2月9日、東京電力旧経営陣3名の刑事訴訟控訴審第2回公判が東京高裁で行われた。東京第1検察審査会が2015年7月、2度目の起訴相当議決を行ったことにより、勝俣恒久元会長、武藤栄元副社長、武黒一郎元副社長の3名が強制起訴された裁判は、2019年11月、1審・東京地裁の無罪判決を受けて検察官役の指定弁護士が控訴。昨年11月2日に控訴審初公判が行われたことに続く公判である。
この日の裁判の争点は、指定弁護士側が求めた現場検証及び島崎邦彦、濱田信生、渡辺敦夫3氏の証人申請が認められるかどうかにあった。島崎邦彦・元原子力規制委員長代理は東京地裁での無罪判決後、「新たな事実が出てきたので、それについて証言したい」と法廷での証言を望んでいたという。濱田氏は元気象庁職員で、政府の地震調査研究推進本部(推本、地震本部などと略される)が2002年に公表した「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(以下「長期評価」)をとりまとめた際、気象庁から推本に出向し、事務局を務めた。
東電刑事裁判の1審では、長期評価の信頼性とともに、長期評価に基づいて東電社内で一度は実施すると決められた津波対策を延期した武藤副社長の判断の是非が最大の争点だった。西暦869年に三陸沖で起きた貞観(じょうがん)地震と同規模の地震が再び発生した場合の福島第1原発における津波の高さを「最大15.7m」とする想定は東電社内で共有されていた。この想定が示された以上、海抜10mの高さに位置していた福島第1原発の津波対策は不可避だった。
東日本大震災では実際、ほぼこの想定通りの高さの津波が原発を襲い、福島第1原発は全電源を喪失、事故に至った。それにもかかわらず、1審は不当にも東日本大震災による津波の襲来を予見できず、結果回避も不可能だったとして3経営陣を無罪とした。
長期評価が、当時の日本で第一人者に位置づけられていた地震学者たちの議論に基づいて、その最大公約数をとりまとめた地震学界のコンセンサスと呼ぶべきものであったことは1審で明らかになっている。長期評価は十分科学的でその信頼性は疑いのないものだった。推本の事務局に気象庁から出向し、事務局を務めた濱田氏は、当時の地震学者たちがどのような議論を闘わせたかを含め、「長期評価の策定から公表までの経緯すべてを知る人物」である。1審を上回る水準の有罪立証のため、指定弁護士が控訴審で濱田氏の証人申請をしたのにはこのような理由がある。
その濱田氏の証人申請を、細田啓介裁判長は棄却。島崎、濱田、渡辺3氏に関しては証人申請ばかりか供述調書も証拠採用されなかった。東電旧経営陣の責任を追及するため、別の法廷で進められている東電株主代表訴訟では裁判官による現場検証が初めて行われ注目された。当然、刑事訴訟でも指定弁護士は現場検証を求めた。細田裁判長はこれも認めないという不当な決定をした。指定弁護士は「憲法は原告、被告いずれにも裁判を受ける権利を保障している。このような決定は裁判を受ける権利の侵害で、将来に禍根を残す」と異議を申し立てたが、この異議も棄却。裁判長は次回、「被害者の心情に関する意見陳述」を2名に限り行った上で、結審する旨を告げ、この日の法廷はわずか30分で終了した。
閉廷後、午後4時から行われた報告集会では、現場検証と3氏の証人申請を棄却した東京高裁の不当な訴訟指揮に対する怒りの声が上がった。一方で、3氏の供述調書以外に指定弁護士側が申請していた書面証拠はすべて採用された。その中には、2021年2月、原発事故に関して国の責任を認め、原告側が逆転勝訴した千葉訴訟の東京高裁判決も含まれる。この判決では長期評価を、津波対策を行う上で電力業界が依拠していた「津波評価技術」(土木学会編)と並ぶ知見としてその信頼性を認めている。津波対策を延期する根拠として、武藤副社長は「身内」の電力関係者も多く所属している土木学会にすがろうとしていたが、その土木学会の評価基準をもってしても、福島第1原発の津波対策が不可避との結論を覆すには至らなかったであろうことも、1審で明らかにされた事実である。
