語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【政治】主導はなぜ挫折したか ~民主党の躓きの原因と背景~

2012年09月15日 | 社会
 民主党は、なにゆえに政治主導に失敗したか。これを検証しておくことは、民主党のみならず現在の野党にとっても必要なことだ。

(1)閣僚は素人では務まらない
 (a)本来、政治主導にとって大切なことは、国民の代表である政治家が官僚にミッションを与え、それを実行させるところにある。
 (b)現実には、新閣僚の多くが大臣就任記者会見に先立ち、官僚から役所の課題を注入され、それを暗記させられていた。それが真に国民のためになるのかどうか、政権与党の方針に沿っているかどうか、じっくり吟味するだけの時間的余裕も基礎知識も持ち合わせないままに。
 (c)自公政権時代、も事情は似たり寄ったりだった。
 (d)(c)を反面教師として政治主導を唱え、政権交代を果たしたからには、民主党は閣僚人事に細心の注意を払うべきだった。その注意は、役所を導くだけの力量がある人材かどうかという点に向けられなければならなかった。
 (e)野党時代の「次の内閣」を活用して、人材を養成ないし確保しておくこともできたはずだ。「次の内閣」の閣僚として、該当の省に関係する政策について、批判的な視点を持ちつつ把握しておく。その知見を携えて政権交代後の内閣を形成すれば、政権の引継ぎと政策転換がスムースに行える。
 (f)ところが民主党は、政権をとった段階でホンモノの閣僚を決めるに当たり、「次の内閣」の閣僚はほとんど無視されていた。「次の内閣」の閣僚人事がいい加減だったか、その閣僚たちが研鑽を積まなかったのか、政権交代を果たしたら人事に別の圧力が加わったのか。
 (g)かくて、閣僚の中には、その分野に素人で、官僚機構の内部事情にも疎い人が目立った。これでは官僚を指導するには非力すぎる。民主党は、政権交代直後から、すでに政治主導に躓いていた。

(2)政治任用を柔軟に行える仕組みの導入を
 (a)政治主導を果たす上で、閣僚を支える体制が重要だ。
 (b)省内では副大臣・大臣政務官が政治任用され、大臣を補佐するが、大臣を含めてわずか数人の政務三役では数が少なすぎる。特に国会開会中は、拘束時間が長い。省内には官僚に方向を示さなければならない案件が山ほどあるのに、これらを丁寧に点検する時間を見つけるのは容易でない。副大臣および政務官の定数が国家行政組織法で定められているから、勝手に増やすわけにはいかない。
 (c)副大臣および政務官以外の省内の職も政治任用による人事があってよい。外局の長や局長ポストに、その分野に精通した政治家を充てれば、官僚人事システムの惰性を排することにもつながる。だが、国会法により、これも基本的には禁止されている。
 (d)片山善博が総務大臣兼地域主権改革担当大臣を務めていたとき、政務官の一人に地域主権戦略室長を兼務してもらった。官僚の権限を縮小ささせることになる業務の事務方の総括に、従来のしきたりどおり官僚が就くと、地域主権改革が先行しない恐れがあったからだ。その結果、国庫補助金一括交付金化や国の地方出先機関改革などの難題を大きく進めることができた。
 (e)(d)は「兼務」を便法として活用したからこそできたが、一般的にこの類の人事が行えるわけではない。民主党は政権交代直後に、国会法の該当の規定を含め、政治主導を実践する際に足枷となる現行法制を速やかに手直ししておくべきだった。

(3)せめて霞が関改革ぐらいは党内の意思統一を
 (a)閣僚は、マニフェストに共通の認識、了解を持っていなかった。 
 (b)珍妙な例・・・・マニフェストに記述されている国の地方出先機関改革を具体化させる段階になると、関係省の副大臣や政務官が猛烈に反対した。官僚から吹き込まれた屁理屈をひたすら言い募った。マニフェストなど自分には関係ないとでも言わんばかりだった。
 (c)せっかくの改革プランが身内の政治家によって共有されていなかった。その空隙をついて、官僚が彼らの論理を政治家に注入した。改革は力を失い、野田内閣のもとではとうとうフェイド・アウトしかかっている。霞が関改革ぐらいは党内で共有しておくべきだった。与党の国会議員が官僚とつるんで改革を骨抜きにするようでは政治主導など望むべくもないからだ。

 以上、片山善博「「政治主導」はなぜ挫折したか ~片山善博の「日本を診る」第36回~」(「世界」2012年10月号)に拠る。

 【参考】
【政治】野田佳彦・ザ・財務省の傀儡、民主党の来るべき凋落 ~歴史はくり返す~
【政治】片山善博の、なぜ政治が機能しないのか
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【原発】「脱原発基本法」案が国会に

