(1)日本銀行は9月に金融緩和政策の「包括的検証」を公表するが、一足先に、早川英男『金融政策の「誤解」』(慶應義塾大学出版、2016)が出版された。著者は、日銀が「異次元緩和」を始める直前まで日銀の理事を務めていた。内部事情に通じる元日銀マンの検証は説得力がある。
(2)そもそも「異次元緩和」への道筋をつけたのは、安倍晋三・首相だ。野党党首時代から、「輪転機をグルグル廻して無制限にお札を刷る」などと日銀に圧力をかけ続けた。
その理論面をサポートしたのが「リフレ派」だ。デフレさえ克服すれば万事うまくいくと考えるエコノミストたちだ。
安倍首相の誕生で、白川方明・日銀総裁(当時)は退任を余儀なくされた。特命を帯びて黒田東彦・元財務官僚が総裁として、リフレ派代表格の岩田規久男・学習院大学名誉教授が副総裁として、まるで敵陣に落下傘降下するようにして日銀に入り、日銀はリフレ派陣営に制圧された格好となった。黒田総裁が「2年間で2%の物価上昇」を宣言し、「マネタリーベースを年間60兆円から70兆円増やす」という「異次元緩和」が始まった。
(3)マネタリーベースは日銀が供給する通貨(現金通貨+日銀当座預金)で、年間増加額に目標を設ける手法はマネタリズムの考えに基づく。
だが、意外にも、「異次元緩和」はマネタリズムに基づくものではない、と早川氏は断言する。日銀の公式文書を丹念に読めば、<マネタリーベースの増加が物価を上昇させる>という波及ルートにいっさい言及がないことを確認できる、という。
日銀は、マネタリーベースの増加が物価に与える影響は軽微であることを知っている。2001年から5年も続けた量的緩和政策で実証済みだからだ。「日銀はマネタリズムの思想を受け入れたわけではない」と解説することで、早川氏は日銀を擁護している。金融テクノクラートの声を代弁するように、「リフレ派に乗っ取られたわけじゃない」と弁明しているのだ。
(4)安倍親衛隊と化したリフレ派は、じつは、経済学界ではほとんど相手にされていない。アカデミズムの検証に耐えうる代物ではないということだ。早川氏の指摘だと、日銀執行部も面従腹背で、リフレ派の「理論」などあてにはしていない。
早川氏はリフレ氏の特徴を「主観主義」「楽観主義」「決断主義」と見る。
「人々の期待」さえ変えればデフレは解消するとの主観主義、物価以外の経済問題を軽視する楽観主義のもとに、「大胆にやれ!」と囃し立てた。「異次元緩和」にひそむ金融危機のリスクや日銀の経営問題は、決断主義に蹴散らかされた。
(5)リフレ派の精神は太平洋戦争中の日本軍を想起させる、との指摘がある。
「異次元緩和」が3年を超え、その信憑性にはほぼ黒白がついた。
ところが、肝心の中央銀行ではいまも悪貨が良貨を駆逐している。「最近では日銀審議委員に金融界、学界を代表する人物とは考えられない人々が任命されている」と早川氏は嘆く。
金融政策という専門知が求められる世界にも“反知性主義”の波が押し寄せている。
日銀の壮大な実験が証明したのは、この驚くべき事実ではないか。
□佐々木実「“異次元緩和”に巣くう“反知性主義”/日銀の「壮大な実験」が証明したもの ~経済私考~」(「週刊金曜日」2016年9月2日号)
↓クリック、プリーズ。↓
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【参考】
「【米国】大統領選の主役は「アウトサイダー」 ~トランプ=サンダース現象が生んだ亀裂~」
「【政治】新自由主義に鼓舞される復古主義 ~自民党改憲案の「第22条問題」~」
「【佐々木実】異次元緩和の戦線拡大で高まるリスク ~マイナス金利~」
「【言論】マッカーシズムの教訓 ~政治権力と言論~」
「【経済】国家戦略特区で起きた肝移植問題 ~神戸~」
「【東芝】「不正会計」の主役は安倍ブレーン ~産業競争力会議の犯罪者~」
「【企業】大赤字・無配でも社長は高額報酬 ~ソニー「経営改革」の蹉跌~」
「【ピケティ】現象を生んだ思想の空白 ~「格差」と経済学のゆくえ~」
「【安保】進む武器輸出 急接近する“戦争”と“ビジネス”」
「【経済】子どもに貧困を押しつける日本 ~再分配機能の不全~」
「【経済】宇沢弘文の「自己を見返す力」 ~知識人とは何か~」
