腎移植「正しい」と強調 呉の医師、万波氏と「師弟」(朝日新聞) - goo ニュース
宇和島市徳洲会病院の万波医師に関わる話題が尽きない
10月の初め腎臓を提供したのに礼金を払わないとドナーが患者(レシピエント)を訴えたので執刀医の万波医師の名前が出た
万波先生は金銭収受には関係してないがドナーとレシピエントの関係確認に手抜きが有った様でまあそれは以後気をつけるとの事で終わるかと思っていた
ところがその後宇和島徳洲会関連で11件も病気腎の移植があった事が話題になってきた
爺は思った:
-素直な考え;病気の腎臓なんか移植されかえって具合が悪くならないか?
特に腎ガンの腎臓なんか移植されて
-それでも今の腎臓では機能的にどうしようもない所に来ているので病気の腎でも例えば健康な腎の50%位の機能があればそれも一つの考え方かも
-捩れた考え:
-実は腎臓が病気だといっているがその腎臓は問題がない 腎臓は二つあるからドナーも死ぬ事がない
病気腎の移植について万波医師は「移植用の臓器は圧倒的に足りないのであるから病気腎を廃棄するには忍びない 捨てるものを利用しているだけ」との主旨の記者会見をしているのを見た
一寸見には正しく聞こえるがそうであろうか 腎臓の出し手と受け手の間に「捨てる物だけど」を前提で「インフォームド コンセント」が正しくなされていた様に思えない
万波先生は日本に於ける腎移植の大家或いは「神の手」と自負し人にも持ち上げられているうちに「全能感(この為なら何でもできる、して良い)」をもってしまったのではないだろうか
更に今月になって15年以前の病気腎移植まで明るみに出てきた
爺の様な素人から見れば「腎動脈」が問題な場合、腎臓という臓器が病気と言えるのかというケースも腎臓が摘出され移植に供された様だ
又臓器の提供が病院のネットワークとか師弟間、兄弟間等密室化した中ででやり取りされた 臓器移植の斡旋機関抜きと言う点も学会の移植倫理基準に抵触するか否か検討の必要があるだろう
万波先生とその周辺の方は「目的が正しければ何でもできるという短絡した発想を直しなければいけない」
朝日新聞:
どこまで広がるのか。宇和島徳洲会病院の万波誠医師(66)が手がけていた病気腎移植が、広島県呉市でも別の医師により実施されていたことが新たにわかった。時期はすでに判明した11件よりも十数年さかのぼる91年だった。鹿児島市では万波医師が現地に出向き、病気の腎臓を摘出し、移植していたことも判明。それぞれの手術にかかわった医師は、いずれも万波医師と移植手術をしたり、過去に職場をともにしたりした「万波人脈」のメンバーだった。
呉共済病院の光畑直喜・泌尿器科部長(58)は6日午後5時半から、中山浩・事務部長(49)とともに病院会議室で記者会見を開いた。91年に動脈瘤(りゅう)の腎臓を75歳の男性患者から摘出し、腎不全の44歳の男性患者に移植したことを認め、「当時は学会の常識を破るような移植だった。正しいことをやった」「技術的な後ろ盾があるのでできた。功名心でやったわけではない」などと強調した 抜粋終わり
宇和島市徳洲会病院の万波医師に関わる話題が尽きない
10月の初め腎臓を提供したのに礼金を払わないとドナーが患者(レシピエント)を訴えたので執刀医の万波医師の名前が出た
万波先生は金銭収受には関係してないがドナーとレシピエントの関係確認に手抜きが有った様でまあそれは以後気をつけるとの事で終わるかと思っていた
ところがその後宇和島徳洲会関連で11件も病気腎の移植があった事が話題になってきた
爺は思った:
-素直な考え;病気の腎臓なんか移植されかえって具合が悪くならないか?
