サイさんの余計なお世話?
「あんた、この仕事、やる気あるのん?」
いきなりたずねられてドッキリ!本を整理していた私の手は反射的に止まった。
そーっと声の主のほうを窺うと、彼女は黙々と納品伝票の数字を帳簿に転記していた。
サイさんは、当時勤め始めた書店の先輩だった。事務を任されていて、一か月前に店売員として入社した私とは、日ごろ接触のない部署の先輩で、顔を合わせた時に挨拶を交わすぐらいの存在でしかなかった。
そのサイさんと取り組んだ初仕事は、新学期を事前に控えての倉庫整理だった。大量の学習参考書や、辞書類の仕分けと数量確認である。
一か月前まで大学受験に備えた浪人生活を送っていた私は、結局受験に失敗してしまった。
「もう何でもいいや」
という心境で、手元にあった新聞の求人欄に掲載されていた書店に、アッサリと就職してしまったのである。
そんなヤケッパチ的に選んだ仕事。当然前向きに打ち込む気になれるはずもなく、ただ、ときの流れにまかせた怠惰な日々を送るはめに陥っていた。
表面的には、いつもニコニコと愛想を振りまきながら、それなりの仕事ぶりを見せていたので、店主や同僚らの受けは、よかった。そんな裏側で、少しも楽しめずにいて、
「もう辞めよう、もう辞めよう!」
と思い続けていたのである。そんな私の正体を、ハッキリと見抜いたようなサイさんの言葉だった。
「自分を裏切っているようなもんや」
「本屋の仕事なんか地味で退屈で、ちっとも面白うないもんなあ。こないしてホコリだらけになるのも、かなわんやろ」
「はい……?」
思わず頷いていた。サイさんは初めてこちらを向くと、ゲラゲラと笑った。
「そやけどなあ。そんな仕事でも、自分が選んだんやろ。ちょっとぐらい前向きにやったからって損にならんやろ。そやないと自分を裏切っているようなもんや。それが他の人に迷惑をかけることになるねんで。そんなんやったら、ちょっとでもはよ辞めたほうがマシやわ」
図星をさされて、何も言えずに項垂れてしまった私に、サイさんは慌てて、
「あ、ごめんやで、余計なこと言うてしもて。それでも、あんたのことが気になったさかいなあ」
私は思わずサイさんの顔を見直した。サイさんは面映ゆそうに頬笑んでいた。
「あんた、目指していた大学へ行けへんかったんやろ。履歴書見てもたわ。自分の夢がつぶれて、どうでもええって気持ちで、ここへ就職したんと違うか。ようわかるんや。うちかて同じようなもんやったから。自分が希望するとこは、みなあかんかってん。けっきょくここへ就職するしかなかったんや」
もうちょっと頑張ってみよう
サイさんが希望する仕事に就けなかった事情は、私のように甘ったれたものではない。先日耳にした、営業担当者らの非常識な会話をから容易にそれが推測出来た。
「あのおんな、生意気なやっちゃで。日本人やないくせにのう。堂々と向こうの名前で通しくさってからに」」
「いっぺん、自分の立場を思い知らせたらなあかんで」
そんな彼らを同僚に、サイさんの仕事は、かなり大変だったに違いなかった。
「そやけど、唯一、自分を受け入れてくれた職場やんか。それに応えるんが当たり前やろ。そない思うて頑張っとったら、いつの間にかこの店に必要な人間になれていたわ。ほんまに不思議やけど、退屈で地味なこの仕事が、えろう好きになってた。ええか。あんたなんか、私より恵まれてるんやから、もうちょっと本気で頑張ったら、私以上になれるわ」
サイさんは、また頬笑んで、ポケットから取り出した飴玉を放ってよこした。
「休憩しようか。ただ働くばかりじゃ能がないもんな」
制約だらけの中で、自分の仕事を手に入れた先輩の顔が輝いていた。
(もうちょっと頑張ってみよう。私もサイさんみたいになりたい)
そう思うと、自然に本の山に手が伸びた。
