少年カメラ・クラブ

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扇風機の修理について

2010-06-18 22:57:47 | 哲学
私はもともと電気技術者である。最近は仕事ではあまり触らなくなったが、テスターやオシロスコープなどという計測器を使って、調子の悪い機器の診断を行ったものである。もちろん、あちらこちらをやたらに計測しても、なかなか故障の原因は見えてこない。いくつかの故障の仮説を立てて、その仮説を検証しながら怪しいところを絞り込んでいく。そこには、シャーロックホームズが事件を暴いていくようなスリルがあるといっても言いかもしれない。だいぶ前のことだけど、熟練の技術者は電気が流れている線と、切れて電気の流れていない線を見ただけでわかるというのを聞いたことがある。物理的にはそんなことはできるわけがないのだが、本当の技術者と呼ばれる人は、もしかしたらそんな奇跡を起こすことができるのかもしれないなんて思う。残念ながら私は今のところそのレベルには到達していない。

さて、電子回路の修理においては、ひとつの大きな仮定がある。それは回路のチェックに使う計測器はちゃんと正常に動作しているということだ。そんなの当たり前と思うだろう。でも、計測器だってただの電子回路にすぎないのだから当然壊れることもあるはずだ。まったく電源が入らなくなってくれれば、計測器を修理すれば良いので話は簡単だが、ちょっと見は普通に動いているような壊れ方をされると始末が悪い。例えば正常な扇風機を検査してみると、なんだかおかしな指示が表示されたとする。技術者は、テスターが壊れていることを知らないので、てっきり扇風機が壊れたと思うに違いない。

「こんな電圧が出ているということは、この部品を替えれば良いだろう。」

ということで部品を替えてみる。そしてまた別のところを計ってみると、また妙な表示がでてくる。こんなことをやっていてもテスターの方が壊れているのだから、決して扇風機は直らない。結局どんどん深みにはまっていってしまうだろう。

ここで勘の良い技術者なら、どこを計ってもいつもより数値が少し大きめに出るとかそういう些細なことに気がつくかも知れない。そして、もしかしたら扇風機ではなくてテスターそのものが壊れているのではないかと疑いをかけることができれば、たいしたものである。そういう仮説の元で、もう一回いろんなところを検査して本当にテスターが壊れたかどうかを見極め、壊れているとすれば別のテスターを持ってきてきちんとした修理を行うことができるだろう。

最近世の中でおかしなことばかりが起こる気がする。地球温暖化や悲惨な戦争、油田の爆発に暴走する独裁国家。もちろん、そうした事柄を引き起こした論理的な原因というのは存在する、と我々は思っている。しかし、そうした事柄が我々人間によって観察されているということに、もう少し注意を払った方がよいような気がする。私たちは目から入った情報をそのまま脳の中に送って、そのありのままを見ていると思っている。でも、我々の認知プロセスが、外からの情報をそのままストレートに認識しているという保証はどこにもない。多くの人が、同じようなマスメディアから情報を受けて、同じような“故障”している可能性だってあるのである。そういう“故障”は、自分がまともだと思っている間は決して見えてこないことに注意しよう。それは壊れたテスターを使って扇風機を直そうとしているのと同じだ。電気器具の修理と同じように、自らの思考に意識を向けたとき、初めて世界は見えてくるような気がする。故障した意識でいくら世の中を直そうとしても、扇風機の修理同様決して良い方向には向かわないだろう。