
(承前)
パブリックアートの紹介も織り交ぜながらすすめていきたい。
この彫刻がたっているのは、網走市大曲1丁目の、道立網走高等技術専門学院の前である(ただし、同学院は2010年度いっぱいで道立校としては閉校し、地元が引き継いでいるようだ)。
なぜ「大曲」というのか。それは、下の地図を見れば一目瞭然だ。
網走川が大きく彎曲しているのである。

河田卓さんは、網走在住の彫刻家。
1979年に日展に初出品、初入選を果たし、98年までは入選を続けていたことが確認されている。また、日彫展でも2003年までは入選を続けており、北海道新聞夕刊文化面の「秋の公募展を見て」で何度か紹介されている。ただし、2004年以降の活動歴は、筆者にはまったくわからない。
1993年の新聞記事で36歳になっている。
道内の団体公募展には出品していないようである。
オーソドックスな造形のなかにも、人間らしいあたたかみを感じさせる作風だと思う。
地震の時は倒壊のおそれがあるので離れろ-という、めずらしい注意書きが、側面にあった。
今回は大丈夫だっただろうか。
河田卓さんの作品は、網走市内にほかに数点あるほか、小清水などにも点在しているようである。
(この項続く)
パブリックアートの紹介も織り交ぜながらすすめていきたい。
この彫刻がたっているのは、網走市大曲1丁目の、道立網走高等技術専門学院の前である(ただし、同学院は2010年度いっぱいで道立校としては閉校し、地元が引き継いでいるようだ)。
なぜ「大曲」というのか。それは、下の地図を見れば一目瞭然だ。
網走川が大きく彎曲しているのである。

河田卓さんは、網走在住の彫刻家。
1979年に日展に初出品、初入選を果たし、98年までは入選を続けていたことが確認されている。また、日彫展でも2003年までは入選を続けており、北海道新聞夕刊文化面の「秋の公募展を見て」で何度か紹介されている。ただし、2004年以降の活動歴は、筆者にはまったくわからない。
1993年の新聞記事で36歳になっている。
道内の団体公募展には出品していないようである。
オーソドックスな造形のなかにも、人間らしいあたたかみを感じさせる作風だと思う。

今回は大丈夫だっただろうか。
河田卓さんの作品は、網走市内にほかに数点あるほか、小清水などにも点在しているようである。
(この項続く)
「「東北地方太平洋沖地震」の受難に向けて
呼びかけている、そんな温かみを感じます。
>地震の時は倒壊のおそれがある。
今回の地震でどうだったのでしょう。
希望を与える、このようにな彫刻は保存を願いたいです。
アートは被災者の飢えを満たせませんが、直接的な役に立たないからこそ、なにかの役に立つのだと思いたいです。
あまり詳しくはわかりませんが、最近の制作については私もわかりません。
市内でご健在なのですね。