(承前)
(7)教育の無償化という貧困対策
現在、貧困、特に子どもの貧困が深刻になっている。政府も保育園の待機児童対策や大学生への給付型奨学金の導入など、教育問題に取り組むようになっている。しかし、野党の主張を含めて、事態の深刻さを理解していない場当たり的な対処に過ぎないように見える。
太平洋戦争中のレイテ戦のような、戦力の逐次投入をすべきではない。抜本的解決を図るべきで、その方策のひとつは教育の原則無償化だ。ゼロ歳から22歳まで、国公立の機関が行う保育、教育は原則として無償にするのだ。
この事業に要する費用は3兆円くらい。こういう事業の財源こそ、消費税に求めるべきだ。制度設計さえきちんとできていれば、1%もあれば財源は確保できるはずだ。
重要なのは富裕層も対象として、社会の分断をつくらないようにすること。
東西冷戦下においては、こういう再配分をしなければ共産主義の脅威が迫ってくるということで、富裕層も納得していた面がある。しかし、共産主義の脅威のない現在、社会全体が利益を被る政策を採るときは、富裕層を納得させ、富裕層も巻き込むことが必要になる。
富裕層とは、純金融資産保有額が1億円以上の世帯を言い、2013年現在、日本に100万世帯あるという(野村総合研究所)。全体の2%だ。彼らの子どもの教育費を無償にしたところで、支出はたいしたことはない。彼らにまわさなければ、海外に出てしまうリスクがある。
富裕層は経済成長によって利益を被る。子どもの貧困問題を解決するということは、労働力の質が向上することを意味する。将来、公的扶助を受ける人の数が減ってくる。子どもが育てば税収も増える。
してみれば、子どもの貧困対策こそ、成長戦略だ。
現在、国民は老後の不安とならんで教育の不安を抱えている。そのために貯蓄している家庭が少なくない。教育の不安がなくなれば、親世代がお金を使い始める経済的効果が見込まれる。
「子どもの貧困対策」を政策とするなら、「人の成長戦略」として教育の無償化に目を向けるべきだ。
(8)人間関係の商品化
以上、貧困問題を社会科学的アプローチ、論理性、実証性を重視して見てきた。しかし、それだけでは抜け落ちてしまう部分が残る。人間の心情だ。
人間の心情については、評伝、伝記、良質の小説を読むことが重要だ。
(9)資本主義の矛盾を解決する二つの方法
資本主義は格差をもたらす。資本主義の構造的矛盾を解決する処方箋は、おそらく二つに限られる。
①『貧乏物語』が唱える社会、特に自覚した富裕層による再分配だ。資本主義の競争に勝利した者が、自分の富の一部を自発的に社会的弱者に提供する「贈与」だ。<例>フードバンク。
②知人同士、友人同士の「相互扶助」だ。組織の内外で競争が激しくなっていく中、人間関係はますます希薄になっている。人間関係そのものが商品化されるのが資本主義だとすれば、商品経済とは異なる関係を築くことが必要だ。社員が会社の利益に貢献する限りにおいては、会社は互助組織として役立つ。NPOでも何でもいい。組織に属していること、組織にしがみつくこと。組織がセーフティネットであるのは間違いない。
社会問題という言葉は、しばらく死語になっていた。しかし現在、貧困、教育格差、限界集落、移民など社会問題が復活している。
1,980万人もの非正規社員の処遇をいかに改善するかが問題になっている。正規社員の1年間の平均給与が478万円であるのに対し、非正規社員は170万円だ【国税庁「民間給与実態統計調査」(2014年)】。これでは婚姻、子育てはできない。『貧乏物語』は日本に資本主義が成立してから間もないことに貧困と向かい合ったが、日本資本主義体制の危機が訪れている現在、絶対的な貧困をなくし、構造的な弱者である若年層の状態を改善することが求められている。
□河上肇/佐藤優・訳解説『貧乏物語 現代語訳』(講談社現代新書、2016)の「おわりに 貧困と資本主義」
↓クリック、プリーズ。↓
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【参考】
「【佐藤優】河上肇の、貧乏をなくす方策 ~『貧乏物語』解説(2)~」
「【佐藤優】貧乏とは何か、貧乏の原因は何か ~『貧乏物語』解説(1)~」
「【佐藤優】河上肇の思考実験を引き継ぐ」
「【佐藤優】貧富の格差が拡大した100年前と現代」
「【佐藤優】いくら働いても貧乏から脱出できない」
「【佐藤優】教育の右肩下がりの時代」
「【佐藤優】トランプ、サンダース旋風の正体 ~米国における絶対貧困~」
「【佐藤優】「パナマ文書」は何を語るか ~資本主義は格差を生む~」
「【佐藤優】訳・解説『貧乏物語 現代語訳』の目次」
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(7)教育の無償化という貧困対策
