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■昭和七年 札幌 (2016年6月23日~8月21日、札幌)

2016年08月19日 01時01分01秒 | 展覧会の紹介-絵画、版画、イラスト
1.個人美術館の苦心

 何度も書いているが、個人美術館の運営は大変である。
 特別展を何度も開く予算はないし、美術館名になっている美術家の代表作を展示から外してしまうような大がかりな展覧会にしてしまうと、遠方からの観光客にガッカリされてしまう。といって、代わり映えのしない常設展を続けていれば、リピーターの確保はおぼつかない。
 代表作の展示を続けつつも、手を変え品を変えるようにテーマをその都度変えて、切り口のおもしろさで、リピーターを引きつけていかなくてはならないというつらさがあるのだとろうと推察する。

 今回のテーマは「昭和七年」。
 旧制札幌一中(現札幌南高)を卒業後、上京して活動していた三岸好太郎だが、たびたび帰郷してもいた。
 とりわけ1932年(昭和7年)に何度も札幌に帰っていたことに着目して、今回の所蔵品展になったようだ。


2.三岸の昭和7年

 今年4月に、札幌の老舗菓子チェーン「千秋庵」から寄贈を受けた「金蓮花」もこの年の作品。
 筆者は初めて見たが、わりとあっさりとした静物画だった。
 これがふつうに千秋庵のレストランに飾ってあったというから驚く。

 ほかに、現存する三岸の最大の作「道化役者」、札幌の中島公園に材を得た「水盤のある風景」、北大の学生運動から守られた逸話で知られる「花ト蝶」などがこの年に描かれている。
 ただ、所蔵品展なので、1932年よりも前、あるいは後に制作された代表作も展示されているので、この画家の全体像をつかむには支障はない。むしろ、1932年にたどり着くまでにしばらくかかるな~というのが率直な感想だ。

 館内の解説文によると、この年の三岸は、北海タイムスなど地元紙への寄稿のほか、秋のロサンゼルス・オリンピックで、札幌出身の南部忠平が三段跳びで金メダルを得たことに題材を得た絵画の大作を手がけている(この絵は現在行方不明)。
 また、筆者は知らなかったが、ラジオ番組に出演したほか(当時は民間放送がないので、NHK)、道内を襲った水害の被害地をルポして挿絵を新聞に寄せている。

 つまり三岸は、フォーブがどうの、シュルレアリスムがどうのという、美の殿堂に閉じこもっていたのでは決してなく、社会の動きと密接にかかわって動いていたのだということがわかる。


3.では、昭和7年は

 筆者に言わせれば、美の堂宇に閉じこもっているのは美術館のほうではないか。
 せっかく「昭和7年」というテーマがあるのに、この年がどんな年だったのか、まったく館内に説明がないのは、どうしたわけだろう。

 1932年(昭和7年)は、血盟団事件で井上準之助前大蔵大臣が暗殺され、5月には「五・一五事件」で青年将校が犬養毅首相を暗殺した。
 日本は大陸での軍事行動を進め、上海事件を起こすとともに、満洲国を建国させた。いちおう、独立国という建前だが、日本軍のかいらい政権であることは明らかだった。軍部がますます増長していった時代である。国防婦人会の旗揚げもこの年だ。
 相次ぐ弾圧で共産党の組織が壊滅状態になる。プロレタリア文学にも警察の手が伸び、中野重治らが検挙される。
 ただし、社会運動やデモ、ストライキなどはまだ完全に鎮圧されるまでには至っていない。野呂栄太郎(この人も南部忠平と同じく北海中の出身だ)らが編集にあたった「日本資本主義発達史講座」の刊行が始まったのもこの年だ。

 海外に目を向けると、1929年の米国の株式大暴落に始まる世界恐慌はますます深刻の度合いを増していた。
 米労働総同盟は1月、国内失業者を820万人と推定。ドイツの失業者は612万人と新記録を更新した。 
 米国ではこの年の大統領選挙で、フランクリン・ルーズヴェルト(ロウズヴェルト)が圧勝。ニューディール政策による大恐慌からの脱出を公約する。
 ドイツではナチス(国家社会主義ドイツ労働者等)が躍進、第1党となる。ヒトラーが首相に任命され、国会議事堂放火事件を機に共産党をはじめとする政党を弾圧して独裁体制を固めるのは1933年になってすぐのことである。
 おなじ時期(1933年2月)に、日本は国際連盟を脱退。国際的な孤立の道を歩みつつ、超国家主義、全体主義へと急速に舵を切っていく。

 なお、カルダーがモビールをはじめて発表し、ナチスがバウハウスを弾圧して閉校に追い込んだのも、1932年である。

 世界的な不景気と、それを背景にしたテロリズムの横行、そして全体主義の伸張。いまと共通するところは、非常に多いといわざるを得ない。

 筆者は「●●が無い」という観点からはなるべく展覧会の批判はしないのというのがポリシーである。
 とはいえ、この「昭和七年」をテーマにした展覧会に、当時の社会情勢・国際情勢への言及が皆無なのは、やっぱり、どんなものかなぁと思うのだ。

どういう時代に三岸が創作していたのか。
それを知ることは、ムダではないどころか、たいせつなことではないでしょうか。

 三岸は1934年に歿する。画家も、日本の民主主義も、余命わずかな、昭和7年であった。



2016年6月23日(木)~8月21日(日)午前9時30分~午後5時(入場~4時30分)※夜間延長などの場合あり。
道立三岸好太郎美術館(札幌市中央区北2西15)

一般510円、高大生410円、中学以下・65歳以上無料。土曜は高校生も無料




・地下鉄東西線「西18丁目」4番出口から750メートル、徒歩9分

・中央バス、ジェイアール北海道バス「道立近代美術館前」から500メートル、徒歩6分(札幌駅や北1西4から乗って、手稲、小樽方面へ行く大半のバスが停車します。ただし、北大経由小樽行きは除く)

・ジェイアール北海道バス「桑11 桑園円山線」(JR桑園駅-円山公園駅-啓明ターミナル)で「北3条西15丁目」降車、約170メートル、徒歩3分

・市電「西15丁目」から770メートル、徒歩10分


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