語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【災害】関連死はこうして防ぐ ~災害後に高まるリスク~

2016年09月03日 | 社会
 (1)阪神・淡路大震災当時、「直接死」の概念しかなかった。震災で倒壊した建物による圧死、出火による焼死など。しかし、上田耕蔵・医師/神戸協同病院長が退院患者リストを調べると、普段より脂肪が増えていた。震災以降の全入院患者のデータベースを作り分析。たいした外傷も負わずに助かったのに、過酷な避難所生活で衰弱し、死に至っている高齢者が想像以上にいることが判明した。上田医師らは「地震後のストレス・生活環境の悪化が原因・誘因」「がん末期など終末期を除く、死亡につながる疾患群」という二つの定義から「震災後関連疾患(震災関連死)」と名づけた。
 上田医師によれば、震災関連死の発生機序は次のとおり。
 震災による精神的ショックと過酷な避難所生活が交感神経を緊張させ、血圧が上昇。脱水も加わり、血液粘度が増して血液の塊(血栓)ができ、脳卒中・心筋梗塞を起こしやすくなる。「トイレが使いにくいため水分を控える」「水や食料を十分に摂れない」といった状況からいっそう脱水に陥りやすく、ストレス過多で心不全が増す。免疫力が低下し、感染症、肺炎のリスクが高まる。
 阪神・淡路大震災(1995年)では、インフルエンザ関連の肺炎による死者が最も多かった。
 新潟県中越地震(2004年)では、車中泊などによる肺塞栓症(エコノミークラス症候群)が初めて報告された。長時間同じ姿勢を保つことで下肢にできた血栓が肺動脈に飛んで詰まり、最悪の場合死に至る。高齢者にかぎらず中年でも見られる。
 東日本大震災(2011年)では、長期間ライフラインが停止し、震災関連死が拡大。発生場所として最も多かったのは、「自宅等」だった。
 熊本地震では、行政やボランティアのいち早い対応で肺塞栓症の死者は少なかったものの、震災関連死を減らすのに不可欠な要介護高齢者の保養や、大規模避難所での福祉スペース開設は遅れた、と上田医師は見ている。

 (2)自分たちでできる予防策は何か。
 日本循環学会、日本心臓病学会、日本高血圧学会は、九つの予防策を提唱している。
   ①睡眠の改善。
   ②1日20分以上の歩行。
   ③水分の十分な摂取による血栓予防。
   ④良質な食事。減塩に努め、カリウムの多い食事を多く摂る。
   ⑤震災前からの体重の増減はプラスマイナス2kg以内。
   ⑥マスクの着用、手洗いの励行など感染症の予防。
   ⑦降圧薬その他の循環器疾患の内服薬の継続。
   ⑧血圧の管理。
   ⑨禁煙。
 いずれも脳卒中・心筋梗塞の予防には欠かせない。できることはやったほうがいい。【桑島厳・東京都健康長寿医療センター循環器内科医師】
 なかでも②と③は「予防できる震災関連死」といわれる肺塞栓症の回避につながる。
 肺塞栓症と並んで震災関連死の要因として注目されている「たこつぼ型心筋症」は、過剰なストレスが引き金になる。少しでもストレスを発散できるよう適度に体を動かすなどの対策が求められている。

 (3)口腔ケアも重要だ。【大谷義夫・医師/池袋大谷クリニック院長】
 インフルエンザなどの感染症のリスクを下げるとともに、震災関連死と切っても切れない関係の肺炎の予防になる。
 肺炎は、日本人の死因の第3位に上るほど、死に直結しやすい疾患だ。口腔ケアが十分でない場合、雑菌の多い唾液を誤嚥して誤嚥性肺炎を発症させる。歯磨きなどで口腔内の細菌を減らすことが、予防策になる。
 高齢者に多いが、動脈硬化が進行している人は中年でも発症しやすい。脳梗塞を過去に起こしたことがある、高血圧や喫煙習慣がある、という人は要注意だ。【大谷医師】

 (4)ライフラインがとまった状態で口腔ケアなどを支援するのが防災グッズだ。
 防災グッズの商品開発は急速に進歩している。備えていても災害時に使えなければ意味がない。数日しかもたないものも意味がない。高価すぎるものは、防災グッズとして事前に買いそろえるのに向いていない。重要なのは「質と量」だ。
 <例>口腔ケア。歯磨きセットはあっても水道が止まっていれば1日数回の歯磨きを躊躇する。避難所では、特に高齢者であれば水道がある場所に出向くのが難しいというケースもあり得る。洗口液で口をすすぐのは、やらないよりやったほうがいいものの、口腔内の菌を十分に落とせるかというと「磨く」よりは劣る。
 そんな場合に重宝するのが、介護の現場で使われている口腔内を掃除するシートだ。もともと口腔ケア用につくられているのでアルコールフリーだ。口に含んでも問題はない。シートなら歯の表面や裏側、歯と歯の間などをゴシゴシ拭け、十分に歯ブラシの代用になる。シートならではの利点もある。箸やスプーンも拭けるのだ。
 皿や器にはラップをつけて使えば、流水で洗わなくても使いまわせる。しかし、箸やスプーンにラップをまいて使うのは不便だ。そういうときにシートが活躍する。100枚入りの大箱もあり、4人家族であれば5、6箱用意しておけばよい。