特に腎ガンの腎臓なんか移植されて
-それでも今の腎臓では機能的にどうしようもない所に来ているので病気の腎でも例えば健康な腎の50%位の機能があればそれも一つの考え方かも
-捩れた考え:
-実は腎臓が病気だといっているがその腎臓は問題がない 腎臓は二つあるからドナーも死ぬ事がない
病気腎の移植について万波医師は「移植用の臓器は圧倒的に足りないのであるから病気腎を廃棄するには忍びない 捨てるものを利用しているだけ」との主旨の記者会見をしているのを見た
一寸見には正しく聞こえるがそうであろうか 腎臓の出し手と受け手の間に「捨てる物だけど」を前提で「インフォームド コンセント」が正しくなされていた様に思えない
万波先生は日本に於ける腎移植の大家或いは「神の手」と自負し人にも持ち上げられているうちに「全能感(この為なら何でもできる、して良い)」をもってしまったのではないだろうか
更に今月になって15年以前の病気腎移植まで明るみに出てきた
爺の様な素人から見れば「腎動脈」が問題な場合、腎臓という臓器が病気と言えるのかというケースも腎臓が摘出され移植に供された様だ
又臓器の提供が病院のネットワークとか師弟間、兄弟間等密室化した中ででやり取りされた 臓器移植の斡旋機関抜きと言う点も学会の移植倫理基準に抵触するか否か検討の必要があるだろう
万波先生とその周辺の方は「目的が正しければ何でもできるという短絡した発想を直しなければいけない」
朝日新聞:
どこまで広がるのか。宇和島徳洲会病院の万波誠医師(66)が手がけていた病気腎移植が、広島県呉市でも別の医師により実施されていたことが新たにわかった。時期はすでに判明した11件よりも十数年さかのぼる91年だった。鹿児島市では万波医師が現地に出向き、病気の腎臓を摘出し、移植していたことも判明。それぞれの手術にかかわった医師は、いずれも万波医師と移植手術をしたり、過去に職場をともにしたりした「万波人脈」のメンバーだった。
呉共済病院の光畑直喜・泌尿器科部長(58)は6日午後5時半から、中山浩・事務部長(49)とともに病院会議室で記者会見を開いた。91年に動脈瘤(りゅう)の腎臓を75歳の男性患者から摘出し、腎不全の44歳の男性患者に移植したことを認め、「当時は学会の常識を破るような移植だった。正しいことをやった」「技術的な後ろ盾があるのでできた。功名心でやったわけではない」などと強調した 抜粋終わり
貴方の書き込みはコメントというより貴方の堂々たる見解ですからどうぞご自分のブログでなさって下さい。それを爺のこの記事にTBして下されば結構ですよ。それを期待して削除しました。
それとブログを書いて2年半、随分賢くなりました。
ここ1年は書きたい事の8分目位で止めておきます。そうするとコメント欄にいろいろ意見が寄せられそれに応答するのも楽しみなのです。メインフレームで書けない様な本音もコメント欄では見過ごされそれが面白いと言ってくれる向きもあります。「憲法9条」「万世一系」「靖国問題」「消費税」「少子化問題」その他、普段似ている意見でも前に書いた案件では全く別の意見であったり、その逆もあります。平素の相手を知る事はその人の発言をより正しく理解するヒントになります。さて「万波論争」ですが、曽野綾子さん風に「人の命なんか神が公平にくれているものでもない」なーんて出だしで書けると議論が深まるのですがそれでは「この小ブログ」が炎上するかもしれません。 まあコメントの投げ捨ては削除ですかね。
そうしないとコメント欄が「通りすがりの人」による言いたい放題、コメントの投げ込み寺になってしまうからです。次回のUnknown様のコメントは削除します
さて2-3日前の報道では万波医師は保険医登録抹消、宇和島徳洲会病院と市立宇和島病院は保険病院の指定を抹消されるそうです。ただし病院は地域の中核病院なので抹消期間を1-2ヶ月に短縮とか。これもおかしな措置でそうなら金銭的ペナルティーを国か市町村に払うのが穏当な処置かとも思うのです。
さて自分が正義だと思い込むと他人の意見がなかなか耳に入らないものです。爺が最近知ったいろいろな側面の一つです。
結局ただへ理屈をならべて違う方向へ話の論点を持って言ってるように思います。
あなたのコメントは相手の内容を一部でも認めているようで結局は自分はこうだという面を出し、何も認めていないようみえます。
私は万波医師の行為を否定も肯定ましませんが、もう少し物事を柔軟に見ることも大切だと思います。
移植に関する倫理委員会で病気の臓器移植が否定されたと書かれていますが、一方でアメリカの学会では万波医師の病気腎移植に対して評価をするという事実もあります。
物事はいろいろな側面から見る必要が有りますという自分自身の言葉をもう一度振り返ってみてはどうでしょうか。
お立ち寄りの方にブログのURLが無いため平素その方がどんな発言や考え方をしているか判らないので大体話がかみ合いません。今回もそんな感じです。ある組織のHPを貼り付けられても見る気もありません。
爺は偏屈ですが「マスコミ報道を過信して」と自分に不都合な報道を一切否定する気もありませんし「万波先生聖人説」を聞いても感動するほどウブでもありません。 問題は06年11月以降「万波先生と支援グループ」がどう世間の非難した点に向けその態度行動を変えたのかという事でしょう。他人の批判を無視すると医療集団でなくカルト集団と変わりなくなる恐れがありますよ。
