武田光弘画楽多製作日記

暇をもてあそび造形してます。作品として形としてまとめたものなどを見ていただきたい
と思っています。

アメフララー・・・・・

2010年08月21日 | Weblog

雨が恋しい。
全然写真とは関係ないが「八丈島」という島がある。行政上は東京都の一部である。二度ほど行ったことがあるが東京とは別世界である。
昔は人も通わぬ流刑の島である。島をまわったけど紬工場とか、くさやが印象に残っている。ここへ飛行機で行けるようになったのは昭和31年の夏からである。
一時新婚旅行のメッカになったこともある。
ここでは万葉集の時代の言葉が残っていると言われてた。現在は不明。
私のことを「ワレ」、おまえのことを「ナレ」という。これは万葉の名残だと。「雨が降った」を「アメフララー」という。万葉時代は「アメフラル」と言った流れだと。

歯医者へ

2010年08月20日 | Weblog
ついに歯医者の門をくぐる。
もうボロボロだそうだ。小さい頃はこの子は歯が丈夫だと母が自慢していた。そのはずである。時代は戦争で甘い物など手に入らない。
戦争から帰ってきた父が、黒砂糖のかたまりを持ってきた。それをなめなめ、この世にこんな味のものがたるのか・・・・という感じでなめていたと。私にはその記憶はないが、とにかく甘い物はなかった・・・・・。黒砂糖は衝撃的だったろうな。





とんぼが飛んだ・・・・・

2010年08月19日 | Weblog

この暑い中、トンボがちらほら見える。
いろいろ名前がありそうだが詳しくは知らない。オス・メスで名前が違ったりかなり細かい。
そこへいくとドイツではマツムシ、スズムシ、コオロギなどすべてグリルというらしい。それもいいけど国民性とかいうものかな。・・・・・・

ふくろうはふくろうで眠られぬ・・・

2010年08月18日 | Weblog
暑さが再び・・・夜も暑い。
十分寝てるか不明。
毎週月、火に新聞の俳壇・歌壇の欄を見る。全国紙に選ばれるだけあって「なるほど」の世界だ。短歌の欄には外国で住んでいる方の投稿もある。望郷の気持ちも詠われている。外国の獄に入ってる人の投稿もある。最近見えないが、ホームレスの方の投稿もあった。優れた短歌で話題になっていたが、最近見えない。



俳句の世界には「けさの秋」などの言葉も見える。「夜の秋」などというのもある。
いずれも単なる季節ではなく、その変わり目に目が言ってる。暑い夏に、ちょい秋の風が・・・という感じだ。ここらへんが日本人に俳句という文化が根付いた微妙な感性とでも言える・・・・かな。

写真のフクロウは朝犬の散歩で撮ったもの。いつものコースを変えて石材屋さんの前を通ってパチリ。

せみ

2010年08月17日 | Weblog

ふたたび暑さがもどってきた。熱中症で倒れる方のニュースを報じていた。
山にはいると蝉の鳴き声にいきあたる。夏の風物詩だ。蝉の幼虫は結構リンゴ農家からは嫌われる。地中で木の養分を吸い取る害虫だ。地中だから農薬の効果も少ない。少し前、この幼虫を伊那地方の「ザザムシ」同様に油であげて「信州のせみかんずめ」として売り出す構想があった。結局ダメになったのは採れるのが日によってまばらで商売にはならないということだったらしい。
セミにとっても、この計画はむごかった。地中生活8年、顔を出したら油であげられ、かんずめ生活。こんな不幸な人生はない。

植物三題

2010年08月16日 | Weblog

隣町の池田町出身の岡麓は

「さみだれの一日の曇り深くして夕べしぼばぬひるがおの花」

と詠んでいる。この写真はちょい小さい花なのでコヒルガオかも。どちらにしても根の方が太く強靭なのでやたらと絶えない。たくましい。

これは近くの閉鎖した倉庫のコンクリートの間から芽をふいた桐である。家主が時々来て切るが、また芽を伸ばす。たくましい。花札の絵札に桐をデザインしたものがあった。花札の絵札のデザインは優れていると・・・昔から思っているけど。

朝がおやほや一輪深き淵の色     蕪村

はかなさを象徴する朝顔がきれいに咲いている。・・・・・・秋の足音が近い。

多分、豚!

2010年08月15日 | Weblog


贈物の箱は現在の私にとっていい材料だ。中を仕切ってる紙片を取り出してふれると、ブルブル動くことがわかった。そこで微妙に動きが伝染する魚にしてみた。動きが伝わるのは、ま三匹くらいかな。

我が家のトマトだ。前から読んでも同じ文章になるのを「回文」という。トマトは回文とは言えない。
この肉何の肉?と問われれば「たぶん、豚」(タブンブタ)と答える。これだ。80歳のおばあちゃんが長い回文を作ってるのをテレビで見た。「こりゃ、まいった」という感じ。
終戦記念日・・・朝鮮や中国にとっては解放された日だ。当時21歳の銀行員だった女性の書いたものがある。「・・8月15日の詔勅に友だちは泣いている人もあったが、私はくやしいことよりも複雑な思いがしていた。(それは戦争はやめられる)という発見であった。戦争というものは永久につづく冬のような天然現象であり、人間の力ではやめられないような気がしてたのだ。」
現在考えれば戦争も続くものではないこともわかるが、そこに生きてる方の実感かもしれない。

日本魚類考

2010年08月14日 | Weblog
お盆だから刺身でも買ってくるか・・・・売り場では細身の秋刀魚が氷水のなかで休んでいた。
秋刀魚がとれなくなったとかニュースで言ってた。気象とか変化が最近多いので今まで通りといかないことが他の分野でも多くなってきている。

「秋刀魚」という漢字もいかにも秋の味覚をあらわす感じがする。しかし、夏目漱石は「我輩は猫である」でさんまのことを「三馬」と書いている。漱石流当て字だ。

口のおおきな「あんこう」という魚は「鮟鱇」と書く。中国からきたかと思ったが、実は日本で「アンコー」という音にふさわしい漢字を作って当てたのがはじまりとか。

爪楊枝

2010年08月13日 | Weblog

写真は手製の爪楊枝だ。生家の隣家の爺さんからもらった。ボケ防止に作ってるそうだ。ヒノキのとりばしももらった。
楊枝は世界中にあって、高価なものは象牙もあるとか。日本には頭に装飾したるのが特徴とか。そういえば普通のもコケシ調だな。これは黒文字が材料だ。
よく発掘現場で木簡なるものが出る。紙のない時代、これのように板を薄く割ったのだろう・・・・

人間も100歳を越えると危ない。
紙の記録だけ残り、人間としての記憶が消え去る。平均寿命などの計算も危ない。

禁煙のすすめ

2010年08月12日 | Weblog

この植物はイタドリである。そこらの土手にいくと普通にある。地下茎をせんじて昔、神経痛の薬として使った。だから「痛いのを取る」ということ。
戦争がはじまると食料増産のかけごえで、葉タバコの畑が減り、生産が少なくなりタバコも品切れとなった。愛煙家にはピンチである。それはそれで、ちゃんとヤミタバコが出回った。本物のタバコ一割で後は野草をいれたそうだ。その一割がイタドリである。なかには大根の葉とイタドリだけというのもあったらしい。

なんてことない草の葉っぱを燃やして吸っていたということ。それでもいいのだ。愛煙家は。また、それほど禁煙は難しいということだ。いいことと言えばイタドリにはニコチンがないくらい。

二枚目の写真は最近の版画・・・・暑くて気持ちが進まない。