語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【社会保障】医療費抑制のあの手この手 ~一体「改革」の危険性~

2012年09月20日 | 医療・保健・福祉・介護
 (1)医療・介護を財政面で見ると、給付の重点化と効率化が打ち出されている。社会保障・税一体改革案(2011年6月)別紙「社会保障改革の具体策、工程及び費用」によれば、
  (a)平均在院日数の減少等(4,300億円削減)
  (b)外来受診の適正化等(1,200億円削減)
  (c)介護予防・重度化予防と介護施設の重点化(1,800億円削減)
  (d)介護納付金の総報酬制の導入や保険給付の重点化等(1,600億円削減)
などの「重点化・効率化」で、1.2兆円の削減が可能、とされている。

 (2)政府の試算。
 (1)-(a)では、①2011年の平均在院日数(19~20日程度)が、2025年には高度急性期15~16日程度、一般急性期9日程度に減少。②精神病牀については、2025年には在院日数1割程度減少。
 (1)-(b)では、生活習慣病予防、保険者機能の強化などにより、外来患者数が2025年には現行ベースより5%減少。
 (1)-(c)では、要介護認定者数が同じく3%程度減少。

 (3)(1)-(a)は、1病床あたりの医師数・看護師数の増大などの医療資源の集中投入が不可欠となる。それは医療費増大につながる。
 平均在院数短縮にともなって病床数を大幅に削減できるのであれば、医療費のある程度の削減も可能だが、病床数は現状維持とされている。医療費の削減は期待できない。
 医療資源の集中投入なしに、強引に平均在院数短縮を進めようとすると、医療が必要な患者の強制的退院が加速する。

 (4)(1)-(b)の生活習慣予防、つまり現行の特定健康診査・特定保健指導による医療費抑制の効果は、未知数だ。保険者機能強化も期待できない。それにより外来患者が減少するとは考えにくい。
 むしろ、外来患者数の5%減少は、定額負担制度の導入とその段階的引き上げで、低所得者や複数の疾患を抱える高齢者の受診率抑制によって達成されることが見込まれているふしがある。定額負担制度導入の断念により、その達成は困難になった、といえる。

 (5)(1)-(c)の介護費抑制効果も未知数だ。期待できない。
 高齢化が進むのだから、要介護者は増えていく。被災地などでは介護施設の再建が進まず、仮設住宅などにおける閉じこもった生活で、要介護高齢者が急増している。
 結局、要介護認定者数3%減少は、要介護認定の厳格化によって達成しようとしている、と推察される。
 改正介護保険法で2018年3月末まで先送りされたとはいえ、介護療養病床(9万床)の廃止(介護施設の重点化)が実現すれば、介護費は大きく抑制されるだろう。さらに、社会保障・税一体改革案の別紙では、試算は示されていないが、要支援者に対する給付の重点化が挙げられている。将来的に、要支援者への保険給付外しによる介護費の削減が意図されている。

 (6)いずれも、医療・介護については給付抑制策が中心になっている。これでは、消費税が増税されるだけで、医療・介護は充実どころか、必要な医療や介護が受けられない患者や要支援者・要介護者が増大することになる。

 (7)特に高齢者医療については、医療費が年間12兆円に達し、給付費の増大が予想されるため、給付抑制策が強化されていく可能性が高い。
 介護保険のように、高齢者医療の給付(療養の給付)を現金給付化して、患者を区分し、区分ごとに給付上限を設定する方式が導入される可能性がある。ちなみに、患者の区分化と区分ごとの診療報酬設定は、2006年7月から、療養病床の長期療養患者に導入されている。

 (8)現行の後期高齢者医療制度の療養の給付は、各医療保険制度の療養の給付と同様、現物給付だ。
 そして、各医療保険制度では、保険外の診察と保険給付部分の療養の給付を組み合わせる混合診療は、原則禁止されている。
 しかし、高齢者医療制度の療養の給付を現金給付化し、保険給付でカバーできる医療の範囲を縮小し、介護保険の給付のように上限を設定すれば、上限を超えた保険給付外の部分と保健給付の部分を組み合わせる混合診療が、少なくとも高齢者医療においては可能になる。「高齢者医療の介護保険化」だ。事実、社会保障制度改革推進法では、医療保健制度について、「保険給付の対象となる療養の範囲の適正化を図る」(6条2号)と謳う。そうなれば、高齢者医療の給付の範囲は大幅に縮小され、高齢者医療費は大きく抑制される。

 (9)すでに、介護保険法・障害者自立支援法の施行により、高齢者福祉・障害者福祉における自治体の現物給付原則が廃止され、現金給付化が行われている。子育て支援分野でも、利用者補助方式への転換と、個人給付化(現金給付化)を内容とする子ども・子育て関連法が成立している。
 医療の現物給付(療養の給付)原則の廃止ないし縮小への外堀は埋められつつある。

 (10)TPPへの参加により、今後、医療分野で混合診療の解禁や保険給付範囲の縮小、株式会社の医療機関経営への参入など、規制緩和圧力が強まることが予想される。
 保険給付の範囲が縮小され、必要な医療が公的医療保険でカバーされなくなれば、それだけ民間医療保険に加入せざるをえない人が増える。米国の民間医療保険会社は、高齢化が進み、医療需要が増大する日本を最大の市場と見て、TPPを契機に日本への本格進出を虎視眈々と狙っている。
 高い保険料を払って民間医療保険に加入できない人は、必要な医療が受けられず、場合によっては命を落とすこともあり得る。
 すでに、皆保険と言いながら、現在でも「負担なければ給付なし」の保険原理に基づき、国民保険料の滞納があれば資格証や短期証を発行するなど、給付制限が強化されている。また、非正規労働者の増加により、保険証すら持たない無保険者が増加し、病気になっても病院に行けず、命を落とす事例が見られる【注】。
 社会保障・税一体改革は、こうした人々をますます増大させ、日本の皆保険制度の形骸化を加速させていく危険性がある。

 【注】全日本民主医療機関連合会が、2011年3月に公表した調査によると、2011年1年間に、経済的理由による手遅れで死亡した事例は71事例に上る(2009年調査に比べて大幅に増加)。そのうち、

 以上、伊藤周平「社会保障・税一体改革と生活保護制度改革」(「現代思想」2012年9月号)に拠る。

 【参考】
【社会保障】医療制度の「改革」 ~三党合意~
【社会保障】介護保険制度の「改革」 ~医療の代替策~
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