最大の争点であった現場検証と証人申請が棄却され、葬り去られるという不当な訴訟指揮を受け、「この裁判はやはり国策裁判。あらかじめ決められた全員無罪のシナリオに沿って進んでいる」との声も被害者からは聞かれた。この日の裁判を傍聴した筆者も、土俵際に追い詰められたとの感想を持たざるを得なかった。
しかし、まだ土俵を割ったわけではない。指定弁護士側に有利な書面証拠がほとんど採用されたことに筆者はいちるの望みをつなげたいと思う。なにより1審・東京地裁判決は「事故の予見も結果回避も不可能な原発で安全を極限まで追求したいなら止めてしまう以外にない」と断じ、3被告を無罪としている。この判決が確定することは「著しく正義に反する」と、指定弁護士は控訴に当たって表明したが、原発推進側も私たち被害者とは別の意味でこの1審判決がそのまま確定されては困るだろう。「事故リスクを背負い、国民の疑念を浴びながら運転する」か「撤退する」かの二者択一では推進側も困る。いずれにしてもこの矛盾に満ちた判決が何らかの形で修正を迫られることは間違いないと筆者は考えており、その過程で追加採用された証拠がどのような位置づけになるかが高裁判決の行方を左右する。
この裁判も他の訴訟と同じく反原発運動の一環として闘われているものであり、原発を全廃させるという大目標を実現するための手段に過ぎない。どのような判決になったとしても被害者は悪くないという基本が揺らぐことはなく、また原発が廃絶に向かうなら勝利といえる。最後までいちるの希望を捨てることなく、結審までに最大限、有罪判決を求める闘いを続ける決意である。
なお、次回日程はこの日は決まらず、4月21日、5月31日、6月6日の3候補日から関係者のスケジュール調整を経て、後日決定される。
(取材・文責:黒鉄好)
2022.2.9【福島原発事故・東京電力旧経営陣刑事訴訟】福島原発刑事訴訟支援団閉廷後記者会見
2022.2.9 【東京電力旧経営陣刑事訴訟】閉廷後報告集会
この日の裁判の争点は、指定弁護士側が求めた現場検証及び島崎邦彦、濱田信生、渡辺敦夫3氏の証人申請が認められるかどうかにあった。島崎邦彦・元原子力規制委員長代理は東京地裁での無罪判決後、「新たな事実が出てきたので、それについて証言したい」と法廷での証言を望んでいたという。濱田氏は元気象庁職員で、政府の地震調査研究推進本部(推本、地震本部などと略される)が2002年に公表した「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(以下「長期評価」)をとりまとめた際、気象庁から推本に出向し、事務局を務めた。
東電刑事裁判の1審では、長期評価の信頼性とともに、長期評価に基づいて東電社内で一度は実施すると決められた津波対策を延期した武藤副社長の判断の是非が最大の争点だった。西暦869年に三陸沖で起きた貞観(じょうがん)地震と同規模の地震が再び発生した場合の福島第1原発における津波の高さを「最大15.7m」とする想定は東電社内で共有されていた。この想定が示された以上、海抜10mの高さに位置していた福島第1原発の津波対策は不可避だった。
東日本大震災では実際、ほぼこの想定通りの高さの津波が原発を襲い、福島第1原発は全電源を喪失、事故に至った。それにもかかわらず、1審は不当にも東日本大震災による津波の襲来を予見できず、結果回避も不可能だったとして3経営陣を無罪とした。
