ねて職員室へ行ったことが何度かあった。マミィは疲れ果てていた。元同僚の先生だったようだ。相当、ショックだったのだろう。当時はまだ、「うつ病」という日本語もメジャーにはなっていなかった時代。今にして思えば、心が疲れていたんだ…その教師も。そしてマミィも。あの頃からだった。マミィの精神の中で、優しさと強さのバランスが壊れていったような気がする。言うべきこと、正しいことは、はっきりと言う、そんな姿勢で教壇に立っていた筈のマミィの心の変化だった。

 マミィは確かに教師だった。それは、勤務時間を終え、学校という枠を出たあとだってそうだ。教え子に限らず、親から子供が不当な扱いを受けていると感じたら、黙ってはいられない人だった。どこまでも教師。そして出逢った子供達全員に母親的視線を向ける人。マザー・テレサのような万人の母親であり、教師だった。マミィはそんな役割を持ってこの世に生れて来たのだと思う。たとえ一生、結婚することがなかったとしても。教師になってはいなかったとしても…だ。

きっと神様は、マミィが持って生まれた 「この世に生を受けた子供たちす・べ・て! の母親的役割」 をこなした上で、誰かの妻…つまりはパピィの妻になり、姉の厚子と私、チビ子を授かり、実際の母親になることも そつなくこなせると判断したのだろう。

 でも…神様。 ちょっと誤算があったかも? だよ。神様に文句を言うつもりはないけれど、パピィはあの通り、ちょっと我儘だし、厚子だって怖いっ! きっとマミィには荷が重すぎたのだ。 万人の母親でいることと、私達のような俗の世界の家庭を持つことを兼任することが…。 それに、今の時代の教師は辛いと言っていた。混乱の戦後の方が、経済的には貧しくても、人の心に、世間に、があったて!!!!!私が思うに、神様はマミィに役割を多く与えすぎたのだと思う。マミィはきっと、マザーテレサであるべきだった人なんだ。 私たちがもっと我慢すれば良かったのかも。ううん。姉は言いたいこと言っていたけれど、私は理解していたつもりだ。マミィは私達だけのマミィじゃない。クラス45人分の…退職前は、40人分の母なのだ…幼いころは、そう言い聞かせてきた。自分自身に。ちょっと寂しかったけれど。

 晩年のマミィは、何かを言いかけては 言葉を飲み込むことが多くなった。

「何? 何なの? 言ってみてよ!」

厚子ネェがいないとき、そっと聞いてみる。でも、マミィは首をかしげて 魂が抜けたように、ほほ笑むだけだった。今日も流れる我が子殺し、幼児虐待のニュース。

「よそのウチのことだから…」

何も出来ないもどかしさ。通報すれば、児童相談所から親元へ行く。だが、子供がその場で保護されることは、ほとんどない。その結果、親はもっと虐待する。

(こんなニュース、マミィに聞かせたくないな…。校内暴力の時代より、更にヒドイ事になった世の中なんて…。あの時代に騒ぎを起こしていた中学生以下の世代が今、主な親世代になっているのか…。認知症で何も分からなくなっていて、良かったのかもしれない。色々考えてしまって、今夜は眠れないよ、マミィ…)

つい、さっきまで、落ち着かずに暴れていたマミィ。 自分の感情を抑えなくなった分、嫌だと思ったら、言葉ではなく、つねる、ひねるといった行動で表現するようになっていた。暴れるだけ暴れたら、マミィも疲れたのか、眠ってしまった。そんなマミィの髪をそっと撫で、独り言のように枕元で呟くと、んん…とマミィがうなった。どうしたのだろう。体位を変えてあげると、掛け布団が湿っている。枕も…。これって…涙? 私は何も言えず、絶句したまま その日は朝を迎えてしまった。

 

本当に…今、何時? 明日、仕事なのに眠れないね。昨日、流れた2つの虐待死の哀しいニュース…救える命は救いたい。今度、生まれ変わったら、心の故郷になってくれる大人の元に生れてきてほしい。ご冥福をお祈り致します…。

 

 

 

いつだか分からないけれど、続く…。

すず 

 

(このお話はフィクションです)

 

 

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3月♪

2010-03-01 04:13:25 | Weblog
 おはようございます♪♪
今日から3月。卒業、入学、進学を控えた皆さん、おめでとうございます。

 今朝は早番。起きるのも辛いですね…(眠いなぁ)
今日も頑張るしかありません!! さっ、仕事だー。
皆さんも良い一日を! Have a nice day!


 すず
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