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粉飾決算で危機続く東芝問題から見えてきた原子力の「終わりの始まり」

2015-12-25 20:52:20 | 原発問題/一般
(当エントリは、当ブログ管理人が月刊誌「地域と労働運動」2016年1月号に発表した原稿をそのまま掲載しています。)

 日本国民でその名を知らない人はまずいない「製造業ニッポン」の代表企業、東芝が創業140年の歴史で最大の危機に揺れている。初めは単なる帳簿上の会計処理のミスに過ぎないとみられていた「不適正処理」は、東芝の中核である原子力事業を発端とした大規模で意図的な「粉飾決算」へとその姿を変えつつある。問題発覚以来はや半年。その問題を追っていく中で、図らずも見えてきたのは世界的な原子力事業の「終わりの始まり」だった――。

 ●難解な会計用語、本質は?

 初めは業績悪化に苦しむ名門企業が、株主からの批判をかわすと同時に、自分たちの保身をもはかるため、2015年3月期の決算で数千億円規模の利益を不正に水増ししたのが東芝問題の本質と考えられていた。いわゆる乱脈経営や粉飾決算を引き起こす会社にありがちな、あまたある不正経理事件に過ぎないと思われた。この段階でも、多くの番組のスポンサーとして大きな影響力を持つ東芝に遠慮してか、メディアのこの問題に関する歯切れは悪かった。こうした状況に対し、例えば、2005年のライブドア事件では不正経理が50億円規模にもかかわらず粉飾決算と認定され、堀江貴文社長(当時)が逮捕されているのに、それより2ケタも大きな東芝の利益水増し行為が粉飾決算という正しい会計用語で報道されず、誰の責任も問われないのはおかしい、という類の批判は出されていた。しかし、それでも問題とされているのは経理の不正であるとともに株主や顧客に対する「裏切り」であり、原子力事業の不正がその背後に潜んでいるとは思われていなかった。

 しかし、7月に入ると事態は急変する。2006年に東芝が買収した米国の原発メーカー、ウエスチングハウス(WH)社の買収の際、計上した「のれん代」が不当に高いとみられていることや、原子力事業の将来性に疑問符がつく事態になったことにより、東芝が行った原子力事業をめぐる会計処理自体に疑惑が向けられることになったのである。

 長い歴史を誇る老舗企業で起きた不正経理問題だけに、メディアでもそれなりに時間を割いた報道が行われてきた。だが、大手メディアはどこも核心に迫る報道を避けているように見え、また減損処理やのれん代といった難解な会計用語(経理や財務が専門の会社員にはおなじみだが)が、きちんとした用語解説もされないまま飛び交うことで、多くの人々がこの問題に対する本質的理解を欠いているように見える。本稿ではこうした点にも触れながら、東芝問題の闇を追ってみることにする。

 ●時代に翻弄された東芝の「主力事業」

 時代の推移とともに、栄枯盛衰は世の習わしだが、東芝では、半導体事業と並んで原子力事業を「主力事業」に位置づけ強化を図っていた最中であった。地球温暖化防止という国際的な流れの中で、原子力発電が「温暖化の原因であるCO2を排出しないクリーンエネルギー」との宣伝が政府・原子力ムラ一体となって行われ、それは3.11前の日本ではある程度の説得力も持って受け止められた(もっとも、CO2が地球温暖化の原因ではないことや、原発が海に温排水を出すことから地球温暖化防止に寄与しないとの有力な反論が、広瀬隆氏らによって当時から行われていた)。2009年に「歴史的政権交代」によって成立した鳩山民主党政権が、温暖化防止のため「原子力ルネサンス」を掲げたことも原発への追い風になっていた。

