安全問題研究会(旧・人生チャレンジ20000km)~鉄道を中心とした公共交通を通じて社会を考える~

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こんなにおかしい!ニッポンの鉄道政策
私たちは根室線をなくしてはならないと考えます
国は今こそ貨物列車迂回対策を!

最近思うこと【かなり愚痴です】

2011-11-28 23:16:28 | 原発問題/一般
3.11以降、日本は2つの国に分裂してしまったのではないか。そんなことを思わざるを得ないほど、日本社会に横たわる深い亀裂を意識することが多くなった。

なにが私たちを2つに引き裂いているのか。(1)社会を支配する1%と疎外される99%、(2)放射能被害が深刻な東日本と無意識の西日本、(3)福島県内における安全派と危険派、という主に3つの対立軸が存在しているように思われる。これらの3つはバラバラに存在しているのではなく相互に作用し合っている。それも、例えば(1)における「1%」と(3)における「安全派」が同じ層の人たちではないように、複雑にねじれた形で相互に作用し合っているのだ(実際は福島県内は「騒いでいる人たちのほうがおかしい」という雰囲気に支配されており、危険派のほうが1%といってもよい)。

日本にはずっと自由があると私は思っていた。この国の最高法規である日本国憲法にはあらゆる自由が列挙されている。よもやこの私が「避難したいのにできない」という状況に陥るなんて夢にも思わなかった。まるで移動の自由がなく、外国人は勝手に拉致され、連れてこられたら最後、どんなに不満でも批判することも許されず、射殺を覚悟しなければ脱出できない北朝鮮にいるかのようだ。

ブログにこのような体制批判を書き込んでも、日本では逮捕も処刑もされないのだから、北朝鮮と同列に扱うのは飛躍し過ぎでついて行けない、と思う読者諸氏もいるかもしれない。しかし私には最近、北朝鮮国民の気持ちがわかるような気がする。メディアは政府に都合のよいプロパガンダしか流さず、労働者の命の価値はゴミ同然。2世、3世ばかりの世襲権力は腐りきっている(ちなみに、あちらの名誉のために書いておくと、北朝鮮の世襲はまだ2代目で、3代目への世襲はまだこれから。世襲だけでいうと、日本は北朝鮮より酷い)。

私は現在、月に1回程度、仕事に準じた用事で西日本に出張する生活をしているが、西日本では原発事故について危機感は全くなく、話題にあがるのは失業や生活保護ばかり増えているとか、橋下徹の危険性とか、そんなことばかり。もちろんそれも重要には違いないが、福島の子どもたちが放射線管理区域以上の放射線被曝を毎日しているという現実に対する意識が全くなくて困っている。それはもう温度差なんてレベルではない。静岡県あたりに見えない38度線(軍事境界線)があって、その向こうには言葉も生活習慣も同じ民族が住んでいるのに考えていることが全く違う別の社会があるという、朝鮮半島のような状況に突入しつつある気がする。最近、西日本に出張するとき、妻には半分冗談、半分本気で「脱北してくる」と言っている。西日本に行こうとすればそれだけで射殺される時代がいつか本当に来るかもしれない。

そこまで言わなくても、平等であることが美徳とされてきた日本社会は大きく変質し、「向こうの世界」にいる人は自分にとって顔も名前も生活実態も知らず、また知る必要もなく、一生交流もしないまま終わってしまう、という究極の階級社会が到来しつつあるのではないか。コミュニケーションの重要性ばかりが叫ばれながら、実際には社会がますます分断と分裂を強め、違う階層同士の間には対話すら成立しないという状況が起こりつつあるようで、正直なところかなりの危惧を抱いている。

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