王様の耳はロバの耳

横浜在住の偏屈爺が世の出来事、時折の事件、日々の話、読書や映画等に感想をもらし心の憂さを晴らす場所です

中国残留孤児 身元判明 

2007-12-19 06:26:22 | 中国関連
中国残留孤児の身元判明 宮城出身の男性(共同通信) - goo ニュース

先月中国残留孤児で肉親探しのため来日していた4名のうち1人がDNA鑑定の結果、宮城県出身の佐藤賢一(66歳)さんと判明した。異母兄弟が茨城県に在住との事。三年ぶりの肉親判明だそうだ。
ひとまづ良かった良かった。

組織的に中国残留孤児が大勢日本に肉親探しに来日したのは1981年からとか。
あの頃は30人とか40人とかの団体で毎日TVで肉親との対面や故郷訪問の様子が映し出された。当時は25年ほども前であるから孤児の両親のどちらかが生存していた例もあり、爺なんか「感動の対面にTVの前で目がウルウルしたものだ」

爺の知人や会社の同僚にも満州からの引き上げ者がいて、危うく残留孤児になる経験を持っている人がいる。結婚式の披露宴で「3歳でリュックサックを背負い歩き通した」なーんて話を聞いたことがある。

7月のエントリーで残留孤児の訴訟に付いて書いたが当人たちが昭和17年±生まれなら現在65歳±、父親が25歳であれば90歳±であるから再会は非常に難しくなっている。
この佐藤さんの例の様に自分の兄弟との対面でーーとなるとかみ合う話も少ないかも知れない。DNA鑑定が肉親と確認出来てそれなりに良かった。

昨日は老妻とも劉さん事佐藤さんの今後を話し合った。
66歳で奥さんが居て子供たちがいれば今後はどうするのであろうか?
昔は医師資格や教員資格があり振り切って帰国はしてみたものの資格が生かせない、言葉の問題、生活習慣の違いなどで中国の生活環境より帰国後の方が悪くなった例がかなり出た。
もうこの辺りの事情は中国側で認識されているのであろうか?
たまたま7月には中国残留孤児の「帰国後の生活保障の積み増しに関する訴訟が改善する方向で政治決着を見た」

年々少なくなる肉親探しだがこれとて残留孤児の範囲は「当時(昭和20年?)16歳以上は自分の意思で残った者」として切り捨てられた。
日本の軍隊が組織的に撤退(と言えば格好がつくが、先に逃げ出した)する中で満州に残された老人、婦人、子供達に自分の意思も糞もあったであろうか?
蛇足だが書き加えれば開拓のため現地に居た壮年の男は現地応召で残らず軍に集められて家族を守る男手は既に無かった。
16歳説を唱えたのは当時の厚生省の小役人である。

今、「薬害肝炎訴訟」で原告が患者の切り捨てなく一律救済と言う「政治決断を福田総理に求めている」のには、小役人根性に対する反発が強烈に表れていると爺は感じている。

予算とか財政再建とか経費削減とかいう言葉を耳にしていると「一律では何処まで救済範囲が広がるのか検討もつかない」とのセリフは何となく耳に入りやすい。
一方この中国残留孤児の生活保障も、原爆症の認定や水俣病の認定などいつも対象を足切りして問題を残しているのが厚労省のこれまでの対応である。

勿論、金が無ければ何も出来ないのは現実であるから、歴代総理は赤字国債に頼ることなく行財政改革を徹底して行い冗費を節して国民の政治課題に答えるべきなのである。
「腐っても鯛」日本政府に金が無いわけではないのである。渡辺行革大臣に言わせれば独立行政法人への(もろもろの)税の注入は3兆5千億円だそうな。
防衛省予算4兆8千億円、特別会計230兆円(重複を除く)何処を削っても1千億円位はすぐ出来るであろう! 最近では防衛省の裏金6千万円?! これを取り上げ、毎年情報費に集った関係官僚から同額を返済させれば数億は集まるであろう。国民年金問題でも「歴代の高官の襟髪つかんで引き釣りだし退職金を召し上げる」位の蛮勇を奮えば福田総理と自民党は支持率が回復すると思うよ。


共同通信:
厚生労働省は18日、肉親捜しのため11月に一時帰国した中国残留孤児の男性劉国新さんと、茨城県在住の男性が異母兄弟であることがDNA鑑定で判明したと発表した。訪日調査による残留孤児の身元判明は3年ぶり。劉さんは異母兄に当たり、宮城県出身の佐藤賢一さん(66)と確認された。劉さんは一時帰国の際、男性と対面調査したが身元判明に至らず、中国に戻りDNA鑑定の結果を待っていた。(引用終わり)
コメント
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