 (5)災害時には、敷地内の排水管が破損して汚水があふれ、下水道が復旧するまでトイレが使えなくなる可能性がある。首都直下地震が起これば、下水道が利用困難になる人は最大150万人と想定されている。
 トイレの回数を抑えようと水分摂取量を我慢して脱水症状になる人は、震災時にはよくいる。携帯トイレを少なくとも140枚(4人家族の場合)用意しておくとよい。できるなら、震災が起こる前に、自宅のトイレに簡単に装着できるか、尿や便をしっかり吸収できるか、においを抑えられるかをチェックしておくこと。
 避難生活では、食事が炭水化物に偏る。炊き出しのおにぎり、支援物資のビスケットやパン、麺類が中心になるからだ。ビタミンやミネラル、食物繊維が不足し、心身の不調や便秘の原因になる。
 炭水化物以外は、自分で準備しておくとよい。バラエティー豊かなフリーズドライ食品が出ている。
 日頃から野菜などを冷凍しておき、災害時に自然解凍して食べる方法もある。自然解凍を想定した冷凍のしかたは、次のやり方が便利だ。
   ・玉ネギ・・・・薄切りにして炒め、冷ましてから冷凍。
   ・キャベツ、白菜、キュウリ・・・・刻んで塩もみしてから冷凍。
   ・大根・・・・すりおろして水気を切って冷凍。
   ・山芋・・・・すりおろして酸化防止の酢を少し入れ、冷凍。

□羽根田真智(ライター)「震災関連死はこうして防ぐ 災害後に高まるリスクを回避するには」(「AERA」 2016年9月5日号)
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 【参考】
【災害】食を試食、やっぱりカレーが最強


【災害】食を試食、やっぱりカレーが最強

2016年09月03日 | 震災・原発事故
 (1)災害時、何とか助かったら、次に必要なのは食生活などの健康管理だ。熊本地震の際、
   電気復旧まで約1週間、
   ガス復旧まで約2週間、
   水道復旧まで1ヵ月以上
かかった地域もある。満足に調理できない状況下における食生活はどうすべきか。

 (2)以前は3日分を家庭備蓄で、というのが通説だったが、内閣府が2013年5月に出した「南海トラフ巨大地震について(最終報告)」では1週間分以上の家庭備蓄が望ましいとされ、それが常識になりつつある。どういうものを何日分備えればよいか。
  (a)初期には人命救助が優先されるので飲み物すら手に入らないことがある。最初の3日分の食料と飲料はリュック型の非常持ち出し袋に入れておく。持ち運びやすく、軽量の非常食があればいい。食欲がなくなるので、遠足に行く気分で好きな者を備えて。【奥田和子・日本災害救援ボランティアネットワーク理事/甲南女子大学名誉教授】
   ①おなかの足しになるもの(スナックバーやアルファ化米など)
   ②心がホッとできるようなもの(菓子や果物の缶詰など)
   ③ゴミが出しにくいので、個別包装で食べきれるもの

  (b)4日目以降は食欲も回復し、健康にも気遣いが必要となる。だが、まだライフラインが復旧しないので、(a)と同じように煮炊きせずに食べられる災害食があるとよい。主食だけでなく、野菜や肉、魚などおかず系の缶詰なども用意して、多少は栄養バランスを組み立てておきたい【奥田理事】。特に不足しがちな野菜類は、積極的に自助で備えておくべきだ【同】。

 (3)「AERA」編集部で災害食を試食した。
  (a)湯が簡単に手に入らない状況を想定し、アルファ化米に水を注ぐ。湯だと約15分で済むが、水だと約60分。だが、味はよい。
  (b)水も手に入らない状況を想定し、アルファ化米の白飯を①市販の茶や②トマトジュースで戻してみた。①は水で戻すより香ばしく美味しい。②は「リゾットみたい」。
  (c)圧倒的人気だったのは、温めずにそのまま食べられるグリコの「常備用カレー職人」、3袋入りで350円(税別)。通常の温めるレトルトと味わいは変わりなく、食べやすい。長期保存用の缶入りパンにかけたり、味付きのアルファ化米にかけたり、災害食の加工食品っぽさが苦手という人も、「カレーをかけると何でも食べられる」。

 (4)買ってきた災害食は、一度味見をしておいたほうがよい。
 食べてみて好きじゃないと思ったら備蓄から外したほうがよい。じっとしていても目に涙が浮かぶ状況下で、まずいものは食べられない。【奥田理事】
 家庭備蓄の場合、「ローリングストック法」がよい。専用の災害食を用意するのではなく、賞味期限が6ヵ月程度の普段食べている好物や飲料を多めに買っておき、定期的に古いものから食べていく。食べた分だけ買い足し、常に新しい非常食を備蓄する方法だ。

□柳堀栄子(編集部)「災害食を編集部で試食 やっぱりカレーが最強」(「AERA」 2016年9月5日号)
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