（１）９月２日、イスラム・カリモフ・ウズベキスタン大統領（７８歳）が死去した。
＜カリモフ氏は１９９１年の独立直後から大統領を務めており、初の政権交代となる。憲法の規定に従い、当面、ユルダシェフ上院議長が代行を務め、３カ月以内に大統領選を実施する。葬儀委員長を務めるミルジヨエフ首相（５９）が、後継の有力候補だとみられる。
ロシアのプーチン大統領は２日、哀悼の意を示した。葬儀には、ロシアのメドベージェフ首相や中央アジア諸国首脳が参列する。
カリモフ氏は８月２７日に脳出血で倒れ、集中治療を受けていた。ロシアなど外国の医師も治療に招いたが、政府は２日、危篤に陥ったと発表していた。
カリモフ氏は８９年にウズベク共和国トップの共産党第１書記に就任。ソ連崩壊後の９１年から大統領を務め、旧ソ連諸国の首脳では最高齢。プーチン氏も一目置く存在だった。
ミルジヨエフ氏は５７年生まれ。２００３年から現職で、欧米よりもロシアや中国と親しいとされる。＞【注１】
（２）ウズベキスタン政府が発表するカリモフの公式履歴には、同人はウズベク人と記されている。しかし、実際は、父親はウズベク人だが、母親はタジク人だ。
カリモフの出身地であるサマルカンドは、歴史的にタジク人の街だ。カリモフは、ロシア語学校に通い。家庭ではタジク語を話していた。ウズベク語がトルコ系であるのに対して、タジク語はペルシャ語系で、同語間のコミュニケーションは難しくない。
カリモフは、１９８９年にウズベキスタン共産党第一書記に就任したが、当時の中央アジアの政治エリートは公式の場ではロシア語を用いていた。また、職務もロシア語で行っていた。したがって、ウズベク語の知識が不十分なカリモフでも、支障なく仕事をこなすことができた。
ソ連崩壊後、カリモフは共産党を人民・民主党に改称した。そして反共産主義的姿勢を鮮明にした。もっともウズベキスタンだけでなく、他の中央アジア諸国でも共産主義イデオロギーはロシアからの借り物に過ぎなかったので、これら諸国の共産党は反共的な民族政党に改組された。
ナショナリズムを基本に行う政治においては、民族言語が決定的に重要になる。カリモフは、家庭教師に就いてウズベク語を勉強し、公式の席では極力ウズベク語を用いるようにした。ただし、カリモフの母語はロシア語なので、複雑な話のときはロシア語を用いた。
当初、カリモフはロシアと距離を置き、米国に接近した。特に２００１年９月１１日の米国同時多発テロ後のアフガニスタン戦争で、カリモフは米国の軍事作戦を積極的に支持した。この過程で、米国はウズベキスタンの政治体制は民主主義とかけ離れた独裁体制であるという認識を抱くようになり、徐々にウズベキスタンと米国の関係は悪化していった。同時に、カリモフはプーチン・ロシア大統領に接近する。ただし、プーチンが推進するユーラシア共同体構想からは距離を置いている。
（３）９月３日、サマルカンドで行われたカリモフの葬儀には、メドベージェフ・ロシア首相、ラフモン・タジキスタン大統領、ベルディムハメドフ・トルクメニスタン大統領が出席した。欧米諸国の元首級は列席しなかった。ここに現在のウズベキスタンの政治に対する評価が端的に現れている。
ミルジヨエフ首相が後継の大統領になるとの観測が強いが、ウズベキスタンの独裁はカリモフのカリスマ性に依存するところが大きかった。
カリモフは自らを中央アジアのモンゴル=テュルク系軍事指揮官でティムール帝国の創設者であるティムール（１３３６～１４０５年）になぞらえるイメージ操作を行っていた。事実、国民の多くもカリモフをティムール以来の中央アジアの指導者と考えるようになった。ウズベキスタンと国境を接するタジキスタンとキルギスが事実上の破綻国家になってしまったので、中央アジアにおけるウズベキスタンは、カザフスタンを唯一のライバルとする地域大国になった。
ミルジヨエフ首相にはカリモフのようなカリスマ性はない。それと、ウズベキスタンの国家制度において、首相は主に経済を担当し、軍、秘密警察などの暴力装置は大統領が管轄する。ミルジヨエフが大統領になったとしても、カリスマ性に欠けるだけでなく、軍と秘密警察を把握できなくなる可能性がある。その場合、ウズベキスタンが、タジキスタン、キルギスのような破綻国家にならないとしても、国家の一部領域を実効支配できなくなる可能性がある。特に危険なのは、ウズベキスタン南東部のフェルガナ盆地だ。カリモフ大統領も完全には実行支配することができなかった。
フェルガナ盆地は、ウズベキスタンとキルギスとタジキスタンに分割されている。盆地のキルギス、タジキスタンの領域は、中央政府の統治が及んでいない。ここに「イスラム国」（ＩＳ）に共感する過激派が拠点を作っている。１９９９年には、フェルガナ盆地に拠点を持つウズベキスタン・イスラム運動の戦闘員がキルギス領内で日本人鉱山技師を拉致したことがある（幸い、全員無事に釈放された）。
