Haa - tschi  本家 『週べ』 同様 毎週水曜日 更新

納戸の奥に眠っている箱を久しぶりに出してみると…
買い集めていた45年前の週刊ベースボールを読み返しています

# 518 スポーツ医学

2018年02月14日 | 1985 年 



プロ野球選手はペナントレースとは別のもう一つの戦いに突入している。梅雨と夏場の暑さに対する戦いだ。この戦いにどうすれば勝利者になれるのか。ヤクルト球団の健康管理アドバイザーでもあり、野球選手の身体に詳しい東京女子医科大学の西岡久寿樹教授に対策を聞いた。


聞き手…先生の御専門はリューマチだそうですがスポーツ医学とどのような関わりがあるのでしょうか?
西 岡…内科的なアプローチです。痛みと疲労はどう関係するのか、摂取するカロリーはどれくらいが適切なのかなど。また関節痛など
     外科的な側面からのアプローチもしています

聞き手…先生が野球と関わりを持つようになったのはいつ頃ですか?
西 岡…アメリカに留学していた昭和53年にユマでキャンプをしていたヤクルト球団関係者と知り合いになりまして、
     色々なアドバイスをさせて頂くようになりました

聞き手…日本に戻ってからも?
西 岡…ハイ。ヤクルトだけではなく長嶋さんが監督をしていた頃の巨人キャンプにもお邪魔しました
聞き手…スポーツ医学の専門家から見たプロ野球界はいかがですか?
西 岡…まぁ、なんと非科学的なものだと(苦笑)。これはヤクルトや巨人に限った話ではない事ですが
聞き手…具体的には?
西 岡…先ずは食事ですね。とにかく沢山食べれば良い、肉を食べれば良いという風潮が蔓延していました。それから水分を摂らせない。
     どんなに喉が渇いても飲ませない。根性だ、気合だと。これでは身体は酸性になり怪我をし易くなる

聞き手…お恥ずかしい話で
西 岡…それからタバコですね。運動選手がタバコを吸ったら確実に選手寿命は縮まります。ちゃんとしたチームドクターが不在な事が
     諸悪の根源だと思いました

聞き手…日本の球団にもチームドクターはいるんですよ。ただ怪我の治療が主な仕事で食生活の管理などは行なっていませんね
西 岡…例えば米国のアメフトチームには2~3人のドクターがいる。食事の管理から日常生活に至るまで事細かく管理しています。
     しかもプロだけではなく大学のフットボールチームにもドクターが帯同しています



聞き手…日本ではそこまで私生活に踏み込む事にまだまだ抵抗がありますね
西 岡…日本の場合、アマチュア時代の身体作りに問題があると思います。例えば高校野球は1つ負けたら終わりのトーナメント
     ですから、とにかく勝たなくちゃいけない。この考え方の犠牲になっているのが投手です。プロ入りする前に肩を酷使
     しています。ある程度の球数制限をしないといけない時期に来ていると思います。ヤクルトでも酒井投手や荒木投手などは
     高校時代の酷使がプロでの成長を妨げている気がします。私がスカウトなら高校時代に騒がれた投手は獲りません。今話題の
     桑田投手(PL学園)の将来も心配です

聞き手…食事や健康管理など認識不足な面が大きいですね
西 岡…水泳やクーラーは肩を冷やすからダメ、炎天下でも水を飲ませないなど思考が前近代的なままです
聞き手…それでは梅雨をどう乗り切れば良いのかアドバイスをお願いします
西 岡…ナイター生活という特殊事情がプロ野球選手にはあります。これは生活リズムの面で非常に難しい
聞き手…そうなんです。ナイターの間にデーゲームが挟まれたりすると体調が狂います
西 岡…三食を決められた時間に摂っていれば多少激しい運動をしても疲労は残りにくい
聞き手…ナイターが終わる時間はバラバラだし雨で中止になれば3~4時間は早まる。そこにデーゲームが挟まると時間調整は無理
西 岡…人間のバイオリズムから言って夜に沢山の食事を摂ると身体への負担が大きい。少ない量で回数を分けて摂るのが良いでしょう
聞き手…食後すぐに寝るのも良くない?
西 岡…1~2時間は起きていてほしい。それから試合後すぐに水分を摂ってほしい。これは非常に大事です。ただしアルコールは
     ダメですよ。翌日の朝食はその日に必要なエネルギー量に相当する食事をする

聞き手…朝からそんな量を?
西 岡…ハイ。そして球場入りしたらまた軽く食べる。試合開始の2時間前迄に済ませる事。そしてくどいようですが試合中は
     どんどん水分を摂る。飲んで汗を出すのは老廃物を排出する意味で大変よい事です



聞き手…水を飲んだらバテるというのが野球界の常識というか、これまで医学の目や科学の目に晒されてこなかった証拠ですね
西 岡…日本では野球だけが神秘のベールに包まれています。サッカーやラグビーではかなり前から医学のメスが入りました
聞き手…サッカーやラグビー界のスポーツ医学は進んでいるのですか?
西 岡…そうでもないです。例えばスポーツ選手には付き物の肉離れに関して、起きるメカニズムは
     実は分かっていない。どうも筋肉の中に乳酸が溜まるのが原因だと言われていますが、同じ様に乳酸が溜まっても発症する人と
     しない人がいて、どの様な体質の人が起こし易いのかなどはハッキリしない。現在のスポーツ医学はこの程度なんです

聞き手…肉離れを発症しにくい体質の特徴はあるのですか?
西 岡…明確な要因は解明できていません。筋肉には赤い筋肉と白い筋肉があり、肉離れを起こすのは赤い方です。筋繊維は
     人それぞれで赤と白の比率も違いますが明確な関連性は分かっていません。とにかく乳酸を溜めない事。その為にも肉類の
     摂取量を減らすか、摂った肉類由来の乳酸を体外へ排出するしかありません。ですから排出の為の水分補給が大切なんです

聞き手…話は変わりますがロッテの村田投手がアメリカで肘の手術をしたり、巨人の水野投手が同じくアメリカで診断を受けました。
     これは日本の医学が遅れているという事でしょうか?

西 岡…いいえ。決して日本のレベルが低いという訳ではありません。ラグビー選手が膝の半月板損傷や十字靭帯切断の怪我で
     手術を受けて回復しています。お相撲さんも珍しくありません。でも何故か野球選手は手術を受けたがらない

聞き手…投手が肘にメスを入れるのは相当な覚悟がいると思います。騙し騙しプレーをしている選手は多いと思います
西 岡…巨人の加藤初投手は血行障害の手術を受けて回復しています。もっと早く異変を感じた時に手術をしていれば時間を
     無駄にしないで済んだ筈。野球選手、特に投手の選手生命は短いですから早めに治療した方が本人の為だと思います。
     野球選手もどんどん手術を受けるべきです

聞き手…しかし実際にメスを入れるには勇気が必要になりませんか?
西 岡…例えば半月板損傷手術は5mm の孔を開けるだけ。内視鏡で済む。筋肉を傷つける心配もない簡単な手術です。
     近鉄の鈴木啓投手が来院された事がありました。左足の甲に軟骨が隆起して痛みが出たんです。軟骨を削れば痛みは
     消えるのに、なかなか決断できない。投げる事に何の影響もありませんよ、申し上げたのですが悩んだ末にお帰りになりました

聞き手…一気に変える事は難しそうですが各球団が現代医学を取り入れて選手寿命を少しでも伸ばして欲しいですね
西 岡…まさにその通りです
聞き手…本日はありがとうございました
コメント
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