古稀からの手習い 水彩ブログ

人生の第4コーナー、水彩画で楽しみたいと思います

ブーゲンビリア(咲くもの消えゆくもの)

2018-10-22 07:00:03 | 写真
我が家のブーゲンビリア。
20年近く前に購入し、しばらく色を付けなかったのが、
10年ほどたったころからこのピンク色を付け始めました。
その後も変わらぬ色を放ってくれています。

今年は2度咲きで、初夏に咲き、今は秋咲きの真っ盛りです。

見事な“苞”と呼ばれる包葉。
それを咲かせた葉っぱは、すぐ傍で使命を終えて枯れゆく・・・。

なんとも対照的で、双方を入れた写真にしました。
この頃は消えゆく方に自分を重ねる・・・そんな日が多くなりました。

その今落ちようとする葉元には、新たな葉芽が顔を出しています。
ここにも“命”の引継ぎ舞台・・・。


・・・とここまで書いて準備していたところで、
先日(10月20日夜)ある民放BSで、あの巨大な医師「日野原重明氏」の特集をやっていました。
その中で、日野原先生は90代になられてから『葉っぱのフレディ 命の旅』をミュージカルとしてこれを企画し、
ご自分も出演されたとか。しかもニューヨーク公演までも。

この絵本「葉っぱのフレディ 命の旅」(レオ・バスカーリア作 みらいなな訳)。
タイトルは承知していましたが、恥ずかしながら読んではいませんでした。
ネットで大まかなところをみると、一枚の葉っぱフレディが大自然の中に生まれ死ぬ(枯れる)までの間に、
その親友ダニエルと交わした会話で成り立っています。

そこではフレディが質問し、ダニエルが答える形式で話が進み(以下()内はダニエル)、

生きることとはどういうことか(葉っぱとしての役割を果たすこと)、
死とは何か(自然が変わることの一つの現象)
いのちの永遠性とは(枯れた葉も土や水と一体になり、次の葉っぱを生み出す)
・・・というような、自然界や人間の根源的なことについて、含蓄に富んだ会話が繰り広げられています。

・・・とここまで書いて、再び入力の手が止まりました。
何やら私は自分がブーゲンビリアで準備していた内容が、
日野原先生を特集した番組で出てきた“葉っぱのフレディの内容”と、
たまたまその見方、視点において一致したことに喜びを感じている・・・そんな軽い自分が見えます。

ここまでは所詮理論の話であります。
本当に大事なことは、その内容、これからの人生そのものなのであります・・・これはこれは途方もなく難しい!


コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 貝殻など(教室にて+α)(貝... | トップ | 外国女優さんの似顔絵 »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (mori)
2018-10-22 07:22:12
種の保存と言うか命の引継ぎと言うか生命体の持つ現象には感嘆させられることが多いですね。
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」と言ったところでしょうか。
私も自分の位置づけとして晩年と言うか第4コーナーを回ったと思っていますが、「過去には感謝、現在には信頼、未来には希望」と言う事で、難しいことですが、命ある限り何とか自分なりの希望を持ち続けたいと思っています。
返信する
Unknown (サガミの介)
2018-10-22 18:10:47
ブーゲンビリアの“苞”を見つめ自分の人生と重ねることが出来る、しかも日野原先生の「葉っぱのフレディ命の旅」への想いとシンクロさせる・・・。
豊かな心の安息を感じます。
使命を終えて枯れてゆく“苞”の立ち位置になるわが身、心の安息を求めなければいけません。
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

写真」カテゴリの最新記事