朝鮮半島を分断する38度線の秘話(ナショナルジオグラフィック)
朝鮮戦争の休戦協定締結から29日で60年を迎えた。当ブログの記憶する限り、どのような経緯をたどって朝鮮半島が分断されるに至ったのかの詳細が明るみに出たことは、これまでほとんどなかったと思う。リンク先の記事は、南北を分断する境界線の策定作業に従事した当事者の証言という意味でとても貴重なものである。休戦協定締結60周年という節目に当たり、いま世に出しておかなければ真相が永遠に闇に葬られるという危機感もあるのかもしれない。
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(前略)
時間は限られていた。日本に宣戦布告したソ連は、アメリカが日本の本土を占領する前に一気に朝鮮半島を南下、占領してしまう恐れがあった。当時、アメリカの部隊はまだ966キロ離れた沖縄にいた。
38度線が“経済的、地理的な意味を持たない”ことはラスクにもわかっていた。朝鮮半島は過去1000年のうち大半を、地理的には統一体として存在してきたからだ。しかし、冷戦時代の幕開けを告げる米ソ対立の中、“軍事上の便宜”がなによりも優先した。そして、朝鮮半島はあくまで一時的に分割されることになる。
(中略)
緊急で、そして重圧がのし掛かる大変な任務、アメリカが占領する範囲を決めなければならない。ティックも私も半島の専門家ではなかったが、首都ソウルはアメリカ側に入れるべきだと感じた。軍が広い範囲の占領に反対していることも知っていた。そこで、ナショナルジオグラフィックの地図を引っ張り出し、ソウルのすぐ北にぴったりの境界線はないかと探してみた。しかし、適当な地理的境界は見つからない。代わりに目に入ったのが、緯度38度の直線だ。上司に提案してみるとすんなり通ってしまった。ソ連も同意したのには驚いたが。
(以下略)
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この証言で貴重だと思うのは、米国が朝鮮半島の分断を「一時的な措置」と考えていたこと、ソウルは米国側が押さえるべきと考えていたにもかかわらず、「軍が広い範囲の占領に反対している」という当時の状況が明らかにされたことである。当ブログは、米国は朝鮮半島全体を支配下に収めたかったにもかかわらず、ソ連との関係を考慮して断念したのだろうと想像していたから、特に後者は意外な感じを受けた。
当時、米国はアジアのどこかを「共産主義の防波堤」にする必要があったが、中国がその役割を担える可能性はすでになくなっていた。朝鮮戦争が始まった当時(1950年)、中国は共産党が政権を握り、中華人民共和国となっていたからだ。米国は、日本に再軍備をさせれば再び軍国主義が復活しかねないと考え、日本再軍備には慎重だと考えられていた。となれば、「共産主義の防波堤」になり得るのは朝鮮半島しかない。「米国は朝鮮半島全体を支配下に収めたかったにもかかわらず、ソ連との関係を考慮して断念したのだろう」と当ブログが想像したのはこのような考えからだった。ところが実際はそうではなく、米軍サイドは“経済的、地理的な意味を持たない”朝鮮半島の「広い範囲の占領に反対」していたというのだ。
第二次大戦以降に米国が行った軍事行動、そして占領した国々とその占領の仕方を見るとひとつの「共通点」が見いだせる。米国が地上軍を投入してまである国を占領するのは、その国が(1)反民主主義的政治体制にあり早急な解体が必要な場合、(2)石油などの資源が豊富で略奪したい場合・・・のいずれかに限られる。(1)の典型例が日本であり、(2)の典型例がイラクだった(実際には米国は(1)を建前としてイラクを占領したが、本音は(2)にあった)。(1)(2)のどちらにも該当しない国の場合、米国は基本的には占領したがらない。米国は何も考えていないように見えて、実際にはその国を占領すべきかどうか、「費用対効果」を見極め、きわめて現実的、実利的に判断しているのだ。
