武田光弘画楽多製作日記

暇をもてあそび造形してます。作品として形としてまとめたものなどを見ていただきたい
と思っています。

よみがえる腕

2013年08月30日 | Weblog

これは私の作品ではない。版画教室の受講生の作品だ。うまく絵があわない・・・と言うので・・・ああだこうだ言ってるうちに時間切れで、あずかってきた。
試し刷りをして板を削ったりしてみた。mmmmま、これが一作目の方だが、少し欲張りすいているかも。
江戸時代の版木が出てきて、復元の作業を聞いたことがあるが、板は生き物だから反ったり、朽ちたり・・・そこを修正する大変な作業だ。これを成功させる職人魂は執念だ。新たに彫りなおすのも、それはそれなりに職人魂だ。
外国でキリスト像の絵を修復したら、猿顔になって話題を呼んでいた。これでは修復とは言えない。けど、それを見たさに観光客が押し寄せているとか・・・・

明日のない日はない

2013年08月27日 | Weblog

調子が出ず、午前中費やした時間がパーとなった。
ごご、小版を刷る。
これはこれで今一だ・・・・ま、妥協しましょう。
夕刻から刷ったものを切刻んでパネルに貼ってみた。
一応、色を変えて三枚刷った。
これはこれで・・・・・・・苦労した。

夢は夜ひらく・・・・

2013年08月24日 | Weblog

イチロウ選手が4000本を超えた。めでたいニュースが一転して藤圭子さんの訃報を伝えている。
藤さんが活躍してた頃は、私も若く元気のあった頃だ。
まだ二十代も後半だ。学校登山で駒ヶ岳に登る。伊那から登るとゴンドラでスイスイと登れる。それが木曽側だと、山の尾根伝いをセッセセッセと登る。これは若いはずの私にとっても苦難だった。
生徒はピンピンしていた。藤さんの「夢は夜ひらく」の替え歌を歌っていた。
♬♬十五十六・・・という出だしであったが、♬♬二十五、三十、○○の人生暗かった・・・・と歌っていた。○○の中には私の名前が歌われていた。
「ふざけるな・・・・・」と怒鳴りたかったが、すっかり登山でエネルギーを使いすぎて苦笑するしかなかった・・・・・・

世の中はそろそろ秋

2013年08月19日 | Weblog
やたらとトンボが飛び出した。暑い暑いと言ってるうちに秋らしい。
トンボはオスとメスの名前が違ったりややこしい。ここらが日本的らしいと言うことらしい。欧米はトンボはトンボであっさりしてるらしい。でも家畜類はメスとオスの名前が違って・・・・・ここらが日本と違うとこだ。
高山植物もそろそろ夏の終末らしい。この写真は五竜遠見のケルン付近だ。標高で言うと1500くらいか。このケルンには七名の方の名が刻んであった。冬に
なればこの尾根も厳しい条件になるのだろう。今は軽装であっさりあがるが・・・・

灼熱ニッポン

2013年08月18日 | Weblog
こう暑くては・・・・と5時に起きて畑の草とりをした。
これがまたこたえた。夏むきにチョイ変わった版画を仕上げた。
この作業もきつかった。
あとは静かに読書だ。この間テレビで半藤さんと宮崎駿さんが対談していた。今公開中の「風立ぬ」の話題もあったが、宮崎さんは十歳ほど上の半藤さんとの対面に感激していた。気骨ある方がおられてうれしいと。
確かに・・・・確かに・・・・気骨があると言われる日本人が減っているのかもしれない。
夕方、本屋にいくと半藤さんの「昭和史」と言う本が出ていた。これは次回買おう。
半藤さんは国をつくるのも滅ぼすのも40年と言っておられる。慶応元年から日露戦争がおわって世界の強国になるまで40年、その大日本帝国が終わるのも40年、それからバブルまで40年、それがはじけて25年・・・・・・・・。あと15年たてばどういう国になっているか・・・・・・。

テレビ出演なる

2013年08月16日 | Weblog
「鉄拳」から電話がきて、インタビューしたいとか・・・・お盆も暇なので出かける。・・・・と言ってもお迎えがきた。
場所につくと、カレーを食べてください・・・そこへ「鉄拳」が現れ、互いにびっくりという設定でいきます・・・・・とデレクターらしき人の指示があった。坐ったらカレーが出て来た・・・なんだか話が違うと思ったが・・・・すぐに乗って演技してる自分がいた。
帰りに「この本」をもらってきた。パラパラと見る・・・・よく売れてるとか。

テレビの番組は「金スマ」というらしい。

なつかしき木造校舎

2013年08月14日 | Weblog
この夏の版画に登場させようと、長野県の木造校舎の写真集を見る。これは1998年に発行された写真集だから、全部が残っているとも思えない。もう壊された校舎も多いだろう。
わたしの出た学校も載っていた。冬と夏だろうか。こういう校舎は、どこも同じような設計で、ちょい違う・・・・これが又いい。わが母校はすでにかなり前に廃校になって、現在は冒険学校なる団体が使用している。昨年寄ってみたが、壁はしっかり塗りなおし、きれいになっていたが、風情はそのままだ。
右の建物は教員住宅で、先生たちは家族で住んでいた。
わたしは中学校までここで育った。
むかし職員室だった部屋に、わたしに影響を与えてくれた代用教員のT先生の油絵がまだ飾ってあった。
スイカと白い陶器を描いた絵だ。・・・・なんとも懐かしい写真だ。

泣く子も黙る・・・・・

2013年08月13日 | Weblog
さわいではいけない場所で、子どもが泣き叫ぶ・・・・・親としてはいたたまれない。
この間の新聞記事によると、最近の周囲の大人がすぐにこれに怒り出す・・・・しつけが悪いとか・・・こういう方は自分の子ども時代を忘れているのだ。
世の中、寛容でなくなったのだ。隣りの家とのトラブルも多いと言う。こどもはルール違反で世の中を覚えているのだ。ま、ほっとく親もルール違反だが・・・

電車中燥ぐ子がいれば諌めるママいて知らん顔のママもいる
字数が多いな・・・・・・

スイカとウリ

2013年08月12日 | Weblog

二個目のスイカだ。
これは夏の産物だ。俳句では旧暦で秋の季語とか・・・・・なんど旧暦にこだわるかわからない。イランではスイカのことを「ヘンダワネ」と言うそうだ。ペルシャ語だそうだ。
何が変だかわからない。
果物の少ない昔はウリが人気だったそうだ。昔と言っても平安の昔だ。避暑を兼ね、ウリを試食する「ウリ見」と言うのがあったとか。現代の「花見」みたいなもんだ。
写真はウリではなく本当はカボチャだ。これがゴロゴロできた。

熱闘甲子園

2013年08月11日 | Weblog

本日、長野県代表上田西高校が甲子園に姿をあらわした。
健闘むなしく負けた。
長野県はレベルが低いのか・・・一回戦負けが最近多い。
やむなし。
上田と言えば「真田幸村」だ。
本日の版画は若い時、歴史物語のさし絵を頼まれ描いたものだ。これが本になって地元から「六文銭」の並びが違うとクレームがきた。
時すでに遅く・・・・本が店頭に出ていた。その後会社がどのように対応したか不明。
まずい出来事であった。若気のいたり・・・・ではすまない。