ウズベキスタンのフェルガナ盆地に対する統制が弱まると、ＩＳやアフガニスタンのタリバン運動に共感する武装集団の拠点がこの盆地の中にいくつもできることになる。
（４）８月３０日、キルギスの首都ビシュケクにある中国大使館を狙った自爆テロが起きた。
＜インタファクス通信によると、大使館の門に車が突っ込んで爆発。運転していた男が死亡、大使館の現地職員３人が重軽傷を負った。キルギス政府はテロと断定。中国の抑圧的政策に反発したウイグル族過激派による犯行との見方も出ている＞【注２】
これまでに犯行声明が出ていないので実行犯がどのような組織に所属しているかは不明だ。しかし、中国からの分離独立を求めるウイグル民族運動ならば、声明を発表し、自らの大義を主張するはずだ。キルギス人にはＩＳの支持者もいる。ＩＳの場合、犯行声明を出さないほうが有利と判断した場合には、自爆テロを行ってもチンもｋする。
（５）７月のトルコにおけるクーデター未遂事件後、同国はＩＳが実効支配しているシリアとの国境を封鎖した。これまでトルコ経由で戦闘員、武器、カネがＩＳに流入していたが、それが閉ざされた。そのため、ＩＳの支配地域が急速に減少している。それに伴って、ＩＳの戦闘員が中央アジアに移動する危険性がある。
カリモフの死去により、中央アジアの勢力配置図が急速に変化する。ウズベキスタン、タジキスタン、キルギス、さらに中国の新疆ウイグル自治区にまたがる「第二イスラム国」が建設される危険性がある。
現時点で中央アジアにシリアやイラクで劣勢になりつつあるＩＳの戦闘員が流入しつつあることについての危機意識は、一部の専門家を除いてほとんどない。中央アジアにおけるテロ防止が国際社会にとって称美の課題だ。
【注１】記事「ウズベキスタン大統領が死去 ２５年以上の長期政権築く」（朝日新聞デジタル 2016年9月3日）
【注２】記事「キルギス 中国大使館狙う自爆テロ 職員３人が重軽傷」（毎日新聞電子版 2016年8月31日）
□佐藤優「ウズベキスタン大統領の死去でＩＳ流入の危険性 ～飛耳長目 第１２３回～」（「週刊金曜日」２０１６年９月９日号）
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【参考】
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「【佐藤優】西郷と大久保はなぜ決裂したのか ～征韓論争～」
「【佐藤優】開発独裁とは違う明治維新 ～目的は複数、リーダーも複数～」
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「【佐藤優】スコットランドの動静と沖縄の日本離れの加速」
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「【佐藤優】ナチスドイツ・ロシア・中国・北朝鮮 ～世界の独裁者～ 」
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ロシアのプーチン大統領は２日、哀悼の意を示した。葬儀には、ロシアのメドベージェフ首相や中央アジア諸国首脳が参列する。
カリモフ氏は８月２７日に脳出血で倒れ、集中治療を受けていた。ロシアなど外国の医師も治療に招いたが、政府は２日、危篤に陥ったと発表していた。
カリモフ氏は８９年にウズベク共和国トップの共産党第１書記に就任。ソ連崩壊後の９１年から大統領を務め、旧ソ連諸国の首脳では最高齢。プーチン氏も一目置く存在だった。
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（２）ウズベキスタン政府が発表するカリモフの公式履歴には、同人はウズベク人と記されている。しかし、実際は、父親はウズベク人だが、母親はタジク人だ。
カリモフの出身地であるサマルカンドは、歴史的にタジク人の街だ。カリモフは、ロシア語学校に通い。家庭ではタジク語を話していた。ウズベク語がトルコ系であるのに対して、タジク語はペルシャ語系で、同語間のコミュニケーションは難しくない。
カリモフは、１９８９年にウズベキスタン共産党第一書記に就任したが、当時の中央アジアの政治エリートは公式の場ではロシア語を用いていた。また、職務もロシア語で行っていた。したがって、ウズベク語の知識が不十分なカリモフでも、支障なく仕事をこなすことができた。
ソ連崩壊後、カリモフは共産党を人民・民主党に改称した。そして反共産主義的姿勢を鮮明にした。もっともウズベキスタンだけでなく、他の中央アジア諸国でも共産主義イデオロギーはロシアからの借り物に過ぎなかったので、これら諸国の共産党は反共的な民族政党に改組された。
ナショナリズムを基本に行う政治においては、民族言語が決定的に重要になる。カリモフは、家庭教師に就いてウズベク語を勉強し、公式の席では極力ウズベク語を用いるようにした。ただし、カリモフの母語はロシア語なので、複雑な話のときはロシア語を用いた。