 こうした流れの中、2006年に東芝は業績不振に陥った米WH社の買収に乗り出す。この際、買収には東芝の他に三菱重工も名乗りを上げたといわれ、ある程度の買収額を示さなければ買収レースで競り負ける恐れがあるとの危機感が社内にみなぎったとされる。東芝は何とか買収レースに勝利、WH社を手中に収めたものの、その買収額は6千億円を超えた。東芝に敗れた三菱重工幹部ですら「その半分でも高すぎる」と唖然とするほどの高額だった。

 東芝では「原子力ルネサンス」の中、今後5~6年で30基程度の原発新規受注が見込めるとして、その総額を3500億円と皮算用。この額がWH社の「無形固定資産」に該当すると判断して、のれん代に計上したのである。

 東芝が何を根拠に30基、3500億円程度の原発新規受注が可能と判断したのかはあえて問わないでおこう。ここで読者に注意していただきたいのは、「6千億円の半分でも高すぎる」という三菱重工幹部の見立てが正しければ、そもそも3500億円の「新規受注見込み」は全くの「捕らぬ狸の皮算用」だったのではないかということである。実際、WH社が経営危機に陥ったのも、スリーマイル島原発事故(1981年)以降、米国で1基の原発新設もできないまま、この時点で四半世紀が経過していたという事情によるものであった。そうしたWH社の本家・米国での原子力事業の暗い見通しを、専門家である東芝が知らなかったはずがない。

 東芝としては、そうした事情を一切無視した巨大な買収額との帳尻を合わせるため、本来あるべき買収額(2500億円程度?)を超過する金額に合わせる形で机上の「新規受注見込み」を作り出し、それを無形固定資産に計上したことが今回の不正経理のスタートだったのではないか。そう考えると辻褄が合うし、そう思わせるだけの状況証拠は揃っている。

 ●「のれん代」「減損処理」とは?

 しかし、こうした小手先の経理操作も長くは続かなかった。東芝の会計処理がまったくデタラメであることを証明する驚愕すべき情報が報道により明らかになったからである。当のWH社自身が、原子力事業について「減損処理」を行っていたというのだ。

 本題に入る前に、本誌読者は企業会計に詳しくない人が大半であろうから、ここで企業会計制度の中でのれん代や減損処理という用語が何を示しているのか解説しておこう。

 「のれん代」は、2005年に会社法が成立・施行されるまでは「営業権」と呼ばれていた。土地や建物などの「有形固定資産」に対し、特許権などとともに具体的な形を持たない「無形固定資産」の一種とされる。もともとは「江戸時代から数百年続く屋号や商標」などのように、その「物」があるだけで競合他社との差別化ができ、自社の事業にとっての信用・信頼につながるような事情がある場合に、そのブランドとしての価値を「営業権」として貸借対照表の「無形固定資産」に計上できる、とされている。このことは、企業が会計処理に当たって依拠しなければならない基本的ルールのひとつである企業会計原則にも規定されている(「営業権、特許権、地上権、商標権等は、無形固定資産に属するものとする」と定められている)。企業会計原則はさらに「無形固定資産については、減価償却額を控除した未償却残高を記載する」と具体的な貸借対照表への記載方法についても規定しており、有形固定資産同様、減価償却が行われるべきものであることが謳われている(ただし、有形固定資産でも土地については減価償却を適用しない)。

 使用すればするほど、あるいは時間が経過すればするほど老朽化して資産価値が低下する有形固定資産に減価償却が適用されるのは当然としても、使用や時間の経過によって必ずしも老朽化するとは限らない無形固定資産に減価償却が適用されることに対しては違和感を持つ人もいるかもしれない。これについて、例えば特許権の場合、発明の時点では最新のアイデア・技法であったとしても、時間の経過とともにそれを超えるような新たなアイデア・技法が生まれる可能性が高まるにつれて、特許も陳腐化していくから、それに対して減価償却を適用するのは適切であるというのが制度設計者の主張である。

