墨絵で紅梅の古木を描きました。
前回の拙ブログ(駆ける馬)で、梅の墨絵を描きかけたが、
全体の構図が決まらず・・・と書きました。
youtubeで、梅を描く水墨画も沢山拝見させていただきましたが、
自分としては定まらないのです。
どうやら私は、墨で梅を描くにしても、一体何を描きたいのか、
という最も大事なところを忘れていたようです。
そこで自分に問い直してみました。
最初はあれこれ描きたいものがあったのが、次第に絞られてきて、
結果、“古木老木の風情”や“若い枝っぷりの良さ”ではないかと。
そして、そのためには普通の書道用の半紙や半切ではなく、
前回の拙ブログ(駆ける馬)で使ったハーネミューレ版画紙の方がよさそうだと。
幹上部の朽ちたところの木肌感、下部のゴツゴツ感などが特徴でしょうか。
老いても尚勢いのある枝を伸ばし花を咲かせる、・・・
命を繋げるといいますか、生物界の輪廻みたいなものも感じます。
また、(枝を)「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」といいますが、
剪定後の梅の枝は勢いがあり、姿かたちが何やら上品でもあります。
一枝一枝が“自分の最もいいところを描いてよ”との声も聞こえてくるようでした。
自分は普通の水彩紙に墨を使った作品も描いています。
それと同じく版画紙を使った本作品のようなものを、
伝統的な意味における水墨画とか墨絵と呼んでいいのかどうかは分かりません。
でも自分の中では双方とも、墨を使って表現の幅を拡げてくれる実に有難い画材です。
でも自分の中では双方とも、墨を使って表現の幅を拡げてくれる実に有難い画材です。
驚きました。花以外は墨で描かれたと言うことですよね。見た時は、当然絵の具を使われていると思っていましたから。
それにしても古木の途中にある傷と先端にある折口は形と言い墨の濃淡と言い風格を出していますね。
又花はこの絵に本当に花を添えていますね。
作品を見たとき先ずは紅梅の見事さに目を向けてしまいましたが、作者の工夫が随所にみられる古木は誠に味わい深いものがあります。
剪定の時、手を痛める枝の生え際のとげとげ感、上に横に下に勝手に伸びる芸術的な枝ぶり、古木ならではの質感、墨絵での作品とは思えない世界です。