当初、カリモフはロシアと距離を置き、米国に接近した。特に２００１年９月１１日の米国同時多発テロ後のアフガニスタン戦争で、カリモフは米国の軍事作戦を積極的に支持した。この過程で、米国はウズベキスタンの政治体制は民主主義とかけ離れた独裁体制であるという認識を抱くようになり、徐々にウズベキスタンと米国の関係は悪化していった。同時に、カリモフはプーチン・ロシア大統領に接近する。ただし、プーチンが推進するユーラシア共同体構想からは距離を置いている。
（３）９月３日、サマルカンドで行われたカリモフの葬儀には、メドベージェフ・ロシア首相、ラフモン・タジキスタン大統領、ベルディムハメドフ・トルクメニスタン大統領が出席した。欧米諸国の元首級は列席しなかった。ここに現在のウズベキスタンの政治に対する評価が端的に現れている。
ミルジヨエフ首相が後継の大統領になるとの観測が強いが、ウズベキスタンの独裁はカリモフのカリスマ性に依存するところが大きかった。
カリモフは自らを中央アジアのモンゴル=テュルク系軍事指揮官でティムール帝国の創設者であるティムール（１３３６～１４０５年）になぞらえるイメージ操作を行っていた。事実、国民の多くもカリモフをティムール以来の中央アジアの指導者と考えるようになった。ウズベキスタンと国境を接するタジキスタンとキルギスが事実上の破綻国家になってしまったので、中央アジアにおけるウズベキスタンは、カザフスタンを唯一のライバルとする地域大国になった。
ミルジヨエフ首相にはカリモフのようなカリスマ性はない。それと、ウズベキスタンの国家制度において、首相は主に経済を担当し、軍、秘密警察などの暴力装置は大統領が管轄する。ミルジヨエフが大統領になったとしても、カリスマ性に欠けるだけでなく、軍と秘密警察を把握できなくなる可能性がある。その場合、ウズベキスタンが、タジキスタン、キルギスのような破綻国家にならないとしても、国家の一部領域を実効支配できなくなる可能性がある。特に危険なのは、ウズベキスタン南東部のフェルガナ盆地だ。カリモフ大統領も完全には実行支配することができなかった。
フェルガナ盆地は、ウズベキスタンとキルギスとタジキスタンに分割されている。盆地のキルギス、タジキスタンの領域は、中央政府の統治が及んでいない。ここに「イスラム国」（ＩＳ）に共感する過激派が拠点を作っている。１９９９年には、フェルガナ盆地に拠点を持つウズベキスタン・イスラム運動の戦闘員がキルギス領内で日本人鉱山技師を拉致したことがある（幸い、全員無事に釈放された）。
ウズベキスタンのフェルガナ盆地に対する統制が弱まると、ＩＳやアフガニスタンのタリバン運動に共感する武装集団の拠点がこの盆地の中にいくつもできることになる。
（４）８月３０日、キルギスの首都ビシュケクにある中国大使館を狙った自爆テロが起きた。
＜インタファクス通信によると、大使館の門に車が突っ込んで爆発。運転していた男が死亡、大使館の現地職員３人が重軽傷を負った。キルギス政府はテロと断定。中国の抑圧的政策に反発したウイグル族過激派による犯行との見方も出ている＞【注２】
これまでに犯行声明が出ていないので実行犯がどのような組織に所属しているかは不明だ。しかし、中国からの分離独立を求めるウイグル民族運動ならば、声明を発表し、自らの大義を主張するはずだ。キルギス人にはＩＳの支持者もいる。ＩＳの場合、犯行声明を出さないほうが有利と判断した場合には、自爆テロを行ってもチンもｋする。
（５）７月のトルコにおけるクーデター未遂事件後、同国はＩＳが実効支配しているシリアとの国境を封鎖した。これまでトルコ経由で戦闘員、武器、カネがＩＳに流入していたが、それが閉ざされた。そのため、ＩＳの支配地域が急速に減少している。それに伴って、ＩＳの戦闘員が中央アジアに移動する危険性がある。
カリモフの死去により、中央アジアの勢力配置図が急速に変化する。ウズベキスタン、タジキスタン、キルギス、さらに中国の新疆ウイグル自治区にまたがる「第二イスラム国」が建設される危険性がある。
現時点で中央アジアにシリアやイラクで劣勢になりつつあるＩＳの戦闘員が流入しつつあることについての危機意識は、一部の専門家を除いてほとんどない。中央アジアにおけるテロ防止が国際社会にとって称美の課題だ。
【注１】記事「ウズベキスタン大統領が死去 ２５年以上の長期政権築く」（朝日新聞デジタル 2016年9月3日）
【注２】記事「キルギス 中国大使館狙う自爆テロ 職員３人が重軽傷」（毎日新聞電子版 2016年8月31日）
□佐藤優「ウズベキスタン大統領の死去でＩＳ流入の危険性 ～飛耳長目 第１２３回～」（「週刊金曜日」２０１６年９月９日号）
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