そのように考えるならば、当時の米国にとって、資源もない朝鮮半島の全体を支配下に置くことは、効果が費用に見合わないから、米軍サイドが「軍が広い範囲の占領に反対」するというのは充分あり得ることだ。首都ソウルを押さえ、共産主義に対抗するための橋頭堡さえ確保しておけばよいという判断だったのだろう。
このことは、日本の戦後の運命をも左右したように当ブログは感じる。米国は、中国が共産党政権に変わってもなお朝鮮半島を「共産主義の防波堤」として使うことに消極的だった。理由はわからないが、その役目は初めから日本に負わせるつもりだったのだろう。逆に言えば、憲法9条を与えた日本に再軍備の道を歩ませるという米国の決意は、かなり早い段階から決まっていたような気がする。
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休戦も60年続けば、戦争経験者は若くても80歳代になる。それ以下は戦争の記憶がない。国際法上、休戦は戦争状態には違いないが、事実上の終戦といってもよいかもしれない。
とはいえ、2010年11月には、韓国・延坪島が北朝鮮の軍事攻撃を受け、休戦協定発効以来初めて民間人に死者を出す事態も起きている。韓国は、私たち日本の市民も理解できる民主主義体制なので、当ブログは戦後補償問題を除いてあまり悲観をしていないが、北朝鮮は、いまだ文化大革命当時の中国のような「政治運動至上主義」の体制にある。
休戦65周年まで、北朝鮮は生き残ることができるだろうか。当ブログは、北朝鮮は案外低空飛行ながらも持ちこたえるのではないかという気がする。北朝鮮の体制側に国体護持の意思が強固であり、反体制派は存在すらせず、周辺諸国も北朝鮮崩壊を望んでいないからである。韓国は建前として「北進統一」を掲げているが、東西ドイツが統一後、経済状態の悪い旧東ドイツを抱えて苦労した例を見ているので、北朝鮮を吸収するのに二の足を踏んでいるのだと思う。
東アジア全体にとって困るのは、北朝鮮が経済の極度の困窮、軍の暴発などによって予期せぬ崩壊をすることだ。その際、朝鮮労働党政権なき後の朝鮮半島北部はどのような運命をたどるだろうか。
(1)韓国による統一
韓国自身は乗り気ではないが、周辺諸国からの圧力で渋々統一に応ずるシナリオである。東西ドイツ統一と同じ経過であり、統一後の政府は苦労するであろうが、民族の将来にとっては、民主主義による統一政権ができる最良のシナリオである。
(2)中国による傀儡政権の成立
朝鮮労働党に代わる傀儡政権を中国主導で樹立するシナリオである。現実的には最も実現可能性が高く混乱は少ない。中国は大規模な経済・食糧支援を行い、なんとしても傀儡政権維持に努めるであろう。この場合、朝鮮半島の分断は続く。
(3)中国が軍事侵攻し、直接統治
傀儡政権の樹立も難しいほどの混乱に見舞われた場合、中国がやむを得ず発動するかもしれないシナリオだが、中国はできるだけこの方法は避けようとするだろう。なぜなら中国がもし旧北朝鮮エリアを占領した後に撤退した場合、中国にとって領土を手放すという「悪しき前例」となるからだ。そうなれば「チベットも手放せ」「ウイグルからも撤退せよ」と要求を突きつけられ、今度は中国が制御不能の混乱に陥る可能性がある。
このシナリオを採った場合、中国が「領土撤退ドミノ」を恐れ、逆に朝鮮半島北部から永遠に撤退できなくなるかもしれない。そうなれば、旧北朝鮮エリアが中国の一部に完全に組み入れられ、朝鮮半島の統一はほぼ半永久的に不可能になる。朝鮮半島にとって長期的には最悪のシナリオである。
米国が旧北朝鮮エリアを占領することは、絶対にないと断言できる。東西冷戦が最も激しく、米国に最も国力があった第二次大戦直後ですら、米国は効果が費用に見合わないとして朝鮮半島全体を支配することを見送ったのだ。ソ連も存在しない現在、当時より国力も落ちた米国が実利のない占領などするはずがない。一時的な混乱はあっても、最終的には上記(1)~(3)のいずれかに落ち着くであろう。