2012年09月14日 | 震災・原発事故
(1)いま、なぜ脱原発法なのか
 8月22日、「脱原発法制定全国ネットワーク設立」(代表世話人:河合弘之・弁護士/脱原発弁護団全国連絡会、ほか)が設立された【注1】。
 原発推進は原子力基本法の中に謳われ、日本の国策(エネルギー政策の中心)になっているからこそ、国策として脱原発を宣言する必要がある。
 国民の8割が、原発をやめてほしい、と思っている【注2】。
 1976、1983、2000年などの人権擁護大会で原子力政策の転換、原発の段階的廃止を決議してきたが、具体的な政策にしていく取り組みをしてこなかった。決議を現実化する運動が必要だ。【宇都宮健児・前日弁連会長、8月22日の記者会見】
 福島原発事故被害者の最大の願いは原状回復という意味での賠償だが、元の生活は戻らない。ならば、せめてこのような被害は自分たちで終わりにしてほしい、と被害者は切に願っている。【小野寺利孝・弁護士】

(2)高木仁三郎の悲願
 1986年のチェルノブイリ原発事故後にも、日本の原発反対運動が大きく高揚した。1988年4月の「原発とめよう! 1万人行動」には2万人が集まり、集会で高木仁三郎らが「脱原発法制定運動」が提案し、請願署名と超党派の議員立法によって脱原発法をめざすことになった。350万筆の署名が国会に提出されたが、法案は国会提出に至らなかった。
 今回の取り組みは、高木仁三郎が果たせなかった夢への再チャレンジだ。

(3)原発は倫理的なエネルギーではない
 原発は、「倫理的」なエネルギーではない。いったん事故が起これば、無限大の被害が発生する可能性がある。一度に大量の電源が失われ、エネルギー安全保障上も極めて脆弱なシステムだ。未だに放射性廃棄物の最終処理が確立されていない。仮に確立されても10万年以上の長い管理が必要とされる。原発による被害は、原発の利益を享受している現世代にとどまらない。今意思決定することのできない「未来の世代」も、事故のリスクに晒され、放射性廃棄物を大量に抱えこむことになる。

(4)提案の概要
 9月7日、脱原発基本法案が国会に提出された【注3】。
 (a)基本・・・・脱原発は遅くとも2020年度ないし2025年度までのできる限り早い時期に実現されなければならない。
 (b)具体的な政策
   ①脱原発基本計画の中で定める。
   ②新増設は認めない。 ⇒ 上関、東通、大間の各原発の許可は失効。島根3号機は運転開始を認めない。
   ③40年の寿命は例外を認めない。 ⇒ 敦賀1号機、美浜1号機、美浜2号機は運転開始を認めない。
   ④再稼働は、最新の科学的知見に基づいて定められる原子炉等による災害防止のための基準への適合性が確認されない限り、発電用原子炉の運転(運転再開を含む)をしてはならないことを条件とする。 ⇒ 福島第一5、6号機、福島第二1~4号機、柏崎刈羽1~7号機、浜岡3~5号機、女川1~3号機、東海第二、東通、玄海1号機は運転再開を認めない。美浜1~3号機、敦賀1、2号機、志賀1、2号機、大飯1~4号機、東通1号機等についても早期の廃炉決定が必要になる可能性がある。
   ⑤プルトニウムの商業利用は、即時停止を求め、再処理は停止して直接処分を進める。 ⇒ もんじゅは即時廃止。
   ⑥発送電分離・電力系統強化等の電力システムの改革や再生可能エネリグーの拡大・エネルギー効率の向上なども基本計画に取り入れる。
   ⑦寿命前の廃炉に対して電力会社に補償する。   

 【注1】頓所直人「脱原発法制定全国ネット設立で会見――「脱原発」を衆院選の争点に」(「週刊金曜日ニュース」)
 【注2】朝日紙の世論調査によれば、「原子力発電を全面的にやめるとしたら、いつごろが適当か」と7択で尋ねると、「すぐにやめる」16%、「5年以内」「10年以内」が各21%で、10年以内に脱原発を望む人が計58%となった。他の選択肢は「20年以内」16%、「40年以内」6%、「40年より先」2%、「将来もやめない」8%だった。【記事「脱原発「10年以内に」6割 朝日新聞世論調査」、朝日新聞2012年8月25日00時39分】
 【注3】「脱原発法が国会提出されました!」(ブログ「脱原発法制定全国ネットワーク」)。

 以上、河合弘之/海渡雄一「脱原発法で原発推進の国策にとどめを」(「世界」2012年10月号)に拠る。
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【原発】事故被害者の権利回復はどうあるべきか

2012年09月13日 | 震災・原発事故
 (承前)
 
