
(承前)
冒頭の画像は、ルイ・ヴィトンのお店の横。
右手は「瀧山町ビル」といって、銀座でも指折りの古いビルだ。
この、並木通りと交詢社通りの交差点の画像を掲げたのは、わけがある。
この場所が、1964年、赤瀬川原平、高松次郎、中西夏之の3人からなる前衛芸術家グループ「ハイレッド・センター」による「首都圏清掃整理促進運動」の舞台になったからである。
のちに赤瀬川がハイレッド・センターを回想して著した「東京ミキサー計画」でも、この場所での活動が、表紙の写真になっている。
もっとも、なぜ彼らがこの場所を選んだのかは、定かではないが…。
ここは、もともと北海道新聞の東京支社であった。
1、2階がルイ・ヴィトンだったのだが、いまは東京支社は虎ノ門に移り、全館がルイ・ヴィトンになっている。


右側がソニービル。
若手のイラストレーターの作品をブローアップして、壁に大きく掲げている。すごいなあ。
その左側のガラス張りがエルメスである。
冒頭の画像は、ルイ・ヴィトンのお店の横。
右手は「瀧山町ビル」といって、銀座でも指折りの古いビルだ。
この、並木通りと交詢社通りの交差点の画像を掲げたのは、わけがある。
この場所が、1964年、赤瀬川原平、高松次郎、中西夏之の3人からなる前衛芸術家グループ「ハイレッド・センター」による「首都圏清掃整理促進運動」の舞台になったからである。
のちに赤瀬川がハイレッド・センターを回想して著した「東京ミキサー計画」でも、この場所での活動が、表紙の写真になっている。
もっとも、なぜ彼らがこの場所を選んだのかは、定かではないが…。
ここは、もともと北海道新聞の東京支社であった。
1、2階がルイ・ヴィトンだったのだが、いまは東京支社は虎ノ門に移り、全館がルイ・ヴィトンになっている。


右側がソニービル。
若手のイラストレーターの作品をブローアップして、壁に大きく掲げている。すごいなあ。
その左側のガラス張りがエルメスである。
