語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】いくら働いても貧乏から脱出できない

2016年09月09日 | ●佐藤優
 (1)100年前の日本にも、まさに同じように考え、貧困問題と真剣に向かい合い、本質に迫ろうとした人がいた。河上肇である。河上は、『貧乏物語』のなかで、「貧乏神退治の大戦争」は「世界大戦以上の大戦争」だと述べている。
 『貧乏物語』は、今からちょうど100年前の1916年9月から12月にかけて「大阪朝日新聞」に連載された。1917年に出版されるや、一大ブームを巻き起こし、30版を重ねた。文庫は40万部以上売れたといわれる。

 (2)河上肇は、誠実な人、悲劇の人だ。『貧乏物語』を連載する前年(1915年)に京都帝国大学の教授になっていた。戦前の大学教授は、現在と違って高収入だった。にもかかわらず、貧しい大衆に対して人間としての共感を持ち続けていた。
 河上は、1979(明治12)年、山口県の現在の岩国市にて旧・岩国藩士の家に生まれた。山口高等学校文科を卒業し、東京帝国大学法科大学政治科に入学。キリスト教や仏教から強い影響を受けた。卒業後、いくつかの大学で講師をしながら、読売新聞に経済記事を執筆した。1908(明治41)年、後に京都帝大初代経済学部長となった田島錦治の招きにより、京都帝大の講師に就いた。1913(大正2)年から2年間、欧州に留学し、ブリュッセル、パリ、ロンドンなどに滞在。『貧乏物語』には、留学で得た知見が盛り込まれている。

 (3)『貧乏物語』は、一生懸命働いても人並みの生活を送ることができない貧困を考察の対象とした。
 <世間にはいまだに一種の誤解があって、「働かないと貧乏するぞという制度にしておかないと、人間はとにかく怠けてしかたがない。だから、貧乏は人間を働かせるために必要なものだ」というような議論があります。しかし、少なくとも今日の西洋における貧乏は、決してそういう性質のものではありません。いくら働いても貧乏から逃れることができない、「絶望的な貧乏」なのです。>【注1】

 (4)河上は、豊かであるとされる先進国において、なぜこれほど貧乏に困っている人がいるのかという問題を、真正面からとりあげる。一生懸命に働いても、生活に必要なお金を確保できない人【注2】がたくさんいる。彼らは怠けているから貧乏なのではな決してなく、いくら働いても貧乏から脱出できない。絶望的な貧乏なのだ、と強調する。
 いわゆるワーキングプアの問題だ。
 そして、このような構造的な貧困の根本原因がどこにあるか、を探っていくのだ。 

 【注1】『貧乏物語 現代語訳』pp.49~50
 【注2】河上肇の言葉でいえば「貧乏線以下」の人。

□河上肇/佐藤優・訳解説『貧乏物語 現代語訳』(講談社現代新書、2016)の「はじめに 『貧乏物語』と現代」
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 【参考】
【佐藤優】教育の右肩下がりの時代
【佐藤優】トランプ、サンダース旋風の正体 ~米国における絶対貧困~
【佐藤優】「パナマ文書」は何を語るか ~資本主義は格差を生む~
【佐藤優】訳・解説『貧乏物語 現代語訳』の目次

 

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【佐藤優】教育の右肩下がりの時代

2016年09月09日 | ●佐藤優
 (1)日本においても、近年、貧困は身近な問題となっている。1980年代前半、「オレたちひょうきん族」(フジテレビ系)では明石家さんまらが「貧乏」をネタにすることができた。しかし、いま、テレビで「あなた貧乏人?」と突っ込むのは禁句に近い。それだけ貧困が現実に身近なものとして受け止められているのだ。
 中世の神学で、「神は細部に宿り給う」という。子どもの貧困、教育の格差に目を向けてみれば、その深刻さがみえてくる。