(5)「ふるさとの喪失」による精神的苦痛
 東電への「包括請求」は、精神的苦痛への慰謝料、営業損害、就労不能に伴う損害・・・・に適用される。
 慰謝料は、一人月額10万円だ。「包括請求方式」によると、
  (a)(1)-①・・・・1年分(120万円)【注】
  (b)(1)-②・・・・2年分(240万円)
  (c)(1)-③・・・・5年分(600万円)
 月額10万円という額を決めたのは紛争審だが、議事録によれば、主に避難生活の不自由さ等を念頭に置いたものだ。しかし、避難者はふるさとを追われ、土地に密着した営みをまるごと失った。「ふるさと喪失」という深刻な被害、それに伴う精神的苦痛は計り知れない。別の土地に住居を再取得したとしても、こうした被害の回復には、はるかに及ばない。
 政府と東電は、この甚大な被害をかえりみず、放置している。

(6)避難者の目からみた「復興」
 政府と東電は、不十分な「手切れ金」で被害補償を終わらせようとしている。しかも、補償打ち切り後に避難者の生活再建の課題が託される「復興」施策は未知数だ。
 帰還のモデル自治体は川内村だ。大半が旧緊急時避難準備区域(昨年9月解除)で、4月から(1)-①と(1)-②に再編された。今年3月、地元で役場業務が再開された。しかし、帰村者は村民2,800人中750人と伸び悩んでいる(8月3日現在)。しかも、帰村者の中には避難先と自宅の二重生活をする人も含まれている。「完全帰村者」は342人(12%)にすぎない。もともと川内村にはスーパーや大型店がなく、村民は原発の近くまで買物に行くのが普通だった。しかし、事故後はそれができなくなった。生活上の「利便性」は、避難者の多い郡山市のほうが、むしろまさっている。村では除染も進められているが、その効果を疑問視する村民は少なくない。特に裏山を抱えた家などに、そうした声が多い。
 (1)-①ですら、年間積算線量の上限は20mSvで、通常時の基準の20倍だ。地域の将来を担う若い世代、子育て世代の間で帰還へのためらいが生まれても不思議ではない。
 帰還の判断において雇用の確保は重要だ。しかし、その量だけなく質にも注意しなければならない。政府は、避難区域のインフラ復旧と除染により数千人の雇用が生まれると試算している。川内村でも、「村の経済を支えるのは、主に除染作業員と調査員」だ。
 しかし、除染作業に従事することに、住民の抵抗感が強い。ある農家の長男(50歳代)は、補償金をもらって、代わりに除染作業を用意されても、まったく納得できない、と言う。仕事は単なる収入源ではない。「生きがい」や「夢」と深く関わっている。そもそも、なぜ被害者が事故の後始末をしなければならないのか。反発は当然だ。
 除染の効果は疑問だし、除染作業による被曝の懸念もある。除染で多少放射線量が下がっても、帰村するのは高齢者ばかりではないか。【長谷川健一・飯舘村行政区長】
 現状では、避難者たちが地元に戻り、どのように生活を「再建」していくか、具体的にイメージするのは困難だ。「復興」施策があまり魅力的に映らないこともあろう。そうした中で、補償打ち切りだけを先行させても、避難者の帰還を促すことにはならない。

(7)原発事故は「収束」していない
 (1)で示したように、避難区域の再編と補償打ち切りの前提は、「事故収束」だ。
 しかし、避難者は「事故は収束していない」という。
 放射能が飛散したから、だけでなく、事故が収束していなくて危険だから避難しているのだ。【富岡町の避難男性】
 昨年の原発爆発は始まりであって、問題はむしろ、これからもっと起こってくるのではないか。【南相馬市の避難男性】
 避難者の被害の核心は、「避難」の事実そのものにある。進行中の区域再編と避難指示解除は、避難者から「避難性」を剥奪する。
 しkし、事故が収束していないなら、避難を続ける権利もまた、認められなければならない。多くの福島県民が、事故は収束してない、と感じているのに、区域再編と帰還を推し進めても果たしてうまくいくか。

(8)被害者の権利回復のために
 秋元理匡・弁護士によれば、被害者が受けた権利侵害は次のようなものだ。
  (a)居住・移転の自由(憲法22条1項)
  (b)財産権(同29条)
  (c)幸福追求権(同13条)・・・・ふるさとを追われ、土地にねざす数々の営みを失った。これは「生きがい」や「夢」を奪われたのと同じだ。
 こうした被害を全面的に補償・回復していかねばならないのだが、東電が進めている被害補償にはきわめて重大な欠陥がある。
  ①避難者に対し、生活基盤の再取得を保障し得ない。
  ②「ふるさと喪失」という深刻な被害が考慮されず、慰謝料が低額に抑えられている。
 これでは、被害者の権利を回復することはできない。むろん、金銭的な補償だけで避難者の生活再建が可能になるわけではない。その他の支援措置や「復興」施策との連携も必要だ。しかし、現状では、避難者の生活再建に、補償の多寡が大きく影響する。
 東電の補償基準は、加害者すら認める最低限の内容であり、被害はその範囲を大きく越えて広がっている。その広がりを明らかにしていく作業が求められる。