長期評価が、当時の日本で第一人者に位置づけられていた地震学者たちの議論に基づいて、その最大公約数をとりまとめた地震学界のコンセンサスと呼ぶべきものであったことは1審で明らかになっている。長期評価は十分科学的でその信頼性は疑いのないものだった。推本の事務局に気象庁から出向し、事務局を務めた濱田氏は、当時の地震学者たちがどのような議論を闘わせたかを含め、「長期評価の策定から公表までの経緯すべてを知る人物」である。1審を上回る水準の有罪立証のため、指定弁護士が控訴審で濱田氏の証人申請をしたのにはこのような理由がある。
その濱田氏の証人申請を、細田啓介裁判長は棄却。島崎、濱田、渡辺3氏に関しては証人申請ばかりか供述調書も証拠採用されなかった。東電旧経営陣の責任を追及するため、別の法廷で進められている東電株主代表訴訟では裁判官による現場検証が初めて行われ注目された。当然、刑事訴訟でも指定弁護士は現場検証を求めた。細田裁判長はこれも認めないという不当な決定をした。指定弁護士は「憲法は原告、被告いずれにも裁判を受ける権利を保障している。このような決定は裁判を受ける権利の侵害で、将来に禍根を残す」と異議を申し立てたが、この異議も棄却。裁判長は次回、「被害者の心情に関する意見陳述」を2名に限り行った上で、結審する旨を告げ、この日の法廷はわずか30分で終了した。
閉廷後、午後4時から行われた報告集会では、現場検証と3氏の証人申請を棄却した東京高裁の不当な訴訟指揮に対する怒りの声が上がった。一方で、3氏の供述調書以外に指定弁護士側が申請していた書面証拠はすべて採用された。その中には、2021年2月、原発事故に関して国の責任を認め、原告側が逆転勝訴した千葉訴訟の東京高裁判決も含まれる。この判決では長期評価を、津波対策を行う上で電力業界が依拠していた「津波評価技術」(土木学会編)と並ぶ知見としてその信頼性を認めている。津波対策を延期する根拠として、武藤副社長は「身内」の電力関係者も多く所属している土木学会にすがろうとしていたが、その土木学会の評価基準をもってしても、福島第1原発の津波対策が不可避との結論を覆すには至らなかったであろうことも、1審で明らかにされた事実である。
最大の争点であった現場検証と証人申請が棄却され、葬り去られるという不当な訴訟指揮を受け、「この裁判はやはり国策裁判。あらかじめ決められた全員無罪のシナリオに沿って進んでいる」との声も被害者からは聞かれた。この日の裁判を傍聴した筆者も、土俵際に追い詰められたとの感想を持たざるを得なかった。
しかし、まだ土俵を割ったわけではない。指定弁護士側に有利な書面証拠がほとんど採用されたことに筆者はいちるの望みをつなげたいと思う。なにより1審・東京地裁判決は「事故の予見も結果回避も不可能な原発で安全を極限まで追求したいなら止めてしまう以外にない」と断じ、3被告を無罪としている。この判決が確定することは「著しく正義に反する」と、指定弁護士は控訴に当たって表明したが、原発推進側も私たち被害者とは別の意味でこの1審判決がそのまま確定されては困るだろう。「事故リスクを背負い、国民の疑念を浴びながら運転する」か「撤退する」かの二者択一では推進側も困る。いずれにしてもこの矛盾に満ちた判決が何らかの形で修正を迫られることは間違いないと筆者は考えており、その過程で追加採用された証拠がどのような位置づけになるかが高裁判決の行方を左右する。
この裁判も他の訴訟と同じく反原発運動の一環として闘われているものであり、原発を全廃させるという大目標を実現するための手段に過ぎない。どのような判決になったとしても被害者は悪くないという基本が揺らぐことはなく、また原発が廃絶に向かうなら勝利といえる。最後までいちるの希望を捨てることなく、結審までに最大限、有罪判決を求める闘いを続ける決意である。
なお、次回日程はこの日は決まらず、4月21日、5月31日、6月6日の3候補日から関係者のスケジュール調整を経て、後日決定される。
(取材・文責:黒鉄好)
2022.2.9 【東京電力旧経営陣刑事訴訟】閉廷後報告集会