 (2)2016年4月に国際児童基金(ユニセフ)がまとめた報告書によれば、子どもがいる世帯の所得格差は、日本は先進41ヵ国中34位で、悪い方から8番目だった。日本では子どもがいる最貧困層の世帯の所得は、標準的的な世帯の4割にも満たない【朝日新聞デジタル 2016年4月14日】。
 また、次のような記事がある【朝日新聞デジタル 2015年4月12日】。
 <18歳未満の子どもの貧困率は過去最悪の水準だ。大人ひとりで子育てする世帯の貧困率は2012年で54.6%となり、高水準が続いている。特に、母親が家計を支える母子世帯の場合、全世帯の平均所得の半額以下となる年間243万円しかない。
 生活が苦しく、学用品や給食の費用などの「就学援助」を受けている児童や生徒は、12年度で155万人。公立学校の児童・生徒数のおよそ6人に1人の割合だ。10年前とくらべて3割強増えている。民間の取り組みだけでは解消できない厳しい現実がある。
 裕福な家庭は、子どもを塾に通わせるなどしてお金をかけて学力の向上に取り組みやすい。文部科学省の全国学力・学習状況調査をもとにした研究では、親の収入が高いほど子どもの正答率は上がる傾向にある。>

 (3)大学教育においても、貧困の問題は深刻だ。2014年の日本学生支援機構の調査では、大学の学部生(昼間部)の51.3パーセントが奨学金を受給している。最近問題になっている貸与型の奨学金を満額借りれば、学部を卒業するときにすでに250万円の借金を抱えることになる。これでは、家に経済的な余裕がないかぎり、大学院に進むことはできない。

 (4)他方、子ども服メーカーのfamiliar(ファミリア)が東京の白金台に開設した、1ヵ月の保育料が20万円を超えるような保育園もある。いわゆるお受験教育ではなく、実践的な内容を教えている。集中して机に向かう訓練をおこない、勤勉性を身につけ、モンテッソーリ教育を取り入れて人としての優しさも身につけることをめざしている。20万円と聞くとずいぶん高く感じるが、このプレスクールは暴利をむさぼっているわけではなく、小さい子にそのような充実した教育をおこなうとすれば、それくらいはかかる、ということだ。幼稚園、小学校からエスカレータ式に大学まで、そして就職も保証されるような私立の学校もある。

 (5)2015年に刊行されて話題となった中室牧子『「学力」の経済学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2015)は、著者が新自由主義を促進させる意図を有しているわけではないが、その著書が描き出すのは、人間を投資の対象として見る世界だ。富裕層の子弟ほど良好な教育を受ける可能性が高いという実態が見えてくるのだ。実際、東大生の親の世帯年収は、950万円以上が半数を超えるという調査もある【2014年東京大学学生生活生活実態調査】。

 (6)かつて教育は、階級を流動化させる要素を持っていた。いまはそれが失われ、階級の再生産装置としての要素が強まっている。経済的なことを理由に子どもに進学を断念させる。その結果、社会に出るにあたって、能力に見合っただけの収入を得られないという貧困のサーキュレーション(循環)が生じる。教育を受ける機会を逃してしまうと、その家族から貧困が再生産されていく。

 (7)佐藤優の世代は、父母の世代よりも、教育水準が高いのが一般的だ。これまでは子どもが親の学力を超えてきたが、いま起きているのはまったく逆の現象だ。子どもの世代に、佐藤優たちが受けてきたのと同じレベルの教育を、経済的理由から授けられない。明治維新以降はじめて、「教育の右肩下がり」を経験しているのだ。
 格差が固定し、新自由主義のもとでは、カネがなければ、よい教育を受けることも、貧困から這い上がることもできない。努力をしても報われない。セイフティーネットが足りない現代社会において、「貧困」は今こそ取り組まねばならない問題だ。

□河上肇/佐藤優・訳解説『貧乏物語 現代語訳』(講談社現代新書、2016)の「はじめに 『貧乏物語』と現代」
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 【参考】
【佐藤優】トランプ、サンダース旋風の正体 ~米国における絶対貧困~
【佐藤優】「パナマ文書」は何を語るか ~資本主義は格差を生む~
【佐藤優】訳・解説『貧乏物語 現代語訳』の目次

 

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