 【注】「(1)-①」以下は、「【原発】補償打ち切り ~経産省と東電の方向づけ~」参照。

 以上、除本理史「原発避難者に迫る補償打ち切り」(「世界」2012年10月号)に拠る。
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【原発】補償打ち切り ~経産省と東電による方向づけ~

2012年09月12日 | 震災・原発事故
(1)進む避難区域再編と補償打ち切り
 今年4月から、避難区域の再編が矢継ぎ早に実施されている。計画的避難区域が3区域(①避難指示解除準備区域、②居住制限区域、③帰還困難区域)に再編された。主眼は、「帰還」を促す点にある。3区域は、帰還までにに要する時間の違いによって分かたれた。
 避難指示が解除されれば、避難によって生じていた被害はなくなる。よって、補償を打ち切る。・・・・というロジックが底にある。
 ある程度まとまった「手切れ金」を払って、補償を終わらせていくのだ。
 今年7月下旬、経産省と東電によって、「手切れ金」の詳細が発表された。経産省が補償の「考え方」を示し、東電が具体的な基準を公表するかたちをとっている。
 区域再編と補償打ち切りは、政府の「事故収束」宣言(昨年12月16日)に端を発する。

(2)帰還をうながす「アメとムチ」
 政府は、「事故収束」宣言以降、かなり強引に住民の帰還を推し進めようとしている。補償打ち切りも、その中に位置づけられる。これは、「復興」施策と連動している。
 補償打ち切りとともに、雇用などのかたちで帰還をうながすインセンティブを与えていく・・・・「原子力損害賠償円滑化会議」における経産省の発言に、かかる姿勢がはっきり読み取れる。補償打ち切りは、少なくとも「復興」のための必要条件と考えられている。補償打ち切り後の、避難者の生活再建に向けた政策的対応は、復興施策全般の中に「解消」されていくことになる。
 こうした「考え方」の中で経産省は、帰還者と移住者に対する補償条件を同一にし、帰還か移住かの判断に影響を与えないよう努めた、と述べている。たしかにそうだが、他方では補償打ち切りの方向性は明確に示されている(これこそ肝心な点)。

(3)加害者「主導」の補償打ち切り
 原賠法によれば、原子力損害賠償紛争審査会が被害補償に関する「一般的な指針」を策定することになっている。昨年8月以来、紛争審の指針を踏まえて東電が独自の補償基準を作成し、請求を受け付ける、という流れが定着してきた。
 紛争審の指針は、裁判をしなくても補償されることが明らかな被害を列挙したものであり、しかも最低限の目安だ。しかし、東電は、指針を補償の「天井」のように扱い、それ以上の支払いを容易に認めない。のみならず、指針に書かれていない基準を勝手に決めて補償範囲を限定しようとしたり、指針に明示された補償を策送りしようとした。
 世論の批判が強まって、東電は次第に譲歩を余儀なくされていった。また、紛争審の指針自体にも、補償範囲を狭く限定している、という批判が集まったので、昨年12月、「自主避難」に係る指針の追補が決まり、補償範囲の拡大などの動きが見られた。
 昨年8月、新法ができて東電はつぶれないことになった。東電の「まきかえし」が始まった。補償基準策定プロセスを紛争審から東電の手元に奪い取ってしまったのだ。
 紛争審は、今年3月に第二次追補を策定して以来、8月まで開催されなかった。その間に、東電と、東電と関係浅からぬ経産省とが(2)の「考え方」と補償基準を公表してしまった。
 8月の紛争審では、経産省と東電が前記「考え方」を説明した。これまでと立場が逆転している。紛争審の役割後退は明らかだ。

