私は飛行機やロケットのような空を飛ぶものには昔から興味がある。最近、60年代に国の威信をかけて人を月に送り込むというアメリカのアポロ計画に関する本を読んだ。その道のりは、アメリカ中から選りすぐられた優秀な科学者やパイロットをしても、とてつもない困難の連続だった。しかし、ケネディ大統領の公約どおり、60年代が終わる直前の1969年、アポロ11号のアームストロング飛行士は月の静かの海に降り立ったのだった。
そこへいたる道のりは実に険しいものであり、何人もの人の命さえも犠牲になった。その最初に月に人が降り立つまでのエピソードもとても興味深いのだが、その後の何回かの月ミッションの中に面白い話があったので紹介しようと思う。月着陸を成し遂げたアポロミッションは、その政治的な意味においてはそれでおしまいだった。ソビエトに先を越されてきた米ソの宇宙開発を、有人月着陸という偉業によってひっくり返したのだから。では、その後の月ミッションはというと、純粋に科学的な月探査、特に地質学的な興味に対する研究に重きがおかれたという。月の石がどうなっていようとそんなことはどうでも良いと思うかも知れない(少なからず私もそう思うのだが)が、地質学者にとって月の生い立ちを知ることは非常に価値のあることだった。様々な仮説に基づいて慎重に研究テーマが検討され、着陸する地点が選定された。最初に月に着陸したときには、宇宙飛行士は着陸船からわずか数十メートルしか離れることはなかったが、後のミッションでは月面車までが持ち込まれ、広大な地域が長時間にわたって調査された。NASAには月から持ち帰った大量の岩石のサンプルを分析するための研究所までが設立された。
私はもちろん地質学に関する知識を持ち合わせないので、その価値についてはとやかくコメントすることはできない。しかし、NASAがこの計画においてどのように研究を進めたかと言う点については、面白いと思うことがあった。それは確かアポロ16号のミッションだったと思う。そのミッションでは、地質学者の多くが予想したある理論を確かめることが大きな目標だったという。しかし、実際に月行って宇宙飛行士が岩石を採集してみると、そこにあるはずのタイプの石はちっとも発見されない。だんだん宇宙飛行士に焦りが生まれてくる。もちろん、地球で飛行士からの情報を逐一聞いていた科学者たちの焦りはもっと大きかったに違いない。文字通り天文学的な金額の税金を投入して打ち上げたアポロ宇宙船のプロジェクトが、全くの無駄になってしまうとしたら、誰だって心配になるだろう。
大体、ドラマや本になるようなお話では、ぎりぎりのところで神の助けがあり、やはり理論は正しかったことを証明するような発見があるものだ。だが、この時ばかりはそういう幸運はなかった。見つかるサンプルは、どれもゴミばかりである。そのプロジェクトに参加した全ての科学者が落胆したのだった。ついでに書いておくと、宇宙飛行士と言うのは宇宙船の運転や宇宙遊泳をすることの専門家のように思われるかもしれない。もちろんそれはそうなのだが、彼らは月に行く前に地質学者と実際に山に登ったりして、地質学に関する相当な知識を身に付けてからミッションにあたっていた。だから、彼らが地質に関する素人だから発見を見逃したということはほとんどないだという。
で、その後どうなったかと言うと、このミッションでこれまでに考えられていた月の地質学に関する常識が否定され、その結果新たなモデルが考えられることになった。このように考えるとアポロのミッションは、月の地質学における新たなフェーズの始まりだったとも言えるらしいのだ。私が面白いと思ったのはその部分なのである。つまり、失敗を失敗として片付け、自らの中にそれを取り込むのではなくどっかへ放り投げてしまったら、きっと科学者たちは、以前からの固定概念に依然として捉え続けられていたに違いない。彼らは、そうではなくて実験の失敗を受け入れ、そこから新たな理解を深めて行ったのである。もっと言うと、別に新たな理解とかいう難しい話ではなく、失敗を受け入れるというその一事がもっとも大事であり全てであるのである。
何を言っていると思われるかもしれない。話をもうちょっと分かりやすい方向へ向けてみよう。例えば数学における負の数や虚数などと言うものが発見(?)された時の事を考えてみよう。それは今までの数の概念ではうまく説明ができない事態に立ち入ったとき、例えば4-5は正の数だけでは計算ができない。そこで、仕方がないので4-5の計算の結果は、「存在する」として負の数の概念が生まれたのである。4-5は引けないからだめではなくて、それもありとしただけの事なのである。余計話がこんがらがったかな?
