太田裕美の3rdアルバム『心が風邪をひいた日』収録の「袋小路」……。隠れた人気曲だ。
暗い曲だ。けれども好きだ。松本隆による情景が目に浮かぶような映像的な詩が、荒井由美作曲の旋律によって言葉の輪郭がより鮮明になり、詩の意味を噛み締められるような構造になっている。
「椅子のきしみ」や「レモンスカッシュの冷たい汗」などの一見具体的でリアルな言葉がかえって全体の抽象度を高めている。
「もしどちらかにひとつまみでもやさしさがあったなら袋小路をぬけだせたのに」というところは、多くの人には心当たりのあることだろう。しかし、現在の若者たちを、例えば手を繋いで街を歩く高校生などをみていると、この歌詞のせつなさを理解できるだろうかと思ってしまう……。
この歌詞の主人公は男女関係がうまくいかなかったことを引きずって生きているわけだ。かつては、男女交際というものは、現在のように「気軽な」ものではなかった。人は傷つくことを恐れあるいは世間の目を気にして、簡単に積極的な行動を取れるわけではなかったのだ。秘められた「つのる想い」を胸に抱きながら生きていたのだ。人が積極的な行動に出るのは、ある条件のもとでそれを許された時か、想いがあるレベルを超えたときだったと思う。したがって、男女交際というものは、ある種特別のものであり、それが挫折した場合には深く傷つき、その傷を長く引きずったわけだ。
気軽に付き合う相手を変え、けろっとしている現代の多くの若者たちを見ると、正直ちょっとうらやましい気もする。けれど、もう一度今の時代に青春を送り、自分もそのようにしてみたいかと問われれば、否と答えるだろう。「秘められた想い」……。それが時代のつくった虚構であると知りつつも、やはりその時代に生きた私は、それが美しいと感じてしまう。