(4)生活基盤「再取得」の補償を
 7月に出した基準のなかで、東電は財物に対する補償方法と「包括請求方式」を示している。(1)の「手切れ金」とは、このことだ。財物(土地・家屋など)や慰謝料などが、将来にわたり数年分を一括請求できるよう「工夫」されている。このうち財物の補償は、東電が先送りしていたもので、やっと基準を示したものだ。
 その基準によれば、土地・家屋について、
  (a)(1)-③・・・・「事故前の価値」の全額を補償。
  (b)(1)-①、②・・・・事故時点から6年で全損、早く帰還できた場合はそれに応じて補償を減額。
  (c)(a)において家屋は、「事故前の価値」に「経年減価」が考慮される。<例>築48年以上の家屋は新築価格の2割しか補償されない。
 (b)の減額措置が示されたため、特に汚染が深刻な地域で、早期帰還をためらう自治体が出ている。大熊・富岡・浪江の各町長は、住民の賠償条件を一律(全損)にするため、町としては5年間は戻らない方針を明らかにしている。復興を進めるには「逆効果」だった。
 また、(c)の減額措置に、自治体から反発が出ている。原発事故被害地域には古い家屋が多いからだ。
 (b)と(c)の減額措置が適用されると、新たに住居を取得するのが困難になる場合もあり得る。
 住居を再取得すると言っても、あくまで居住スペースの確保にすぎず、原状回復からはほど遠い点に留意しなくてはならない。
 さらに、比較的新しい家屋の場合でも、ローンが残っているかもしれない。
 個々の事情によって異なるが、財物の補償より慰謝料などの他の補償が多くなることもあろう。

 (続く)

 以上、除本理史「原発避難者に迫る補償打ち切り」(「世界」2012年10月号)に拠る。
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【原発】事故避難者の深い精神的苦痛

2012年09月11日 | 震災・原発事故
(1)精神的損害の過小評価
 精神的苦痛に係る損害額は、原子力損害賠償紛争審査会の中間指針(昨年8月)は、
  (a)事故発生から6ヶ月間は1人当たり月額10万円
  (b)避難所などでの避難生活を強いられた場合は月額12万円
とするのが「合理的」と記す。原発避難者は交通事故で入院した場合と比べて身体障害を伴わず、行動が一応自由であるから、精神的苦痛の程度は軽い、というのがその根拠だ(自賠責における慰謝料は月額12万6千円)。

(2)アンケート調査
 今年3~4月、埼玉県内に避難中の福島県住民2,011世帯を対象に、実施した。
 (a)質問紙IES-Rにおいて、全体平均が36.2点(非常に高い)。67%の者がPTSDの可能性が高い。
 (b)質問紙SRS-18では、全体平均が男女とも「抑鬱・不安」「不機嫌・怒り」「無気力」「合計点」のすべての尺度において成人基準値の「高い」
レベルにあり、男性では76%、女性では77%もの者が「高い」心理的ストレス反応を示している。
 (c)(a)、(b)の結果は、原発事故避難が、過去の様々な自然災害や人為災害(阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件など)による精神的苦痛と比較しても、いっそう「高い」精神的苦痛であることを示す。
 (d)これらの精神的苦痛は、「仕事の喪失の有無」「生活費の心配の有無」「貯蓄の有無」「相談者の有無」「悩み対処の方法」「生活面で協力しあっていた人の喪失の有無」によって、統計学的に有意差があった。つまり、社会的要因(生活・経済状況や就労状況、そして地域とのつながり)が、原発避難者のストレス状況に大きな影響を及ぼしている。

(3)自殺予防の観点からの総括
 (a)今年5月、浪江町のスーパー経営者(62歳)が一時帰宅した際、町内の倉庫で縊死した。男性は、原発事故後、福島市内の借り上げ住宅に妻と父の3人で避難生活を送っており、妻に「浪江で商売ができなくなり、この先どうしていいかわからない」、「このまま生きていても仕方ない」、「夜眠れない」などと話し、睡眠導入剤を使用していた。
 (b)復興庁は、今年5月11日に、「震災関連死」が1都9県で計1,632人に上る、と発表した。
 (c)政府の「自殺総合対策大綱」には、自殺対策の基本認識として、「倒産、失業、多重債務等の経済・生活問題の外、病気の悩み等の健康問題、介護・看病疲れ等の家庭問題など、様々な悩みにより心理的に追い込まれた末の死」であると記載されている。
 (d)日本では、1998年から現在まで、自殺者が14年連続で3万人を超えている。
   ①自殺原因は、健康問題47%、経済・生活問題20%、家庭問題14%、勤務問題9%など。【警視庁発表、2010年】
   ②しかし、自殺の原因は決して独立したものではなく、平均的に4つの危機要因が連鎖して発生している。社会的な問題が契機で、個人の生活や内面的な心の問題にまで連鎖し、最終的に鬱病になて自殺を来す、というメカニズムだ。【清水康之・NPO法人「自殺対策支援センター・ライフリンク」代表】

