オナラは永遠に直らない
小学校6年生の時、授業の真っ最中で、シーンと静まり返っているのに、私のお尻から、それもとてつもなく大きいのが、
「ブァーッ!」
クラス中の視線がいっぺんに私の方に向けられたのも仕方ありません。もちろん、先生も唖然とした表情で、こちらを窺いました。
「へへへッ」
万事休してしまった私。完全に開き直って、笑ってごまかしたのです。
以来、私は不名誉な有名人に。先生の間でも、すっかり話題の主となり、廊下や教室で顔を合わせると、どの先生もニヤリと笑い、
「やるな、お主!お手柔らかに頼むぞ」
と、からかわれたものでした。これ、きっと父親に似てしまったのだと思うけれど、出物はれ物ところ嫌わずで、いくら我慢してみても、無駄な努力に終ってしまいます。
(こんなんで人並みに結婚できるかな……?)
と、やはり人並みに悩んでしまった私が、ついに獲得した愛する夫は、なんとオナラを人前で絶対にしないという人。皮肉じゃないけれど、世の中ってうまくできてるんだなと感心したぐらいです。
つき合い始めた頃は、私も必死で生理的現象をコントロールしようとしたけれど、結局一週間もしないうちに、化けの皮がはがれてしまいました。思わず「プーッ!」とやってしまって、ハッと彼を見ると、
「出物はれ物ところ嫌わずだもん。気にしない、気にしない。僕もトイレで思い切り出すから」
と、とことん優しく言ってくれるのです。
(女が人前で、なんてはしたない。もう、この人に嫌われても無理ないわ)
と、すっかり諦めかけていた私だったのに、意外な彼の反応に大感激してしまいました。
(もう、この人しかいない。私を理解し、幸福に導いてくれる相手は……!)
正解でした。結局、彼と結婚した私は、幸せいっぱいの現在に至っているのです。
ところが、オナラに関しての彼の態度は、結婚生活に入ると、とたんに一転したのです。
「人前で女がオナラするなよ。俺が恥ずかしいだろう!」
「オナラなんてのは、自分の意志で止められるもんだ。性根が座ってないから出ちゃうのさ」
てな調子で皮肉のオンパレード。でも、出るものはどんな苦労をしても止めようがないから、私は彼の皮肉に敢然と立ち向かうしかありません。
「オナラは健康な証拠なんだからね。オナラしないあなたが不健康なのよ!それでも止めたきゃ、あなたの愛の力で止めて見せなさいよ!」
あれから八年。授かった子どもが大きくなり、どうも母親に似たのかブーブーやり始めると、オナラ否定論の彼は完全に孤立化で、ついに白旗を掲げたのです。
それでもグチグチと言い続けています。
「できるだけ人前だけは避けてくれよな」
言われなくても、私の本心は愛する夫を悲しませたくないのです。でも、いくら出すまいと我慢しても、自然現象は人の力が及ばないところにあります。……こればかりはどうしようも……?
(小説すばる1990年9月掲載文)
小学校6年生の時、授業の真っ最中で、シーンと静まり返っているのに、私のお尻から、それもとてつもなく大きいのが、
「ブァーッ!」
クラス中の視線がいっぺんに私の方に向けられたのも仕方ありません。もちろん、先生も唖然とした表情で、こちらを窺いました。
「へへへッ」
万事休してしまった私。完全に開き直って、笑ってごまかしたのです。
以来、私は不名誉な有名人に。先生の間でも、すっかり話題の主となり、廊下や教室で顔を合わせると、どの先生もニヤリと笑い、
「やるな、お主!お手柔らかに頼むぞ」
と、からかわれたものでした。これ、きっと父親に似てしまったのだと思うけれど、出物はれ物ところ嫌わずで、いくら我慢してみても、無駄な努力に終ってしまいます。
(こんなんで人並みに結婚できるかな……?)
と、やはり人並みに悩んでしまった私が、ついに獲得した愛する夫は、なんとオナラを人前で絶対にしないという人。皮肉じゃないけれど、世の中ってうまくできてるんだなと感心したぐらいです。
つき合い始めた頃は、私も必死で生理的現象をコントロールしようとしたけれど、結局一週間もしないうちに、化けの皮がはがれてしまいました。思わず「プーッ!」とやってしまって、ハッと彼を見ると、
「出物はれ物ところ嫌わずだもん。気にしない、気にしない。僕もトイレで思い切り出すから」
と、とことん優しく言ってくれるのです。
(女が人前で、なんてはしたない。もう、この人に嫌われても無理ないわ)
と、すっかり諦めかけていた私だったのに、意外な彼の反応に大感激してしまいました。
(もう、この人しかいない。私を理解し、幸福に導いてくれる相手は……!)
正解でした。結局、彼と結婚した私は、幸せいっぱいの現在に至っているのです。
ところが、オナラに関しての彼の態度は、結婚生活に入ると、とたんに一転したのです。
「人前で女がオナラするなよ。俺が恥ずかしいだろう!」
「オナラなんてのは、自分の意志で止められるもんだ。性根が座ってないから出ちゃうのさ」
てな調子で皮肉のオンパレード。でも、出るものはどんな苦労をしても止めようがないから、私は彼の皮肉に敢然と立ち向かうしかありません。
「オナラは健康な証拠なんだからね。オナラしないあなたが不健康なのよ!それでも止めたきゃ、あなたの愛の力で止めて見せなさいよ!」
あれから八年。授かった子どもが大きくなり、どうも母親に似たのかブーブーやり始めると、オナラ否定論の彼は完全に孤立化で、ついに白旗を掲げたのです。
それでもグチグチと言い続けています。
「できるだけ人前だけは避けてくれよな」
言われなくても、私の本心は愛する夫を悲しませたくないのです。でも、いくら出すまいと我慢しても、自然現象は人の力が及ばないところにあります。……こればかりはどうしようも……?
(小説すばる1990年9月掲載文)