(2002年・創作)
「あんた、この仕事、やる気あるのん?」
いきなりたずねられてドッキリ!本を整理していた私の手は反射的に止まった。
そーっと声の主のほうを窺うと、彼女は黙々と納品伝票の数字を帳簿に転記していた。
サイさんは、当時勤め始めた書店の先輩だった。事務を任されていて、一か月前に店売員として入社した私とは、日ごろ接触のない部署の先輩で、顔を合わせた時に挨拶を交わすぐらいの存在でしかなかった。
そのサイさんと取り組んだ初仕事は、新学期を事前に控えての倉庫整理だった。大量の学習参考書や、辞書類の仕分けと数量確認である。
一か月前まで大学受験に備えた浪人生活を送っていた私は、結局受験に失敗してしまった。
「もう何でもいいや」
という心境で、手元にあった新聞の求人欄に掲載されていた書店に、アッサリと就職してしまったのである。
そんなヤケッパチ的に選んだ仕事。当然前向きに打ち込む気になれるはずもなく、ただ、ときの流れにまかせた怠惰な日々を送るはめに陥っていた。
表面的には、いつもニコニコと愛想を振りまきながら、それなりの仕事ぶりを見せていたので、店主や同僚らの受けは、よかった。そんな裏側で、少しも楽しめずにいて、
「もう辞めよう、もう辞めよう!」
と思い続けていたのである。そんな私の正体を、ハッキリと見抜いたようなサイさんの言葉だった。
「自分を裏切っているようなもんや」
「本屋の仕事なんか地味で退屈で、ちっとも面白うないもんなあ。こないしてホコリだらけになるのも、かなわんやろ」
「はい……?」
思わず頷いていた。サイさんは初めてこちらを向くと、ゲラゲラと笑った。
「そやけどなあ。そんな仕事でも、自分が選んだんやろ。ちょっとぐらい前向きにやったからって損にならんやろ。そやないと自分を裏切っているようなもんや。それが他の人に迷惑をかけることになるねんで。そんなんやったら、ちょっとでもはよ辞めたほうがマシやわ」
図星をさされて、何も言えずに項垂れてしまった私に、サイさんは慌てて、
「あ、ごめんやで、余計なこと言うてしもて。それでも、あんたのことが気になったさかいなあ」
私は思わずサイさんの顔を見直した。サイさんは面映ゆそうに頬笑んでいた。
「あんた、目指していた大学へ行けへんかったんやろ。履歴書見てもたわ。自分の夢がつぶれて、どうでもええって気持ちで、ここへ就職したんと違うか。ようわかるんや。うちかて同じようなもんやったから。自分が希望するとこは、みなあかんかってん。けっきょくここへ就職するしかなかったんや」
もうちょっと頑張ってみよう
サイさんが希望する仕事に就けなかった事情は、私のように甘ったれたものではない。先日耳にした、営業担当者らの非常識な会話をから容易にそれが推測出来た。
「あのおんな、生意気なやっちゃで。日本人やないくせにのう。堂々と向こうの名前で通しくさってからに」」
「いっぺん、自分の立場を思い知らせたらなあかんで」
そんな彼らを同僚に、サイさんの仕事は、かなり大変だったに違いなかった。
「そやけど、唯一、自分を受け入れてくれた職場やんか。それに応えるんが当たり前やろ。そない思うて頑張っとったら、いつの間にかこの店に必要な人間になれていたわ。ほんまに不思議やけど、退屈で地味なこの仕事が、えろう好きになってた。ええか。あんたなんか、私より恵まれてるんやから、もうちょっと本気で頑張ったら、私以上になれるわ」
サイさんは、また頬笑んで、ポケットから取り出した飴玉を放ってよこした。
「休憩しようか。ただ働くばかりじゃ能がないもんな」
制約だらけの中で、自分の仕事を手に入れた先輩の顔が輝いていた。
(もうちょっと頑張ってみよう。私もサイさんみたいになりたい)
そう思うと、自然に本の山に手が伸びた。
(2002年・創作)