(1)オスプレイ問題の本質は、沖縄に対する構造的差別だ。
(2)日本の陸地面積の0.6%を占めるにすぎない沖縄県に、在日米軍基地の74%が所在する。これは明らかに不平等な状態だ。
(3)沖縄県以外の都道府県が普天間飛行場を引き受けないのは、地元の民意が反対しているからだ。地元の民意が反対することを強行しない、というのは民主主義の大前提だ。
沖縄県の民意も普天間飛行場を引き受けることに反対している。しかし、東京の中央政府は、辺野古への移設を、沖縄県の民意に反して決定した。これは、沖縄県に対しては、民主主義原則が適用されない、という明白な差別だ。
東京の政治エリートには、この明白な差別を認識できない人があまりにも多い。それは差別が構造化しているからだ。
この場合、差別する側の人は、自らを差別者と認識していないのが通例だ。
だから、差別されている側から、事態を客観的に認識させる闘争が必要になる。
(4)沖縄にとって、オスプレイ問題の質的な変換が起きたのは、6月5日のことだ。
同日の記者会見で、森本敏・防衛相は、米軍普天間飛行場に配備予定のMV22オスプレイが4月にモロッコで起こした墜落事故について米側から、事故原因が機体の問題ではなく人為ミスだった、との調査報告を受けたことを明らかにした。森本は、沖縄県内への配備前に米側の調査結果の報告があることを望む、としつつ、調査報告が普天間配備後にずれ込む可能性を示唆したl。
沖縄県民にとって、普天間飛行場へのオスプレイ配備は、机上で論じる抽象的リスクではなく、顕在化した現実的脅威だ。森本が、沖縄県民を同じ日本人同胞と考えているならば、事故の調査報告がなされる前にオスプレイを沖縄に配置するなどという発想が出てくるはずがない。
森本の対応で、オスプレイをめぐる沖縄に対する構造的差別が可視化された。
(5)森本は、8月3日(日本時間4日)、米国ワシントン郊外で、オスプレイに試乗した。また、パネッタ米国防長官と会談した。
森本が沖縄県民を日本人同胞と考えているならば、、パネッタ国防長官に対して、「沖縄の民意を考えれば、オスプレイの配備は無理だ。10月配備を強行すれば、日米同盟の根幹を震撼させるような状況になる」と説得できたはずだ。
10月からの本格運用に日本側が合意した、という事実が、森本が沖縄県民の状況を小指の先ほども配慮していないことを物語る。
(6)防衛官僚は、オスプレイ訓練拠点を伊江島(伊江村)や粟国島(粟国村)へ分散すれば、県内の反発を緩和できる、という頓珍漢な思い違いをしている。
これは、普天間吉の危険を辺野古へ転嫁する、という発想と同じ発想だ。根本的にズレている発想だ。
沖縄に対する構造的差別をそのままにし、沖縄内部を分断することで中央政府と米国の利益を保全する防衛官僚の論理を、沖縄は受け入れない。
以上、佐藤優「沖縄に対する構造的差別を象徴する森本敏防衛相 ~佐藤優の飛耳長目75~」(「週刊金曜日」2012年8月10・17日号)に拠る。
↓クリック、プリーズ。↓
(2)日本の陸地面積の0.6%を占めるにすぎない沖縄県に、在日米軍基地の74%が所在する。これは明らかに不平等な状態だ。
(3)沖縄県以外の都道府県が普天間飛行場を引き受けないのは、地元の民意が反対しているからだ。地元の民意が反対することを強行しない、というのは民主主義の大前提だ。
沖縄県の民意も普天間飛行場を引き受けることに反対している。しかし、東京の中央政府は、辺野古への移設を、沖縄県の民意に反して決定した。これは、沖縄県に対しては、民主主義原則が適用されない、という明白な差別だ。
東京の政治エリートには、この明白な差別を認識できない人があまりにも多い。それは差別が構造化しているからだ。
この場合、差別する側の人は、自らを差別者と認識していないのが通例だ。
だから、差別されている側から、事態を客観的に認識させる闘争が必要になる。
(4)沖縄にとって、オスプレイ問題の質的な変換が起きたのは、6月5日のことだ。
同日の記者会見で、森本敏・防衛相は、米軍普天間飛行場に配備予定のMV22オスプレイが4月にモロッコで起こした墜落事故について米側から、事故原因が機体の問題ではなく人為ミスだった、との調査報告を受けたことを明らかにした。森本は、沖縄県内への配備前に米側の調査結果の報告があることを望む、としつつ、調査報告が普天間配備後にずれ込む可能性を示唆したl。
沖縄県民にとって、普天間飛行場へのオスプレイ配備は、机上で論じる抽象的リスクではなく、顕在化した現実的脅威だ。森本が、沖縄県民を同じ日本人同胞と考えているならば、事故の調査報告がなされる前にオスプレイを沖縄に配置するなどという発想が出てくるはずがない。
森本の対応で、オスプレイをめぐる沖縄に対する構造的差別が可視化された。
(5)森本は、8月3日(日本時間4日)、米国ワシントン郊外で、オスプレイに試乗した。また、パネッタ米国防長官と会談した。
森本が沖縄県民を日本人同胞と考えているならば、、パネッタ国防長官に対して、「沖縄の民意を考えれば、オスプレイの配備は無理だ。10月配備を強行すれば、日米同盟の根幹を震撼させるような状況になる」と説得できたはずだ。
10月からの本格運用に日本側が合意した、という事実が、森本が沖縄県民の状況を小指の先ほども配慮していないことを物語る。
(6)防衛官僚は、オスプレイ訓練拠点を伊江島(伊江村)や粟国島(粟国村)へ分散すれば、県内の反発を緩和できる、という頓珍漢な思い違いをしている。
これは、普天間吉の危険を辺野古へ転嫁する、という発想と同じ発想だ。根本的にズレている発想だ。
沖縄に対する構造的差別をそのままにし、沖縄内部を分断することで中央政府と米国の利益を保全する防衛官僚の論理を、沖縄は受け入れない。
以上、佐藤優「沖縄に対する構造的差別を象徴する森本敏防衛相 ~佐藤優の飛耳長目75~」(「週刊金曜日」2012年8月10・17日号)に拠る。
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