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納戸の奥に眠っている箱を久しぶりに出してみると…
買い集めていた45年前の週刊ベースボールを読み返しています

# 360 スパイ大作戦 ③

2015年02月04日 | 1983 年 



投手が投げる球種が予め分かれば打てる確率が高くなるのは間違いないだろう。しかし一方でベンチから伝達される情報を気にする余り目の前にいる投手に対する集中力が削がれてしまうのを嫌う選手がいるのも事実。富田氏が指摘したように「カーブ」と信じて踏み込んだもののシュートが来て死球を避けられずに病院送りとなった例も少なくない。概して球に喰らいつくタイプの打者は球種を教えられると逆に打てなくなるケースが多い。スパイ行為にはそうしたマイナス面もあるのだがベンチからの伝達が一向になくならないのは何故か。

「そりゃ確実性が上がるからです」と多くの関係者が口にする。「例えば犠牲フライが欲しい場面でプロの打者なら球種さえ分かればほぼ確実に外野フライは打てる」と多くの打者は言う。球種が分かっていたら打ち易いのは当たり前で年間130試合トータルで見れば得点増に大きく貢献しているのは明白。打者は「この投手は次にどんな球を投げてくるのか」に神経を注ぎ、ある意味でそれが投手との戦いの全てだ、と言い切る打者が殆ど。「そうした神経戦をサイン盗みは省いてくれるのだから打者は楽だ」と。「僕らは相手の先発投手が発表されると、この前はああ攻めてきたから今日はこうくるかなとか色々ケースを想定するもんです。相手バッテリーとの腹の探り合いが野球の面白さなんですよ」とパ・リーグのある主力打者は言う。それがスパイ行為で球種を事前に教えられたら自分の頭であれこれ考える必要がなくなる。全て他人任せの状態に慣れてしまうといざ情報が与えられなくなると対応出来ない。自分で分析・蓄積してきたデータと経験があってこそ相手の出方を推測出来る。

長いプロ野球の歴史の中でスパイ行為なんかに依存しなくても自分で相手の動きを観察して癖を見破り、それを財産にして自分の投球や打撃を伸ばしてきた選手は数多い。それこそが本当の " 骨身を削る戦い " にもなる。現在ではどこのチームでもやっているビデオ撮影による研究は決してスパイ行為ではない。例えば江夏投手(日ハム)のセットポジションからの一連の投球動作で両腕の動きの違いで直球か変化球かを見破ったチームがあった。当然の如く江夏は滅多打ちされた。しかし江夏は自らその癖を逆手に取って利用し次に対戦した時は完全に抑え込んだ。鈴木啓投手(近鉄)もまた投げる際の口の動きで球種がバレた事があったが直ぐに修正した。定岡投手(巨人)の場合はカーブを投げる時だけ口から舌がチョロっと出てしまう。何度も直そうとしたが緊迫した場面では、つい癖が出てしまい痛打される事がしばしば続いた。そこで癖を直すのを諦めてカーブ以外を投げる時も舌をわざと出すようにして窮地を脱した。ビデオに撮り研究して癖を見つけるのもプロなら、それを乗り越えるのもプロである。

投球フォームの癖だけではない。例えば走者を背負った場面でフォークボールを投げるつもりで球を指で挟んでいたら素早く牽制球を投げる事は出来ない。そういう時は取り敢えずマウンドプレートを外すだけにとどまる。それだけの事で観察眼の鋭い打者は " フォークボールを投げるつもりか " と察知する。しかし経験の浅い若い打者はそうはいかない。「だから自分なりの対処法を持たない若手には癖を見破った三塁コーチなどから伝えてやる。それは決してスパイ行為ではない」と自軍は絶対にスパイ行為をしていないと断言するセ・リーグの某球団コーチは語る。かつて阪急にダリル・スペンサーという豪快かつ緻密な頭脳を持つ元大リーガーがいた。彼は相手投手の癖をメモした小さなノートをズボンのポケットに常に携帯して他の打者にも教えていた。それが後の阪急黄金時代の礎を築いたという関係者は多い。これもスパイ行為ではなくれっきとした戦略であり、相手の癖やパターンを読み解く野球の醍醐味の1つである。

最後に座談会にも出て頂いた富田・関本両氏に自身の体験談を語ってもらおう。「嘗て西鉄ライオンズで20勝して新人王にも輝いた池永正明投手は同い年だったんだけど、彼が引退後に『トミには痛い所でよう打たれたな』と言っていたが彼は気づいていなかった。僕が彼の投球パターンを見抜いていた事を。勝敗を左右する場面の決め球はいつもスライダーで、その前には必ずシュートを投げてきた。それも打ち取る為のシュートではなく死球すれすれのシュートを投げてきた。ベンチからの情報なんて必要なく次のスライダーを踏み込んで苦も無く打ち返した。自分で考え自分の身体で得た情報を駆使して打ってこそ投手を攻略した充実感を味わえる(富田)」

「南海や広島で活躍した国貞泰汎さんと去年に会った時に『関本君のシュートは投球フォームで分かった。お蔭で5回は死球を避けられた』と言ってた。ただ打つだけじゃないんだよ、無用な怪我をしないというのもプロとして大切な事なんだ」「ホリ(堀内)さんがプロ2年目で肩で風を切ってブイブイ言わせていた頃に誰にも打たれなかったカーブ、いや昔で言うドロップを武上(ヤクルト)さんだけには打たれた。球の握りで球種がバレてたと分かったホリさんはカーブの握りのまま直球を投げた。しばらくその投げ方で武上さんを抑えたそうだ(関本)」…スパイ行為によって教えて貰う情報に頼って自分では考えようとしない打者がいくら打っても、こういう野球の面白さは体験出来ないという裏からの証言である。
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