(4)「心のケア」だけでなく「社会的ケア」を
 (a)東電に対する賠償金請求書に、「避難生活等による精神的損害」に含まれ、「その他」での請求の対象とならない品目例は、外出着などの「日用被服」、食費などの「生活用品等の消耗品」、ガス料金などの「水道光熱費」が列記されている。・・・・これでは「精神的損害」に対する慰謝料になっていない。
 (b)異常な社会的要因が原発避難者の身の上に積み重なっていることを理解するならば、自殺予防の観点からも、「雇用や生活苦」などの社会的問題の解決を急がなければならない。重要なことは、「心のケア」だけでなく、その根本にある社会的問題に対する「社会的ケア」なのだ。「社会的ケア」は、医療+福祉+教育+法律のすべての分野における行政と民間の協働だ。
 (c)根本的に必要なことは、帰還や移住に関する政府の方針とスケジュールを早めに明らかにすることだ。帰還と移住の見通しが立てられれば、雇用や住宅の問題が解決されやすくなり、精神的苦痛もある程度減少するだろう。
 (d)次に必要なことは、精神的損害への慰謝料の中に生活費を含めるような問題ある姿勢を是正し、損害賠償を適正化させ、司法処理のスピードを上げることだ。そして、原子力災害以前と同様の生活が営めるだけの生活費を補償すること、雇用の確保、住宅の長期的確保、帰還者に対する十分な修繕費の支給、移住者に対する従前の土地・建物・家財の買い取り価格を保証することなどが必要だ。当面はみなし仮設としての借り上げ住宅制度を柔軟に運用し、転居や家族別居への対応も求められる。
 (e)家族が分散している理由として教育の問題も大きい。教育環境の整備のみならず、教育費の助成も必要だ。保育所や子ども園の充実、ベビーシッターやホームヘルパーの確保、就学に問題を抱えた児童生徒への援助も必要だ。社会的孤立への対処として、家庭訪問も必要だ。

 以上、辻内琢也「原発事故避難者の深い精神的苦痛」(「世界」2012年10月号)に拠る。
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【原発】大飯原発を停止させる ~大阪府市エネルギー戦略会議~

2012年09月10日 | 震災・原発事故
 (1)8月29日、大阪府市エネルギー戦略会議の終わり近く、古賀茂明・座長代理/特別顧問が切り出した。「夏の節電期間は間もなく終わります。改めて戦略会議としての基本的立場を明確にしておく必要がある」「われわれは大飯原発には安全性に問題がある、再稼働させるべきではない、と主張してきた。再稼働はあくまで暫定措置で、節電は9月7日まで、となっている。皆さんの賛同がいただければ、節電期間が終わったら止めるということを明確にしておいたほうがいいと思います」
 異論はなく、9月4日に戦略会議としての意見をまとめて発表することを申し合わせた【注1】。

 (2)橋下市長も運転停止を主張する、と目される根拠は、8月29日の会議前に飯田哲也・環境エネルギー政策研究所長が委員に復帰したことだ。
 8月29日の会議で、飯田が用意した23ページの資料【注】は、今後の原発政策を次の2つの選択とした。
  (a)再稼働をなし崩しに強行する「強行突破シナリオ」
  (b)「国・電力・経済界・国民の四方良しシナリオ」・・・・すべての原発を2年ほど止める「モラトリアム期間」を設け、国民投票を含む熟議を重ね、安全性を見直し、合意に沿った脱原発政策を進める。

 (3)飯田は、委員に復帰するに当たり、「橋下さんが本気で脱原発に取り組まなかったら、途中で委員を辞任する」と周囲に伝えた。
 戦略会議で決めたことを市長がまた覆すようなことが起きたら、委員の何人かが辞表を出す、という申し合わせがひそかにあった、と聞く。【会議関係者】
 戦略会議の顔ぶれを見れば、「原子力ムラ」から距離を置くのは独り飯田のみではない。
 植田和宏・座長/京大教授は環境経済学者。中立性が評価され、再生エネルギーで発電した電気の買い取り価格を決める調達価格等算定委員会委員長も務める。
 古賀茂明は、官僚支配で動く国政では変えようのない原発政策に、橋下と組んで「対案」を示そうとしている。
 佐藤暁・原子力コンサルタント、河合弘之・弁護士、長尾年恭・地震学者なども自らの信念で「脱原発」に取り組んできた専門家だ。
 そんな面々が辞表を出す事態になったら、橋下人気は揺らぎかねない。

