(1)精神的損害の過小評価
精神的苦痛に係る損害額は、原子力損害賠償紛争審査会の中間指針(昨年8月)は、
(a)事故発生から6ヶ月間は1人当たり月額10万円
(b)避難所などでの避難生活を強いられた場合は月額12万円
とするのが「合理的」と記す。原発避難者は交通事故で入院した場合と比べて身体障害を伴わず、行動が一応自由であるから、精神的苦痛の程度は軽い、というのがその根拠だ(自賠責における慰謝料は月額12万6千円)。
(2)アンケート調査
今年3~4月、埼玉県内に避難中の福島県住民2,011世帯を対象に、実施した。
(a)質問紙IES-Rにおいて、全体平均が36.2点(非常に高い)。67%の者がPTSDの可能性が高い。
(b)質問紙SRS-18では、全体平均が男女とも「抑鬱・不安」「不機嫌・怒り」「無気力」「合計点」のすべての尺度において成人基準値の「高い」
レベルにあり、男性では76%、女性では77%もの者が「高い」心理的ストレス反応を示している。
(c)(a)、(b)の結果は、原発事故避難が、過去の様々な自然災害や人為災害(阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件など)による精神的苦痛と比較しても、いっそう「高い」精神的苦痛であることを示す。
(d)これらの精神的苦痛は、「仕事の喪失の有無」「生活費の心配の有無」「貯蓄の有無」「相談者の有無」「悩み対処の方法」「生活面で協力しあっていた人の喪失の有無」によって、統計学的に有意差があった。つまり、社会的要因(生活・経済状況や就労状況、そして地域とのつながり)が、原発避難者のストレス状況に大きな影響を及ぼしている。
(3)自殺予防の観点からの総括
(a)今年5月、浪江町のスーパー経営者(62歳)が一時帰宅した際、町内の倉庫で縊死した。男性は、原発事故後、福島市内の借り上げ住宅に妻と父の3人で避難生活を送っており、妻に「浪江で商売ができなくなり、この先どうしていいかわからない」、「このまま生きていても仕方ない」、「夜眠れない」などと話し、睡眠導入剤を使用していた。
(b)復興庁は、今年5月11日に、「震災関連死」が1都9県で計1,632人に上る、と発表した。
(c)政府の「自殺総合対策大綱」には、自殺対策の基本認識として、「倒産、失業、多重債務等の経済・生活問題の外、病気の悩み等の健康問題、介護・看病疲れ等の家庭問題など、様々な悩みにより心理的に追い込まれた末の死」であると記載されている。
(d)日本では、1998年から現在まで、自殺者が14年連続で3万人を超えている。
①自殺原因は、健康問題47%、経済・生活問題20%、家庭問題14%、勤務問題9%など。【警視庁発表、2010年】
②しかし、自殺の原因は決して独立したものではなく、平均的に4つの危機要因が連鎖して発生している。社会的な問題が契機で、個人の生活や内面的な心の問題にまで連鎖し、最終的に鬱病になて自殺を来す、というメカニズムだ。【清水康之・NPO法人「自殺対策支援センター・ライフリンク」代表】
(4)「心のケア」だけでなく「社会的ケア」を
(a)東電に対する賠償金請求書に、「避難生活等による精神的損害」に含まれ、「その他」での請求の対象とならない品目例は、外出着などの「日用被服」、食費などの「生活用品等の消耗品」、ガス料金などの「水道光熱費」が列記されている。・・・・これでは「精神的損害」に対する慰謝料になっていない。
(b)異常な社会的要因が原発避難者の身の上に積み重なっていることを理解するならば、自殺予防の観点からも、「雇用や生活苦」などの社会的問題の解決を急がなければならない。重要なことは、「心のケア」だけでなく、その根本にある社会的問題に対する「社会的ケア」なのだ。「社会的ケア」は、医療+福祉+教育+法律のすべての分野における行政と民間の協働だ。
(c)根本的に必要なことは、帰還や移住に関する政府の方針とスケジュールを早めに明らかにすることだ。帰還と移住の見通しが立てられれば、雇用や住宅の問題が解決されやすくなり、精神的苦痛もある程度減少するだろう。
(d)次に必要なことは、精神的損害への慰謝料の中に生活費を含めるような問題ある姿勢を是正し、損害賠償を適正化させ、司法処理のスピードを上げることだ。そして、原子力災害以前と同様の生活が営めるだけの生活費を補償すること、雇用の確保、住宅の長期的確保、帰還者に対する十分な修繕費の支給、移住者に対する従前の土地・建物・家財の買い取り価格を保証することなどが必要だ。当面はみなし仮設としての借り上げ住宅制度を柔軟に運用し、転居や家族別居への対応も求められる。
(e)家族が分散している理由として教育の問題も大きい。教育環境の整備のみならず、教育費の助成も必要だ。保育所や子ども園の充実、ベビーシッターやホームヘルパーの確保、就学に問題を抱えた児童生徒への援助も必要だ。社会的孤立への対処として、家庭訪問も必要だ。
以上、辻内琢也「原発事故避難者の深い精神的苦痛」(「世界」2012年10月号)に拠る。
