東北の旅、3日目は下北半島です。
マグロで有名な大間の南、佐井港から高速観光船に乗って仏ヶ浦を眺めました。
画面左が津軽海峡の方向になります。
この時期は海が荒れることが多く、出航できたこと自体が幸運でした。
高さ数10メートルの巨岩、奇岩が約2キロにわたり続き圧倒されます。
原型は海底火山活動ででき、その後の海蝕により今の姿になったとのことです。
岩などの名前は、五百羅漢、一ッ仏、極楽浜、蓮華岩など、その殆んどが仏さまに因んで呼ばれているそうです。
ここ天龍岩の天と龍も、夜叉や阿修羅などとともに仏法守護の八神(八部衆)になっています。
近くの恐山と共に信仰の地でもあったようです。
大正時代の文人で紀行家の大町桂月の
「神のわざ 鬼の手づくり 仏宇陀 人の世ならぬ 処なりけり」
(宇陀(うた)とはアイヌの“浜”という言葉とのこと)
この歌で世に知られるようになったそうです。
絵の岩部分は主に鉛筆で描き、絵の具を淡く置きました。
ここの岩群全体は天龍岩と呼ばれていますが、
個々の岩も、(その気になって見れば)人間や動物の顔や姿に見えなくもない表情で、
永年かけて自然が造った神秘さや摩訶不思議さ、そしてちょっぴりユーモラスさも感じたことでした。
マグロで有名な大間の南、佐井港から高速観光船に乗って仏ヶ浦を眺めました。
画面左が津軽海峡の方向になります。
この時期は海が荒れることが多く、出航できたこと自体が幸運でした。
高さ数10メートルの巨岩、奇岩が約2キロにわたり続き圧倒されます。
原型は海底火山活動ででき、その後の海蝕により今の姿になったとのことです。
岩などの名前は、五百羅漢、一ッ仏、極楽浜、蓮華岩など、その殆んどが仏さまに因んで呼ばれているそうです。
ここ天龍岩の天と龍も、夜叉や阿修羅などとともに仏法守護の八神(八部衆)になっています。
近くの恐山と共に信仰の地でもあったようです。
大正時代の文人で紀行家の大町桂月の
「神のわざ 鬼の手づくり 仏宇陀 人の世ならぬ 処なりけり」
(宇陀(うた)とはアイヌの“浜”という言葉とのこと)
この歌で世に知られるようになったそうです。
絵の岩部分は主に鉛筆で描き、絵の具を淡く置きました。
ここの岩群全体は天龍岩と呼ばれていますが、
個々の岩も、(その気になって見れば)人間や動物の顔や姿に見えなくもない表情で、
永年かけて自然が造った神秘さや摩訶不思議さ、そしてちょっぴりユーモラスさも感じたことでした。
恐山、大間は行ったことがありますが、この様な岩の存在すら知りませんでした。永年かけての自然の創造は凄いですね。
形と言い、バックの岩・海との色合いと言い信仰したくなる人の気持ちが何となく分かりますね。