語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【原発】「避難する権利」 ~原発事故がもたらした分断~

2012年09月21日 | 震災・原発事故
(1)原発事故がもたらした分断の現在
 原発事故により放出された放射能が、汚染地の住民間にもたらした亀裂、その痛みは計り知れない。「避難/残留(帰郷)」「補償される/されない」「外で遊ばせる/遊ばせない」「地元産物を食べる/食べない」・・・・汚染度合いの異なる地域間、同一地域内でも世代・家族・夫婦などの間に、埋めがたい認識の違いを生んだ。
 「分断」が個々の住民の意識の問題にすり替えられないよう、注意しなければならない。現在起こっている分断は、放射線被曝の健康への影響(一つの答に収斂し得ない)という問題について、、行政府による「一方的な立場の押しつけ」と「画一的な線引き」により、強制的に作出された分断だからだ。
 福島県内の多くの自治体では、「避難」「移住」はもとより「保養」の2文字が入っているだけで、市民団体が行う活動に行政の協力が得られない。子どもたちのためのリフレッシュ企画も、「放射能」の文字を削除することを条件に配布協力がされる(検閲もどき)。そんななか、住民は不安を口にすることができず、心を閉ざし、思考停止に追い込まれてしまう。
 分断の現状に対するこれ以上の不作為を、政府に対して許すことはできない。

(2)自己決定・自己選択の尊重
 放射線被曝の健康影響に単一の正解を出せないのであれば、各自の自己決定・自己選択を尊重しあうしか、分断を乗り越える道はない。
 政府も、科学的にシロ・クロ付けがたく住民の選択が分かれる問題については、各自の自己決定・自己選択の尊重を基本としえ政策を実施する姿勢が求められる。納得の得られる情報開示をしっかりと行い、住民自身が主体的に判断できる環境を積極的に整えていくべきだ。そして、それぞれの決定・選択を差別なく平等に保障していく必要がある。どちらか一方の立場だけを後押しして、分断を助長する愚を繰り返してはならない。 

(3)自己決定を実現する枠組みとしての「避難する権利」
 (a)一定線量以上の放射線被曝が予測される地域の住民には、避難する権利/避難の権利/選択的避難権が認められるべきだ。
 自らの行動を選択するために必要な情報を受け、避難を選択した場合に必要な経済的・社会的支援を受ける権利が認められるべきだ。
 
 (b)ロシア、ウクライナ、ベラルーシのチェルノブイリ法は、三国とも①選択的避難区域の設定、②避難の権利の実質的保障、の2つの要素が含まれている。選択的避難区域の住民が、避難を選んだ場合には避難先での住居や雇用の手当など社会的な保護が与えられ、留まることを選んだ場合には被曝リスクに対する補償として一定の給付がなされるなど、国家の責任による対応が保障される。

 (c)自らと子どもたちの健康と生命を守りたい気持ちは、憲法の保障する基本的人権の一つだ。それを具体化する日本版チェルノブイリ法の立法が求められる。
 「福島の子どもたちを守る法律家ネットワーク」は、「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」などと連名で、2012年2月15日、「原発事故によって生じた放射線被曝の被害者に対する恒久的な対策立法の制定を求める立法提言」を公にした。その中で、年間1mSv超地域の選択的避難区域の指定、避難者の生活再建支援施策、累積線量を管理するための健康管理手帳交付、健診・医療費の無料化など適切な措置を講じることを求めている。
 なお、「避難する権利」は「避難する義務」ではない。誰にも通用する正解を容易に措定できない状況にあることこそが問題の本質なのだ。とどまるか、避難するか、どちらの選択が正しいとも間違っているとも言いきれない。グレーゾーンが広がっている。
 環境法の主要な考え方の一つ、「予防原則」に従うならば、「科学的証明が不確実」であっても、健康への悪影響を懸念して対応を行うことは、十分に根拠づけられる。

(3)「原発事故被災者支援法」
 (a)野党7党により、「平成23年東京電力原子力事故による被害からの子どもの保護の推進に関する法律案」が参議院に提出された。
 健康診断などの個別項目の具体性において優れていたが、対象を子ども・妊婦に限定し、内容をあくまで個別の政策に限定しており、「避難の権利」という枠組み設定に踏み出すものではなかった。

 (b)与党から谷岡郁子・議員が中心となって、「東京電力原子力事故の被災者の生活支援等に関する施策の推進に関する法律案」が参議院に提出された。
 一定線量以上の地域(支援対象区域)に居住する個々人に「避難する権利」があるという前提で、その権利の実質を保障するよう行政に求める内容だ。もっとも、政府との調子を経る必要がある与党案は、総じて抽象的な規定にとどまり、具体的な予算措置が講じられていない。

 (c)与野党による一本化協議が行われてきた。2012年6月初旬の段階で、与野党調整は整った。

 (d)「原発事故被災者支援法」がおおむねこのままの形を保ったまま成立した場合、次に課題になるのは個別政策の充実だ。
 予算措置の前提として、第一に定めることが必要となるのは、「支援対象区域」をどの範囲で画するか、という点だ。チェルノブイリ法と同等の水準、年間1mSv超の地域が含まれるかどうか。
 第二に問題となるのは、支援対象地域からの移動、住宅の確保、就労や就学に関する支援、無料の健康診断、医療費の減免等の具体的な施策の実現だ。加えて、支援対象地域内に留まって生活する場合の学校給食への被曝検査機器の導入、長期にわたる保養プログラムの提供、無料の健康診断、医療費の減免などの具体的な施策が示されなければならない。支援事業の策定過程への被災者・支援団体の参加が確保できるか否かも重要なポイントとなう。また、それら施策の実施状況をモニタリングして、過不足や調整課題について適宜・適切に行政に対してフィードバックできる仕組み作りも必要となる。

 以上、中手聖一/河崎健一郎「日本版チェルノブイリ法の可能性と「避難する権利」」(「現代思想」2012年7月号)に拠る。
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする