●今日の一枚 167●
Michael Franks
Abandoned Garden
1995年に録音されたマイケル・フランクスのアントニオ・カルロス・ジョビンへのトリビュートアルバム『アバンダンド・ガーデン』である。ジョビンが心臓発作のために亡くなったのが1994年12月8日なので、約半年でこのアルバムをつくりあげたことになる。そうせずにはいられなかったのだろう。ジョビンは、マイケルにとってそれ程に重要な存在だったのだ。1970年代の名盤『スリーピング・ジプシー』に収録された有名曲「アントニオの歌」のアントニオとは、もちろんアントニオ・カルロス・ジョビンである。「アントニオの歌」でマイケルはこのように歌う。
アントニオは自由に生きている男
アントニオは真実のために祈る
アントニオは言う「僕たちの友情は100%真実だ」と
さて、『アバンダンド・ガーデン』である。全編ボサノヴァ調に味付けされた良質のAORだ。お洒落でセンチメンタルで気分の良い曲が満載である。ジーンとくる曲、思わず身体を揺らせてステップを踏みたくなる曲、そよ風に吹かれたように気持ちの良い曲、深い詩の意味を考えさせられてしまう曲など、全編退屈せず一気に聴きとおすことができ、聴きあきすることがない。何より品がいい。中でも、最後の曲「アバンダンド・ガーデン」は、マイケル・フランクスのジョビンに対する思いがストレートに表現された感動的な詩である。穏やかで優しく温かなマイケルの声がかえって哀しみをつのらせる。
あなたの打ち棄てられた庭に
陽光は今も溢れて
ジャスミンが芳ばしくトレリスに絡みつき
ジャカランダの木が大きく揺れている
あなたの手でひとつひとつ植えられた花たちは
あなたが急に僕たちの前から姿を消したといっても
そんな話を信じはしないだろう
サンバが終わってもわかるんだ
その声、そのピアノ、そのフルートの
音の中にあなたはいるのだと
そしてあなたの中の音楽は流れ続ける
悲しくも今は亡きアントニオ
「打ち棄てられた庭」ということばがいい。どうしようもない喪失感を感じさせる。失ってしまった後の空虚さの前に彼はただ立ち尽くし、その空虚さの中に失ってしまったものの面影を捜し求めている。生きるということは、いろいろなものを喪失していく過程でもある。40代も半ばをすぎると、しばしば喪失するということについて考えてしまうことがある。