 企業会計原則は、のれん代(旧営業権)の資産価値の算定方法までは定めていないが、一般的には、他の企業を買収した際、買収価格が被買収企業の資産総額を上回っている場合、その差額をのれん代として計上する運用が主流である。このことだけを考えるなら、東芝のWH社に関する会計処理は適法で、批判されるいわれはない。

 次に「減損処理」である。こちらはいわゆる時価会計の導入によって、日本でも2006年度から強制適用となった比較的新しい制度である。それまで日本では、減価償却が適切に行われてさえいれば、帳簿上の資産価格を実勢価格と同一であると見なして、それが固定資産税や法人税の賦課・徴収、資産売却や企業買収時の資産価値の算定根拠となってきた。しかし、経済のグローバル化に伴って国境を越えた企業買収(いわゆるM&A)が盛んになるにつれ、買収の狙いを定めた企業が現在、市場でどの程度の価値を持つのかを正確に評価する必要が生まれた。そのためには、企業価値をその時点における実勢価格で評価する必要があり、企業資産を決算期ごとに時価で評価する制度へ切り替えようとする国際的趨勢となった。日本で時価会計が導入されたのもこうした国際的趨勢を踏まえてのことである。

 この際、時価会計に併せて導入されたのが減損会計だ。企業が決算期ごとに各資産を査定。実勢価格が著しく低下し回復の見込みがない企業資産や、廃止を決定した事業に使用されていた企業資産で、他の事業への転用も見込めないものについては、帳簿価格をゼロにする、あるいは実勢価格に合わせて引き下げることを義務づけたのである。

 時価会計が導入される以前にも、使用見込みがなくなったものの、売却や取り壊しなどの処分が行われないままになっている資産を帳簿から除外する「有姿除却(ゆうしじょきゃく)」制度があるにはあった。だが、時価会計導入以前は企業資産の「帳簿価格を実勢価格とみなす」考え方であったのに対し、時価会計では「帳簿価格を実勢価格に合わせて適時適切に見直す」ことを基本としており、その考え方は正反対に変わったのである。

 当時は日本経済が低迷していた時期であり、時価会計を導入すれば多くの企業で資産価値が下がることは必至とみられていた。それは経済界にとっては企業の価値が低下することを意味するとともに、日本政府(特に財務省)にとっては固定資産税の課税ベースとなる固定資産価格の低下によって税収が減少することを意味していたから、日本政府も経済界も本音では導入に消極的であった。だが、国境を越えた企業買収がよりしやすくなる方向への国際化の流れに沿った制度改正として、渋々受け入れざるを得ないものであった。

 ここで読者の皆さまには、WH社が自社の原子力事業について減損処理を行っていたという事実を再度想起していただきたいと思う。減損会計の下では、一度減損処理をした資産について減損処理を取り消すことは認めておらず、減損処理を行うと決めたとき、その判断は最終的なものである。このことは、WH社が自社の原子力事業を「将来性がなく、資産価値を減額するかまたはゼロにすべき事業」であると判断したことを意味する。つまり、WH社として原子力事業からは撤退するという意思表示に他ならない。

 ●親会社と子会社で正反対の判断

 WH社自身が自社の原子力事業について減損処理を行っているのに、親会社の東芝はその原子力事業を含むWH社全体について、のれん代を計上していた。子会社が「将来性がなく撤退すべき」と判断した原子力事業を、親会社は自社の企業価値を高める「無形固定資産」と判断していたことになる。連結決算を行わなければならない親子の関係にある両社にとってこうした会計処理が致命的であり、また株主や顧客に対する完全な背信行為であることは今さら言うまでもない。もっとも、青森県六ヶ所村での再処理事業にまったく見通しが立たないにもかかわらず、それがいつか可能になるであろうという希望的観測に基づいて、現状では単なる核のごみに過ぎない使用済み核燃料を「資産」に計上するようなバカげた会計処理を恥ずかしげもなく実行できる原子力ムラにとって、この程度のごまかしはごまかしのうちにも入らないのだろう。読者の皆さまには、こうした原子力ムラ独特の会計処理の手法が、企業会計原則からも一般企業の会計処理の実態からも大きく逸脱した異常なものであるとともに、国際的な会計ルールにも大きくもとるものであるとだけ指摘しておこう。