 (4)9月4日の戦略会議で、「大飯原発の運転停止、原発ゼロをめざす脱原発」が決議されると、ボールは橋下に渡る。
 橋下市長は、停電になったら死者が出る恐れがある、と関電や関経連に言われ、ビビッたけど、騙された、反省している、と言っていた。【河合委員】
 関西経済連合会(会長:森詳介・関電会長)が再稼働では「橋下説得」に成功したが、最近は橋下や松井知事との間に溝ができているらしい。
 戦略会議は、9月4日の会議に関経連の代表を呼んで意見を聞くことになっていたが、関経連は出席を見合わせた。
 大阪府が来年1月に予定していた大阪新エネルギーフォーラムも中止になった。大阪府が、基調講演を植田・戦略会議座長に頼んだことに、関経連や近畿経済産業局が反発して共催を降りたためだ。「脱原発色が出るのでは当初の話とちがう、と折り合えなかった」(関経連広報)
 だが、植田はここう語る。
 「私たちは政策を論議しているのではありません。原発の安全性を確認するにはどうしたらいいのか、専門家として考えているだけです。電気が足りるか足りないかで原発を動かすかどうかを決めるのはおかしい。事故が起これば東電という巨大産業が倒産するほどの事態になる。どうすれば安全か、頭を冷やして考えるのが福島の教訓ではないでしょうか」

 【注1】9月4日、大阪府市エネルギー戦略会議は、大飯原発3、4号機の停止を政府と関電に求める緊急声明をまとめた。声明は、「明確な長期的方針や十分な安全基準もなく原発を動かすのは、国民の意思をくんだものではない」と、大飯原発再稼働に踏み切った野田政権を批判している。4月に橋下徹市長が首相官邸で藤村修官房長官に申し入れた「原発百キロ圏内の都道府県との安全協定締結」などを柱とする原発再稼働八条件に関しては「全く満たされていない」と非難した。【記事「大飯原発 大阪府市が停止要求 緊急声明」(東京新聞2012年9月4日 夕刊)】
 【注2】「リアルな脱原発の実現シナリオ

 以上、山田厚史(ジャーナリスト)「大飯原発停止を求める事情」(「AERA」2012年9月10日号)に拠る。
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【消費税】の地方税化は地方分権と矛盾 ~大阪維新の会「八策」~

2012年09月09日 | 社会
 大阪維新の会「維新八策最終版」(8月31日まとめ)は、消費税の地方税化を提言している。しかし、この提言は、地方分権と矛盾する。

(1)論点の整理
 (a)維新八策は、現行の地方消費税(1%)の比率を高め、5%のすべてを地方消費税にするということか?
 (b)(a)ならば、消費税の徴収は国が行い、税収は地方が全額もらう、ということで、単なる国と地方の税収の取り合いの問題にすぎない。
 (c)しかも、徴税は国、税収は地方、というのは究極の国依存だ。その結果、地方への配分に関して恣意的な判断が被梅雨とされれば、国の権限は強くなる(地方分権と正反対の方向)。
 (d)維新八策は、地方交付税の廃止を提言している。その場合、消費税全額を地方に回しても、地方の取り分は現在より13兆円程度減少する。
 (e)(d)の減少を補うには、消費増税する必要がある。住民税・事業税が今後伸び悩むから、将来の消費増税は不可避だ。
 (f)(b)ならば税収を全部地方へもって行かれるから、(e)の消費増税の作業を国が行うインセンティブはなくなる。
 (g)(f)からして、(a)を実施するには、各地方自治体が消費税を徴収し、それを自らの財源とする方式しかあり得ない。

(2)(1)-(g)の問題点
 (a)税収の地点と公共サービスの地点が一致しない。
   <例>埼玉県の住民の多くが東京に通勤し、そので食事・買物をして、消費税は東京都の収入になる。他方、埼玉県の自治体が提供するサービスは、警察・消防・清掃など住民に対するものだ。よって、ベッドタウン的自治体は、支出は必要だが、それを賄う財源がない状態に陥る。
 (b)現行の地方消費税では、地方への配分に当たり、(a)を考慮して調整している。中央集権的制度ゆえに問題が軽減されている。しかし、地方が自ら徴税することとすると、こうした調整が行えなくなる。
 (c)本来の地方分権を目指すのであれば、消費税率も各自治体が独自に決定できることとすべきだ。しかし、そうすると、税率の低い自治体に消費が流れる、という問題が生じる。
   <例>埼玉県は住民が多く、対住民サービスの必要量が多いので財源確保のため消費税率は高い、と仮定する。他方、栃木県の消費税率は低い、と仮定する。その場合、埼玉県民は栃木県で買物して消費税負担額を減らそうとする。
 (d)(c)の結果生じる問題は、最終段階にとどまらない。取引の中間段階で生じる問題は、さらに深刻で複雑だ。①税率の高い自治体と②税率の低い自治体が混在すると、業者は②の業者から購入しようとする。今の日本のようにインボイスがないと、全国平均税率での控除になり、②の業者からの仕入れには益税が発生し、①の業者からの仕入れでは消費税を負担するか、売上価格を引き上げざるを得なくなる。→①の業者の売上げは減少する。→業者は①から逃げ出す。
 (e)かくして、かなり大きな経済的攪乱が生じる。もともと消費税は地方分権になじまない税であって、中央集権国家に適した税だ。分権的性格が強い米国はいまだに付加価値税を導入していない(州税に単段階の売上税があるのみ)。