私は宇和島出身で、万波先生を知っていますが、爺さんが疑っているような人物ではありませんよ。素朴で不器用な恥ずかしがり屋のおっちゃんです。
第一臓器売買が発端で、マスコミにあれだけバッシングを受けたのに、病腎も含めてドナー、レシピエント両方の患者たちが支援しているではないですか。爺さんも、もっと想像力をもってもいいような気がしますが。 臓器売買で有罪になった3人は地元でも評判のほら吹きおばちゃんたちでした。3人の関係者と万波先生を知っている地元民はみんな爺さんのように新聞記事を過信していろいろ勝手なことをいう人たちに激しい憤りを感じています。 爺さん、報道なんて真実の一部分しか伝えていないんだよ。爺さんほど人生経験を積んでれば、氷山の一角には果てしない事実が存在していることぐらいわかっているはずでしょ。 また 時に報道は全く真実とは反対のことを書くことも。 インフォームドコンセントだけど万波先生はほかのどんな医者よりも十分にしていましたよ。それを文書で残してなかったってことで爺さんは非難しているのかい? 日本でICの文書をいちいち取っている病院なんて人体実験している大学病院ぐらいだよ。 そもそもICの文書化をうるさく言うようになったのはここ1,2年ぐらいだし。
でも まあ世間の万波先生に対する評価の標準が 爺さんの意見なのかもね。
http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20061118-OHT1T00067.htm
話は代わってその後の万波先生の目はやはり泳いでいますし、顔つきは不愉快そうに見えます。彼の心理状態が良くない表れと思います。ついでながら目下宇和島徳州会病院には健保の不正請求に関し監査が入っています。腎移植について保険適用の可否問題など起こらぬよう願っています。
最後に、救われた多くの人たちに、医者の白衣さん
何か言えますか。これかも元気で頑張ってて言えますか。
考えませんか?
さてそうであれば、やはり万波先生は通常定められている手続きをきちんとお取りになれば良かったとおもいます。 貴方が指摘している数年前にはゴルフ三昧の医者とか患者たらい回しの医者が居たくらいだから万波先生はまだ程度が良いほうだでは済まないのでしょう。医師の倫理が国際基準になってきたということでしょうか。それに合わせて上で万波先生には腕を振るってもらいたいと思います。さてさて2,3日前NHKのクローズアップ現代でフィリピンにおける買臓器(特に腎臓)の問題を取り上げていました。
腎臓の移植を受けてよくなる方と売る側と問題は残ります。万波先生の話も腎臓売買の話が発端であったような気がします。物事はいろいろな側面から見る必要が有ります
それではこれで終わりにしましょう
今のところ 移植した腎臓も順調で3ヶ月に一度先生に検診してもらう程度で、家族も何とか元の生活を取り戻して安堵してくれてます。
いつもひょうひょうとしている先生を見ると、僕がこんな事で励ますのが恥ずかしい位で、めげてない先生を陰ながら応援するしかありません。
私事ばかりですが、私の地域でも(同じ地区)でも驚くほどの移植患者がいます、万波先生の手術で助けられた人たちは普通の生活を送り子供を育て家族で何とか過ごしています。あと五年生活できたら娘も高校を卒業できると必死にやってきました。まだ沢山の同じ意見・境遇の人達がいらっしゃると思います。
僕は余り難しい意見を言うつもりも又、意見もかけません、どうか貴方の子供や家族が病気になったらを本気で考えてコメント批評をお願いします。
お早う御座います ブログのよい点は「投稿者の実態が判らない事」です 悪い点はやはり「投稿者の実態が判らない事です」
従って爺には貴方の主張が事実かどうか確認できませんので何ともいえません
それだけです
万波先生は、マスコミが言っているほどのぼせてもいないし 天狗になったり説明を省略する様な粗悪な人では有りません(一寸朴念仁)。手術前には朝となく昼となく夜となく、土曜日曜関係なく、時間をとってしつこい位患者の不安を取り除いてくれ、当日には先生が失敗するんなら本望ですよ、と思うほど信頼していました。
インフォームドコンセントの意味って何なんでしょう?書面で残す判を突く事に何の意味があるのです。
それがルールと言われるなら、何年か前まで医師は細かい説明もしてなかった気がしますが?ましてや学会に参加するからとゴルフ三昧で緊急患者をたらい回しで死亡させたなんて話無かったかな?患者なのですが本当に純朴で何も飾らない先生の態度には;先生いつ休むの体きをつけてな;とこちらが心配に成るほで、頭が下がります。にもかかわらず、悪評と偶像を作り上げるマスコミの出す情報は、今更ながら呆れてますしそれを鵜呑みにして色んな意見(無責任な)を読むと人の命は地球よりも重いなんて言った崇高な考えは確実に死語なんだろうなと、がっかりします。
溺れてる人の前で、手を差し伸べもしないでどんな助け方がカッコいいかなんて議論しないで下さい。少なくても手を差し伸べて、今はこんな助け方が精一杯だがもっとうまく助ける方法を模索しようと、皆さんで議論して欲しいです。先生に助けられた一家です。万波先生に合掌!
