語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【原発】「避難する権利」の考え方に対する批判と反論

2012年09月22日 | 震災・原発事故
(1)コミュニティ崩壊論からの批判
 【批判】
 「個々人の勝手な行動を認めては、地域コミュニティが崩壊する」・・・・これは、特に地方自治体などの、住民流出を食い止めたいという思惑と重なって主張される。避難を選択しようとする人を苦しめてきた強い同調圧力の背後にある論理だ。

 【反論】
 (a)この問題を社会のありようの問題として考えるのか、個人の人権の問題として考えるのか、という根本的な立ち位置のとり方の問題に収斂する。憲法上の人権は、多数者の意思にかかわらず守られなければならないが故に、憲法上の人権なのだ。
 (b)実際には、避難支援の現場では、できる限り従来からのコミュニティのつながりを維持し、また、新たなコミュニティ形成を支援する形での取り組みが試行されている。<例>学校単位のサテライト疎開、人的つながりを保ったままでの避難者定住地の確保。最近では、避難先と福島を結ぶラジオ番組がスタート。バーチャルな形も含め、新たな意味でのアイデンティティ強化の試みも始まっている。

(2)予防原則重視に対する批判
 【批判】
 予防原則の強調は弊害をもたらす。【開沼博】

 【反論】
 (a)避難は絶対善・・・・とはしていない。開沼が批判の対象とする「絶対避難」論者とは立場を異にする。
 (b)(a)を踏まえて言えば、確かに予防原則の考え方が無限定に適用されたとき、社会の他の局面(<例>警察行政分野)に転用され、安全・安心の掛け声のもとに、他者の人権を抑圧する武器にも容易に転化し得る。しかし、この点こそ、行政側の裁量に基づく「避難の義務」という議論で構成せずに、市民の側の「自己決定・自己選択の権利」としての「避難の権利」という構成に重きを置く理由の一つだ。

(3)自己決定など本当に可能なのか、とする視座からの批判
 【批判】
 そもそも、自己決定・自己選択には限界がある。自己決定の主体となりえない、or不完全な主体とならざるを得ない者がいる。<例>子ども、知的障がい者、認知症患者。・・・・自己の自由意思が限定的なものにとどまる者には、むしろパターナリスティックな介入が必要だ。自己決定権など幻想ではないか。

 【反論】
 (a)この批判は、長期にわたる低線量被曝の不確実性という問題設定を前提とした際に、自己決定・自己選択に基づく対応という提案に対して、何らかの有効な代替手段を提示するわけではない。権力主体によって行われる措置的施策をすべて否定するわけにはいかないが、全住民に対して一律に線を引くこと、強制が行われることによる弊害に比べて、結局は可能な限りの自己決定に向けて丁寧なエンパワメントや相談支援が行われるべきだ。
 (b)「自己決定・自己選択のための支援」の重要性が増していることは間違いない。それは、障がい者支援の取り組みなどの文脈で、すでに議論が重ねられてきた問題でもある。
 (c)自己決定・選択の可否は、個々人の能力の問題だけに矮小化されるものではなく、選択肢の充実度合いや心理支援の有無など、環境要因と相関することは、市民団体等の行ってきた避難相談の実情からも明らかだ。

(4)自己責任論への回収の危険性
 【批判】
 自己選択権を前面に出したがために、「自己責任論」に回収され、公的な責任が後退してしまうのではないか。

 【反論】
 (a)社会福祉政策の例に見られるように、このおそれは多分にある。しかし、裏返してみれば、この点はまさに、国家に対する請求権としての「避難する権利」をどれだけ実質をもって充実させることができるかにかかっている。
 (b)「選択的避難区域」においては、避難・残留・帰郷のいずれの選択をも人権として定立されることが想定されている。そのいずれの選択に対しても保障すべき責任が国にある。避難・残留をめぐる支援策の絶対的不足が、自由な選択を妨げ、地域の分断を引き起こしているのだ。
 (c)国家による被災者への直接的支援は、あくまで物的・経済的側面にとどまらざるを得ない。
 (d)人は、関係性の中で社会生活を営んでいる。避難や移住を可能にする非国家の、社会的支援の仕組みが、重層的に構築される必要がある。これに対する支援策も、「避難する権利」確立の一部とすべきだ。

 以上、中手聖一/河崎健一郎「日本版チェルノブイリ法の可能性と「避難する権利」」(「現代思想」2012年7月号)に拠る。

 【参考】
【原発】「避難する権利」 ~原発事故がもたらした分断~
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