現在、貧困、特に子どもの貧困が深刻になっている。政府も保育園の待機児童対策や大学生への給付型奨学金の導入など、教育問題に取り組むようになっている。しかし、野党の主張を含めて、事態の深刻さを理解していない場当たり的な対処に過ぎないように見える。
太平洋戦争中のレイテ戦のような、戦力の逐次投入をすべきではない。抜本的解決を図るべきで、その方策のひとつは教育の原則無償化だ。ゼロ歳から22歳まで、国公立の機関が行う保育、教育は原則として無償にするのだ。
この事業に要する費用は3兆円くらい。こういう事業の財源こそ、消費税に求めるべきだ。制度設計さえきちんとできていれば、1%もあれば財源は確保できるはずだ。
重要なのは富裕層も対象として、社会の分断をつくらないようにすること。
東西冷戦下においては、こういう再配分をしなければ共産主義の脅威が迫ってくるということで、富裕層も納得していた面がある。しかし、共産主義の脅威のない現在、社会全体が利益を被る政策を採るときは、富裕層を納得させ、富裕層も巻き込むことが必要になる。
富裕層とは、純金融資産保有額が1億円以上の世帯を言い、2013年現在、日本に100万世帯あるという(野村総合研究所)。全体の2%だ。彼らの子どもの教育費を無償にしたところで、支出はたいしたことはない。彼らにまわさなければ、海外に出てしまうリスクがある。
富裕層は経済成長によって利益を被る。子どもの貧困問題を解決するということは、労働力の質が向上することを意味する。将来、公的扶助を受ける人の数が減ってくる。子どもが育てば税収も増える。
してみれば、子どもの貧困対策こそ、成長戦略だ。
現在、国民は老後の不安とならんで教育の不安を抱えている。そのために貯蓄している家庭が少なくない。教育の不安がなくなれば、親世代がお金を使い始める経済的効果が見込まれる。
「子どもの貧困対策」を政策とするなら、「人の成長戦略」として教育の無償化に目を向けるべきだ。
(8)人間関係の商品化
以上、貧困問題を社会科学的アプローチ、論理性、実証性を重視して見てきた。しかし、それだけでは抜け落ちてしまう部分が残る。人間の心情だ。
人間の心情については、評伝、伝記、良質の小説を読むことが重要だ。
(9)資本主義の矛盾を解決する二つの方法
資本主義は格差をもたらす。資本主義の構造的矛盾を解決する処方箋は、おそらく二つに限られる。
①『貧乏物語』が唱える社会、特に自覚した富裕層による再分配だ。資本主義の競争に勝利した者が、自分の富の一部を自発的に社会的弱者に提供する「贈与」だ。<例>フードバンク。
②知人同士、友人同士の「相互扶助」だ。組織の内外で競争が激しくなっていく中、人間関係はますます希薄になっている。人間関係そのものが商品化されるのが資本主義だとすれば、商品経済とは異なる関係を築くことが必要だ。社員が会社の利益に貢献する限りにおいては、会社は互助組織として役立つ。NPOでも何でもいい。組織に属していること、組織にしがみつくこと。組織がセーフティネットであるのは間違いない。
社会問題という言葉は、しばらく死語になっていた。しかし現在、貧困、教育格差、限界集落、移民など社会問題が復活している。
1,980万人もの非正規社員の処遇をいかに改善するかが問題になっている。正規社員の1年間の平均給与が478万円であるのに対し、非正規社員は170万円だ【国税庁「民間給与実態統計調査」(2014年)】。これでは婚姻、子育てはできない。『貧乏物語』は日本に資本主義が成立してから間もないことに貧困と向かい合ったが、日本資本主義体制の危機が訪れている現在、絶対的な貧困をなくし、構造的な弱者である若年層の状態を改善することが求められている。
□河上肇/佐藤優・訳解説『貧乏物語 現代語訳』(講談社現代新書、2016)の「おわりに 貧困と資本主義」
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【参考】
「【佐藤優】河上肇の、貧乏をなくす方策 ~『貧乏物語』解説(2)~」
「【佐藤優】貧乏とは何か、貧乏の原因は何か ~『貧乏物語』解説(1)~」
「【佐藤優】河上肇の思考実験を引き継ぐ」
「【佐藤優】貧富の格差が拡大した100年前と現代」
「【佐藤優】いくら働いても貧乏から脱出できない」
「【佐藤優】教育の右肩下がりの時代」
「【佐藤優】トランプ、サンダース旋風の正体 ~米国における絶対貧困~」
「【佐藤優】「パナマ文書」は何を語るか ~資本主義は格差を生む~」
「【佐藤優】訳・解説『貧乏物語 現代語訳』の目次」
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