 このような信じられない事態が現実となった今、読者に対する責任として、本稿筆者は親会社・東芝と子会社・WH社の会計処理のうちいずれが妥当であるかについての考えを表明しておかなければならないが、その答えはすでに明らかであろう。米国ではスリーマイル島原発事故以降、すでに四半世紀以上にわたって原発の新増設の実績はなく、それどころか近年はバーモント・ヤンキー原発のように経済的に折り合わず事業者みずから廃炉を決めたものさえある。東芝にとって頼みの綱だった日本でも、それまで市民の間で沈殿していた原発への漠然とした不安は、2011年の福島第1原発事故以降はっきりとした拒否・反対へと変わった。原発依存度75%の原子力大国・フランスでさえ、オランド政権が原発依存度を50%に引き下げると表明、国営原発メーカー・アレバ社は2014年1~6月期決算で6億9400万ユーロ(約1010億円)という巨額の負債を抱えている。巨額(数百億~数千億単位)の赤字決算は4期連続であり、国営でなければとっくに倒産していただろう。

 こうした状況の中で、いかに「原発大好き安倍政権」であったとしても、30基もの原発の新規受注が、何らの障害もなくすんなりと実現すると考える方がどうかしている。先進国では原発は斜陽産業であり、撤退を前提に減損処理をしたWH社の経営判断こそが正しいのである。ごまかしと詭弁に満ちた日本の原子力ムラの「内向きの論理」は日本国内では通用しても、国際的にはまったく通用しないことを明らかにしたのが東芝問題だったといえよう。

 福島原発事故後の新「規制基準」(もちろん彼らが言うような世界最高水準などでは全くない)によって、今後、原子力規制委員会の「安全審査」いかんによっては、運転開始から40年を待たず廃炉に追い込まれる原発も出る。経産省は、そうした事態を見越して電気事業会計規則の改定を画策しているが、その内容たるや、本来であれば廃炉が確定した時点で減損処理すべきであるところ、10年以上の期間に分割しての償却を認める方向だというから呆れる。

 一例として、建設に40億円をかけた原発を40年間で、定額法によって減価償却した場合、30年経過の時点では40分の30が償却されるから、この原発の資産価値は10億円である。ここで廃炉が決定した場合、残り10億円を一気に減損処理するのが時価会計下における会計処理の大原則だが、それでは電力会社が大損をするから減損処理をせず、減価償却の「延長戦」を認めろというのが経産省の主張である。この方法であれば、残る10億円の資産価値を10年で償却すればよいから電力会社は楽になるが、事実上「電力会社には減損会計を適用しない」と宣言するのと同じである。

 リストラで工場を閉鎖したパナソニックが、一気に除却損を出して財務が大きく傷ついたとしても、会計基準に従って閉鎖工場の減損処理をしたことと比べてあまりに不公平といわざるを得ず、経産省はどこまで電力会社を甘やかせば気が済むのか。これでは経産省みずから主導する「官製粉飾決算」だとの批判を受けても仕方ないであろう。

 経産省よ、当コラムはあえて問う。原発が「最も安価なエネルギー源」という経産省の主張が事実であるなら、会計処理のルールを曲げてまで原発を特別扱いしなければならない理由は何か。最も安いエネルギー源であるはずの原発の事業について「将来性なし、撤退が妥当」として減損処理をしたWH社の経営判断は間違っているのか。本当に原発が最も安価なエネルギー源であるなら、世界一市場原理を重視するはずの米国で、なぜ原発からの撤退が相次いでいるのか。

 経産省からの真摯な回答を待ちたい。

(黒鉄好・2015年12月14日)

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