
今年も荒木、畠山、榎田ら多くの高卒新人がプロ入りしたが昨今の高校生は身体は大きいが中身が伴わず、すぐ故障を起こしシーズンを棒に振るケースも珍しくない。そこで遅ればせながら巨人は昨年から「三軍」を設けてプロの体力が出来ていない高卒新人をイチから鍛え直している。槙原投手はこの制度のお蔭で1年目を無事乗り切って今年のグアムキャンプで江川に負けないくらいの球を投げて一軍入りを猛アピールしている。惜しむらくはこの制度があと4~5年ほど早く行われていればもっと多くの好選手を輩出できたのではないだろうか。
敢えて名前をあげるなら鈴木伸投手(昭和53年入団)や林投手(昭和55年入団)の資質は槙原と同等かそれ以上だった。林投手は春季キャンプの紅白戦で王選手から三振を奪う活躍を見せたが5月を過ぎ、夏場になると調子を落としその雄姿はマウンドから消えた。不調に焦り過度な練習を行なって肩や肘を壊しキャンプでの球威は二度と戻る事はなく、やがて球界から去る事となった。鈴木投手は「マンモス」と呼ばれたくらいの大きな身体からオーバーハンドで投げ下ろすダイナミックな投手で将来を嘱望されたが伸び悩み野手に転向したが大成しなかった。
野手でも同様だ。藤本(昭和56年入団)は昨年腰痛で入退院を余儀なくされ、同期の安西も同じく腰痛を発症し国立長野病院で治療に専念して一時は快方に向かったが今春キャンプで再発してしまい今のところ完治の目途は立っていない。この手の話は何も巨人に限ったものではない。大久保(広島)と言えば今でこそ野手だが3年前のジュニアオールスター戦で好投して最優秀投手賞に選ばれた有望な投手だった。この年、大久保投手は二軍で19試合に登板し6勝6敗、シーズン後半には一軍へ昇格し6試合に登板するなど順調に見えた。しかし、基礎体力不足のせいで翌年には早くも肩を壊して僅か3試合の登板に終わり、肩痛は翌年になっても治らず投手生命は潰えた。
一方で昔の高校生は強かった。兵庫・高砂高から阪神入りした小山投手は背だけ高くいかにも頼りなさげにキャンプにやって来た。しかし、当時の松木監督はお構いなしに「潰れてもいいからバッティング投手で投げさせろ」と命じて午前中に1時間、午後にも1時間がノルマで先輩打者が特打ちを志願すると夕方まで延々と投げ続けさせられた。しかも先輩打者はストライクを投げないといつまでも打ってくれず、小山は肉体的にも精神的にも辛い経験をしたが故障する事なく大投手に成長した。
高校生が弱くなった要因として生活様式や食生活の変化を挙げる事が多い。インスタント食品の氾濫でリンを過剰摂取する事で骨が弱くなるらしい。しかし、そうした要因以上に指導者の問題が大きいと思われる。昔は教員が監督を兼ねている場合が殆どであったが、最近では「雇われ監督」も少なくない。彼らは部活動を教育の一環とは考えず、勝利至上主義で結果を出さなければクビが待っている。従って甲子園に出場する事で頭が一杯で目先の勝利に拘り選手の身体能力向上よりも小手先の技術向上に重きを置いている。個々の打撃向上よりもヒットエンドランの練習を繰り返したり、投手はやたらと変化球の習得を強いられる。
特に新興高校の場合、新入生獲得の為には甲子園に出場して学校名を広めるのが手っ取り早い。それ故に地方予選や本大会で勝てない監督は用無しで直ぐにクビをすげ替える。結果として甲子園に出場する高校の選手の多くが小粒で小器用なタイプになるのは必然。素質は有ってもプロの第一線でいきなり活躍するのは無理で二軍で身体作りからやらなければならないのが現状だ。最近では高校出は一人前になるのに5年かかるのが常識とされている。しかも二軍にちゃんとした指導者がいての話。設備を含めて昨今の二軍の状況を鑑みればプロ野球界の将来を担う若手選手を取り巻く環境は決して明るくないと言わざるを得ない。
使い捨てが当たり前だった時代の選手全てが頑丈であった訳ではなく、陽の目を見る事なく球界を去るケースも多々あった筈ですけどねぇ…