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①西川賢『ビル・クリントン 停滞するアメリカをいかに建て直したか』(中公新書 840円)
②柴崎聰・編『石原吉郎セレクション』(岩波現代文庫 1,100円)
③岡田憲治『デモクラシーは仁義である』(角川新書 800円)
(1)①では、クリントン時代に関する優れた分析が展開している。
<外交では冷戦後の地域紛争やテロなど、新しいリアリティの潮流を見極めつつ、柔軟に対処していった。
クリントンは「封じ込め作戦」のような原理原則に基づいて定式化されたのとは異なる、臨機応変の外交を展開することで、新たな国際社会のリアリティに対応しようと試みたのである。
この意味ではビルクリントンは透徹した「リアリスト」でもあった>
との西川氏の評価は正しい。
2001年9月11日の米国同時多発テロのとき、ブッシュではなくクリントンが大統領だったならば、無謀な対イラクの戦争に踏み切ることはなかった。あの戦争がなければ、過激派組織「イスラム国」が台頭することもなく、世界史は変わっていたはずだ。
(2)②を読むと、シベリア抑留体験を文学に昇華させた知識人の魂の力が伝わってくる。本書に収録されている「望郷と海」は、ラーゲリ(収容所)文学の傑作だ。
<取調べは一週間ほど、ほとんど毎夜行われた。取調べといっても〈罪状〉はすでに出来あがっており、その承認を毎回強要されるだけの話である。すでに取調べを終った同僚の意見を聞いたうえで、一週間後に私は調書に署名した。私たちのなかには、さいごまで署名を拒んだ者もいたが、結果的にはまったくおなじことであった。だがこのことは、署名を拒むことが、結局は無意味だったということを意味するのではない。それは、結果のいかんにかかわらず、彼自身のとった行為として、彼自身にとってのみ積極的な意味をもっているからである>
と石原は述べる。決定的な出来事に直面したときに、彼/彼女「自身にとってのみ積極的な意味を持つ」選択をした人とそうでない人とでは、その後の人生が大きく異なってくるのであろう。
(3)③は、切れ味の鋭い政治思想書だ。
<いろいろな意味で民主政治の足を引っ張るのが、法やルールではなく「空気」による支配です。人は、自分の行動を自分の「意志に反して」変えることがあります。政治学ではこれを権力の作用として考えます。もし何もしなかったら変わらなかったであろう、ある人の行動に変化を見出した時、おそらくそこには何らかの作用がはたらいたのであって、それを権力の作用だろうと「推論」するわけです>
と著者は指摘する。確かにそのとおりだが、「空気」による支配を脱構築するには強靱な論理と意志の力が必要になる。この二つの力を併せ持つ人は、稀にしかいない。
□佐藤優「「強制収容所文学」の傑作 ~知を磨く読書 第14回~」(「週刊ダイヤモンド」2016年月日号)
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【参考】
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「【佐藤優】元モサド長官回想録、舌禍の原因、灘高生との対話」
「【佐藤優】孤立主義の米国外交、少子化対策における産まない自由、健康食品のウソ・ホント」
「【佐藤優】アフリカを収奪する中国、二種類の組織者、日本的ナルシシズムの成熟」
「【佐藤優】キリスト教徒として読む資本論 ~宇野弘蔵『経済原論』~」
「【佐藤優】未来の選択肢二つ、優れた文章作法の指南書、人間が変化させた生態系」
「【佐藤優】+宮家邦彦 世界史の大転換/常識が通じない時代の読み方」
「【佐藤優】人びとの認識を操作する法 ~ゴルバチョフに会いに行く~」
「【佐藤優】ハイブリッド外交官の仕事術、トランプ現象は大衆の反逆、戦争を選んだ日本人」
「【佐藤優】ペリー来航で草の根レベルの交流、沖縄差別の横行、美味なソースの秘密」
「【佐藤優】原油暴落の謎解き、沖縄を代表する詩人、安倍晋三のリアリズム」
「【佐藤優】18歳からの格差論、大川周明の洞察、米国の影響力低下」
「【佐藤優】天皇制を作った後醍醐、天皇制と無縁な沖縄 ~網野善彦『異形の王権』~」
「【佐藤優】新しい帝国主義時代、地図の「四色問題」、ベストセラー候補の研究書」
「【佐藤優】ねこはすごい、アゼルバイジャン、クンデラの官僚を描く小説」
「【佐藤優】外交官の論理力、安倍政権と共産党、研究不正が起きるシステム」
「【佐藤優】遅読家のための読書術、電気の構造、本屋大賞」
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「【佐藤優】資本主義の内在的論理」
「【佐藤優】米国の戦略策定、『資本論』をめぐる知的格闘、格差・貧困問題の起源」
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