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精神的苦痛に係る損害額は、原子力損害賠償紛争審査会の中間指針(昨年8月)は、
(a)事故発生から6ヶ月間は1人当たり月額10万円
(b)避難所などでの避難生活を強いられた場合は月額12万円
とするのが「合理的」と記す。原発避難者は交通事故で入院した場合と比べて身体障害を伴わず、行動が一応自由であるから、精神的苦痛の程度は軽い、というのがその根拠だ(自賠責における慰謝料は月額12万6千円)。
(2)アンケート調査
今年3~4月、埼玉県内に避難中の福島県住民2,011世帯を対象に、実施した。
(a)質問紙IES-Rにおいて、全体平均が36.2点(非常に高い)。67%の者がPTSDの可能性が高い。
(b)質問紙SRS-18では、全体平均が男女とも「抑鬱・不安」「不機嫌・怒り」「無気力」「合計点」のすべての尺度において成人基準値の「高い」
レベルにあり、男性では76%、女性では77%もの者が「高い」心理的ストレス反応を示している。
(c)(a)、(b)の結果は、原発事故避難が、過去の様々な自然災害や人為災害(阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件など)による精神的苦痛と比較しても、いっそう「高い」精神的苦痛であることを示す。
(d)これらの精神的苦痛は、「仕事の喪失の有無」「生活費の心配の有無」「貯蓄の有無」「相談者の有無」「悩み対処の方法」「生活面で協力しあっていた人の喪失の有無」によって、統計学的に有意差があった。つまり、社会的要因(生活・経済状況や就労状況、そして地域とのつながり)が、原発避難者のストレス状況に大きな影響を及ぼしている。
(3)自殺予防の観点からの総括
(a)今年5月、浪江町のスーパー経営者(62歳)が一時帰宅した際、町内の倉庫で縊死した。男性は、原発事故後、福島市内の借り上げ住宅に妻と父の3人で避難生活を送っており、妻に「浪江で商売ができなくなり、この先どうしていいかわからない」、「このまま生きていても仕方ない」、「夜眠れない」などと話し、睡眠導入剤を使用していた。
(b)復興庁は、今年5月11日に、「震災関連死」が1都9県で計1,632人に上る、と発表した。
(c)政府の「自殺総合対策大綱」には、自殺対策の基本認識として、「倒産、失業、多重債務等の経済・生活問題の外、病気の悩み等の健康問題、介護・看病疲れ等の家庭問題など、様々な悩みにより心理的に追い込まれた末の死」であると記載されている。
(d)日本では、1998年から現在まで、自殺者が14年連続で3万人を超えている。
①自殺原因は、健康問題47%、経済・生活問題20%、家庭問題14%、勤務問題9%など。【警視庁発表、2010年】
②しかし、自殺の原因は決して独立したものではなく、平均的に4つの危機要因が連鎖して発生している。社会的な問題が契機で、個人の生活や内面的な心の問題にまで連鎖し、最終的に鬱病になて自殺を来す、というメカニズムだ。【清水康之・NPO法人「自殺対策支援センター・ライフリンク」代表】
(4)「心のケア」だけでなく「社会的ケア」を
(a)東電に対する賠償金請求書に、「避難生活等による精神的損害」に含まれ、「その他」での請求の対象とならない品目例は、外出着などの「日用被服」、食費などの「生活用品等の消耗品」、ガス料金などの「水道光熱費」が列記されている。・・・・これでは「精神的損害」に対する慰謝料になっていない。
(b)異常な社会的要因が原発避難者の身の上に積み重なっていることを理解するならば、自殺予防の観点からも、「雇用や生活苦」などの社会的問題の解決を急がなければならない。重要なことは、「心のケア」だけでなく、その根本にある社会的問題に対する「社会的ケア」なのだ。「社会的ケア」は、医療+福祉+教育+法律のすべての分野における行政と民間の協働だ。
(c)根本的に必要なことは、帰還や移住に関する政府の方針とスケジュールを早めに明らかにすることだ。帰還と移住の見通しが立てられれば、雇用や住宅の問題が解決されやすくなり、精神的苦痛もある程度減少するだろう。
(d)次に必要なことは、精神的損害への慰謝料の中に生活費を含めるような問題ある姿勢を是正し、損害賠償を適正化させ、司法処理のスピードを上げることだ。そして、原子力災害以前と同様の生活が営めるだけの生活費を補償すること、雇用の確保、住宅の長期的確保、帰還者に対する十分な修繕費の支給、移住者に対する従前の土地・建物・家財の買い取り価格を保証することなどが必要だ。当面はみなし仮設としての借り上げ住宅制度を柔軟に運用し、転居や家族別居への対応も求められる。
(e)家族が分散している理由として教育の問題も大きい。教育環境の整備のみならず、教育費の助成も必要だ。保育所や子ども園の充実、ベビーシッターやホームヘルパーの確保、就学に問題を抱えた児童生徒への援助も必要だ。社会的孤立への対処として、家庭訪問も必要だ。
以上、辻内琢也「原発事故避難者の深い精神的苦痛」(「世界」2012年10月号)に拠る。
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