「【経済】日本銀行総裁の資質 ~“平成の鬼平”と“パペット”~」
「【経済】宇沢弘文が残したもの ~社会的共通資本の思想~」
(2)そもそも「異次元緩和」への道筋をつけたのは、安倍晋三・首相だ。野党党首時代から、「輪転機をグルグル廻して無制限にお札を刷る」などと日銀に圧力をかけ続けた。
その理論面をサポートしたのが「リフレ派」だ。デフレさえ克服すれば万事うまくいくと考えるエコノミストたちだ。
安倍首相の誕生で、白川方明・日銀総裁(当時)は退任を余儀なくされた。特命を帯びて黒田東彦・元財務官僚が総裁として、リフレ派代表格の岩田規久男・学習院大学名誉教授が副総裁として、まるで敵陣に落下傘降下するようにして日銀に入り、日銀はリフレ派陣営に制圧された格好となった。黒田総裁が「2年間で2%の物価上昇」を宣言し、「マネタリーベースを年間60兆円から70兆円増やす」という「異次元緩和」が始まった。
(3)マネタリーベースは日銀が供給する通貨(現金通貨+日銀当座預金)で、年間増加額に目標を設ける手法はマネタリズムの考えに基づく。
だが、意外にも、「異次元緩和」はマネタリズムに基づくものではない、と早川氏は断言する。日銀の公式文書を丹念に読めば、<マネタリーベースの増加が物価を上昇させる>という波及ルートにいっさい言及がないことを確認できる、という。
日銀は、マネタリーベースの増加が物価に与える影響は軽微であることを知っている。2001年から5年も続けた量的緩和政策で実証済みだからだ。「日銀はマネタリズムの思想を受け入れたわけではない」と解説することで、早川氏は日銀を擁護している。金融テクノクラートの声を代弁するように、「リフレ派に乗っ取られたわけじゃない」と弁明しているのだ。
(4)安倍親衛隊と化したリフレ派は、じつは、経済学界ではほとんど相手にされていない。アカデミズムの検証に耐えうる代物ではないということだ。早川氏の指摘だと、日銀執行部も面従腹背で、リフレ派の「理論」などあてにはしていない。
早川氏はリフレ氏の特徴を「主観主義」「楽観主義」「決断主義」と見る。
「人々の期待」さえ変えればデフレは解消するとの主観主義、物価以外の経済問題を軽視する楽観主義のもとに、「大胆にやれ!」と囃し立てた。「異次元緩和」にひそむ金融危機のリスクや日銀の経営問題は、決断主義に蹴散らかされた。
(5)リフレ派の精神は太平洋戦争中の日本軍を想起させる、との指摘がある。
「異次元緩和」が3年を超え、その信憑性にはほぼ黒白がついた。
ところが、肝心の中央銀行ではいまも悪貨が良貨を駆逐している。「最近では日銀審議委員に金融界、学界を代表する人物とは考えられない人々が任命されている」と早川氏は嘆く。
金融政策という専門知が求められる世界にも“反知性主義”の波が押し寄せている。
日銀の壮大な実験が証明したのは、この驚くべき事実ではないか。
□佐々木実「“異次元緩和”に巣くう“反知性主義”/日銀の「壮大な実験」が証明したもの ~経済私考~」(「週刊金曜日」2016年9月2日号)
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【参考】
「【米国】大統領選の主役は「アウトサイダー」 ~トランプ=サンダース現象が生んだ亀裂~」
「【政治】新自由主義に鼓舞される復古主義 ~自民党改憲案の「第22条問題」~」
「【佐々木実】異次元緩和の戦線拡大で高まるリスク ~マイナス金利~」
「【言論】マッカーシズムの教訓 ~政治権力と言論~」
「【経済】国家戦略特区で起きた肝移植問題 ~神戸~」
「【東芝】「不正会計」の主役は安倍ブレーン ~産業競争力会議の犯罪者~」
「【企業】大赤字・無配でも社長は高額報酬 ~ソニー「経営改革」の蹉跌~」
「【ピケティ】現象を生んだ思想の空白 ~「格差」と経済学のゆくえ~」
「【安保】進む武器輸出 急接近する“戦争”と“ビジネス”」
「【経済】子どもに貧困を押しつける日本 ~再分配機能の不全~」
「【経済】宇沢弘文の「自己を見返す力」 ~知識人とは何か~」
「【経済】日本銀行総裁の資質 ~“平成の鬼平”と“パペット”~」
「【経済】宇沢弘文が残したもの ~社会的共通資本の思想~」