まあ、いい。とにかく結論は失敗を探せばいいということである。そしてそれをOKとしてしまう。それで話は先へ進む。どう見ても人類に歴史において行われてきたほとんど全ての進歩と言うのは、そういう事の繰り返しのなのである。
さて、今日はどこで失敗にでくわすだろうか。ちょっと楽しみなってきたな。
そこへいたる道のりは実に険しいものであり、何人もの人の命さえも犠牲になった。その最初に月に人が降り立つまでのエピソードもとても興味深いのだが、その後の何回かの月ミッションの中に面白い話があったので紹介しようと思う。月着陸を成し遂げたアポロミッションは、その政治的な意味においてはそれでおしまいだった。ソビエトに先を越されてきた米ソの宇宙開発を、有人月着陸という偉業によってひっくり返したのだから。では、その後の月ミッションはというと、純粋に科学的な月探査、特に地質学的な興味に対する研究に重きがおかれたという。月の石がどうなっていようとそんなことはどうでも良いと思うかも知れない(少なからず私もそう思うのだが)が、地質学者にとって月の生い立ちを知ることは非常に価値のあることだった。様々な仮説に基づいて慎重に研究テーマが検討され、着陸する地点が選定された。最初に月に着陸したときには、宇宙飛行士は着陸船からわずか数十メートルしか離れることはなかったが、後のミッションでは月面車までが持ち込まれ、広大な地域が長時間にわたって調査された。NASAには月から持ち帰った大量の岩石のサンプルを分析するための研究所までが設立された。
私はもちろん地質学に関する知識を持ち合わせないので、その価値についてはとやかくコメントすることはできない。しかし、NASAがこの計画においてどのように研究を進めたかと言う点については、面白いと思うことがあった。それは確かアポロ16号のミッションだったと思う。そのミッションでは、地質学者の多くが予想したある理論を確かめることが大きな目標だったという。しかし、実際に月行って宇宙飛行士が岩石を採集してみると、そこにあるはずのタイプの石はちっとも発見されない。だんだん宇宙飛行士に焦りが生まれてくる。もちろん、地球で飛行士からの情報を逐一聞いていた科学者たちの焦りはもっと大きかったに違いない。文字通り天文学的な金額の税金を投入して打ち上げたアポロ宇宙船のプロジェクトが、全くの無駄になってしまうとしたら、誰だって心配になるだろう。
大体、ドラマや本になるようなお話では、ぎりぎりのところで神の助けがあり、やはり理論は正しかったことを証明するような発見があるものだ。だが、この時ばかりはそういう幸運はなかった。見つかるサンプルは、どれもゴミばかりである。そのプロジェクトに参加した全ての科学者が落胆したのだった。ついでに書いておくと、宇宙飛行士と言うのは宇宙船の運転や宇宙遊泳をすることの専門家のように思われるかもしれない。もちろんそれはそうなのだが、彼らは月に行く前に地質学者と実際に山に登ったりして、地質学に関する相当な知識を身に付けてからミッションにあたっていた。だから、彼らが地質に関する素人だから発見を見逃したということはほとんどないだという。
で、その後どうなったかと言うと、このミッションでこれまでに考えられていた月の地質学に関する常識が否定され、その結果新たなモデルが考えられることになった。このように考えるとアポロのミッションは、月の地質学における新たなフェーズの始まりだったとも言えるらしいのだ。私が面白いと思ったのはその部分なのである。つまり、失敗を失敗として片付け、自らの中にそれを取り込むのではなくどっかへ放り投げてしまったら、きっと科学者たちは、以前からの固定概念に依然として捉え続けられていたに違いない。彼らは、そうではなくて実験の失敗を受け入れ、そこから新たな理解を深めて行ったのである。もっと言うと、別に新たな理解とかいう難しい話ではなく、失敗を受け入れるというその一事がもっとも大事であり全てであるのである。
何を言っていると思われるかもしれない。話をもうちょっと分かりやすい方向へ向けてみよう。例えば数学における負の数や虚数などと言うものが発見(?)された時の事を考えてみよう。それは今までの数の概念ではうまく説明ができない事態に立ち入ったとき、例えば4-5は正の数だけでは計算ができない。そこで、仕方がないので4-5の計算の結果は、「存在する」として負の数の概念が生まれたのである。4-5は引けないからだめではなくて、それもありとしただけの事なのである。余計話がこんがらがったかな?
まあ、いい。とにかく結論は失敗を探せばいいということである。そしてそれをOKとしてしまう。それで話は先へ進む。どう見ても人類に歴史において行われてきたほとんど全ての進歩と言うのは、そういう事の繰り返しのなのである。
さて、今日はどこで失敗にでくわすだろうか。ちょっと楽しみなってきたな。