そして、私は日本の移植医療の怠慢さを訴えたい。「病気腎移植」に対しては、賛成、反対、中立、すべての意見を聞き、将来に向け建設的な議論をしていきたい。もと医療従事者です。専門的な分野なだけに、マスコミは偏ることなく正しい情報、知識を人々に伝えてほしい。以下、HPを記させていただきます。患者さまのご意見もあります。私の拙い意見を聞いて頂きありがとうございました。共に考えていけたらと思います。
http://www.setouchi-ishoku.info/index.php
万波医師擁護の方は「患者の為」を口にされます
そうであればなお更「倫理委員会」他事前の検討会で事の可否を説明する必要があるお立場です TVで見る彼の顔は焦燥と疲労が見て取れ「人助けの仁医」に見えない事が不思議です 全能感は人を天狗にします
民主主義は手続きを大切にしないと良く機能しません
「患者」でないから言えることも有ります 腎臓を患っていなくとも他の病気の予備軍です 発言は患者で無いから無責任という縛りはやや不遜というか思い込みが激しいのでしょう 「患者に対する将来的な責任」とはどのような事か決め手議論しないと仲間内での議論になってしまいます まあこれを機会に腎医療の正道を行く手続きを決めて欲しいものです
透析する方々の苦痛を思うとき、「病気腎移植」は「第3の道」として、選択できる移植法になってほしいと願います。
万波先生を批判する声もありますが、ではその人たちは、患者さんの将来まで責任をもってくださるのでしょうか。そうでなければ、とても無責任だと思います。
多くの患者さんの犠牲の上に、今の医療は存在しています。
過去を教訓とし、これから改めていくべき所を、みんなの力でとり組んでいく。患者さんのため、自分のため。それは一部の力ではなし得ないからです。
目的が正しくても「民主主義の世の中」は手続きも合理的でなければならないからです
爺のブログでルールを一つだけ コメントを下さる際にはURLを明示して頂きたいのです 貴ブログを覗けば平素の貴方の関心事や物の見方が良く判りご主張をより理解しやすくなると考えるからです
さてお二人は腎臓透析を続けている方と思いますのでルールに関係なくお答えします
爺もそうですが万波先生に対する懐疑派は「腎移植という目的が正しくても手続きを正しくしないとまづいのでは」と「医師と患者との同意があったとしてもそれが第三者から見て妥当なものか」との2点が曖昧であろうと指摘しています
万波先生はかなり昔からの問題も取り上げられていますからそれらの例も検証して腎移植の正しい方向が決まれば喜ばしい事ですね ご自愛ください
ことばかり。
この手の問題は当事者がどう考えるかであり
病気にならなければ、わかるはずもない。
万波氏が悪でなく、病気と制度が悪なのだ
間違えるな、
僕は透析よりも移植して頂く方を選択しますが。無論私の家族を含め身内にそのような選択が訪れ場合でも考え方は同じです。
マスコミの無理矢理悪人をでっちあげる様な報道を鵜呑みにしないで欲しいものです。
本復されたら健康管理に気をつけて仕事に遊びにご活躍ください 養生にはお灸が手軽でよいですよ
私のつたない文章の為、誤解をさせてしまいました事お詫び申し上げます。
あくまでもこの問題について、私が見たいろいろなblogの中で、もっとも公平かつ正当なるご意見をお持ちだと思いトラックバックさせて頂きました。
明らかに、今回の件はこの医師の暴走だと思います。
TBさせて頂きますね!
トラックバックありがとうございました。
こちらからもトラックバックさせていただきます。