●今日の一枚 166●
Paul Desmond
Bossa Antigua
1964年録音のボッサ・ジャズの傑作、ポール・デズモンドの『ボッサ・アンティグア』。ポール・デズモンドといい、スタン・ゲッツといい、この時期にボサノヴァに接近したのは、黒くファンキーなジャズから、白人としてそれとは異なるスタイルを模索する過程でのことだったのではなかろうか。かなり昔のものだが、小野好恵との対談における村上春樹の次の発言は示唆的である。
「というか、結局イミテーションでしょう、当時のね。そういうのはわりに昔から好きなんですよ。内在的な必然というのが、黒人の場合には、歴史的というか人種的なものが一応あるわけですよ。白人の場合には借りものという感じがあるんですよ。やっぱりアーティフィシャルなものが好きだというかね。ナマのままのものというのはもうひとつしっくりこない。」(『ジャズの事典』冬樹社1983)
つまり、黒人のジャズが歴史的人種的に内在的な必然性をもっているのに対して、白人のそれはいわば「借りもの」であり、イミテーションであるというのだ。村上自身は、白人のジャズをアーティフィシャルなものとして、好きだといっているわけである。
ポール・デズモンドのアルトの特徴といえば、優しさ溢れるソフト&メロウな音色、都会的な軽い孤独感、誠実な人柄がにじみ出た雰囲気ということになろうか。ポール・デズモンドのプレイを聴いていつも感じるのは、「ファンキー」や「黒い」ということとは無縁の、あるいはその対極にある音の響きだということだ。パーカーの影響からすら、もっとも遠いところにあるといえるかもしれない。それはしいて言えば「白人的」といえるのかも知れないが、そういうことが憚られるほど、オリジナリティーに溢れる響きである。
ポール・デズモンドの音は、誰が聴いてもポール・デズモンドの音なのだ。
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