(3)自治体の広さ
 (a)地方税改革を論じるには、自治体の広さを決める必要がある。これが決まらないと、最適な地方税の問題は議論できない。
 (b)維新八策は道州制を導入する、としている。が、地方財政の基礎単位を道州にするのは、広すぎる。今の市レベルの財政をどう位置づけるかを明確にする必要がある。
 (c)最適な自治体の広さは、問題の性質にもよる。「首都州」は(2)-(a)の問題のかなりを解決するが、(2)-(c)、(d)の問題は道州制でも解決できない。

 以上、野口悠紀雄「消費税の地方税化は地方分権と矛盾する ~「超」整理日記No.626~」(「週刊ダイヤモンド」2012年9月15日号)に拠る。
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【震災】被災地公務員の「心の病」

2012年09月08日 | 震災・原発事故
 (1)香山リカは、自治労と協力して「被災地で働く公務員のこころのケア事業」に携わっている。
  (a)被災3県で、臨床心理士などによるカウンセリング方式の「こころの相談室」、数十人規模で行うセミナー、10人単位の座談会、家族も含めた職員への「ありがとうコンサート」などを行い、9月からは週に2回の電話相談もスタート。
  (b)こうした活動に参加する理由は、①被災地の公務員の心はストレスで極限状態にあり、②そのケアが驚くほど遅れているからだ。

 (2)なぜ公務員の心のケアが必要か。
  (a)惨事ストレス・・・・大災害が起きると、被災者はもちろん、救援、支援、報道などに携わる人にも心に大きなダメージを受ける。災害直後の不眠、興奮状態、自責、抑鬱などの感情の変化だけでなく、それが数ヶ月以上長びいて、フラッシュバックを伴うPTSDや燃え尽き症候群、鬱病に移行するケースもある。かかる重篤な心の危機状態は、被災者よりむしろ支援者に起こりやすい。また、災害発生直後より1~3年経過後が発症のピークとなる。
  (b)次のような条件が重なった場合、被災者より支援者に重い惨事ストレスが起きやすい。「社会的責任が大きい」「混乱した状況の中、迅速な対応を求められる」「自らも被災者」「遺体や遺族との関わり」「心の準備がない」・・・・。これは被災地の公務員が置かれている状態にぴったり一致する。

 (3)被災地の公務員の実態は、次のようなものだ。
  (a)震災前まではパソコンで書類を作成する業務に従事していた者が、遺体安置所で遺体の衣類を洗浄し、土葬を手伝い、また掘り起こして火葬にする。
  (b)自分の家族も行方不明になったが、避難所で寝泊まりするよう指示が出た。家族を捜す安置所回りができなかった。
  (c)支援物質が来ても、まず住民が優先。市庁舎に寝泊まりしている職員は、賞味期限の切れたパンやおにぎりを、それも1個だけという日が続いた。
  (d)役場のテレビで自宅が津波に流される映像を見たが、住民や部下のことを思ったら帰るわけにはいかなかった。
  (e)そんな生活が何ヶ月も続く。さらに仮設住宅ができればそこの入居を手伝ったり、新しい都市計画を練ったり、業務は果てしない。
  (f)罹災証明書の発行や死亡届などの各種手続き、義援金の分配などをめぐって住民と直接接する業務の中では、激しいクレームを受ける場面も少なくない。
  (g)何時間も怒鳴られ続けたり、土下座しろと言われたりしていると、だんだんこっちも参ってくる・・・・と「こころの相談室」で思いを吐露した軽い鬱状態の職員に受診を勧めても、「また地元の人に何を言われるか分からないから、もう少し自分で頑張ってみる」。

 (4)8月24日、新聞は一人の公務員の縊死を報じた。その35歳の男性は、岩手県盛岡市から陸前高田市に派遣され、震災復興業務に携わっていた。彼は盛岡市では道路管理課に所属し、陸前高田市では壊滅的な被害を受けた漁港を復旧するという慣れない業務に携わった。遺書にいわく、「希望して被災地に行ったが、役に立てず申し訳ない」。

 (5)被災地で超人的な働きを続けている公務員にさらに追い打ちをかけているのが、彼らに対する評価があまりにも低いことだ。それどころか、一方的な非難や批判が寄せられることだ。
  (a)自衛隊員の任務は、たいへんきついものだったが、彼らは「報われた」という気持ちを十分に味わっていて、それが心を癒す働きをしている。彼らの働きはテレビでも繰り返し報道されたし、感謝の手紙も全国から届いた。航空自衛隊松島基地には、長渕剛による慰労ライブが開かれた。
  (b)自衛隊員や消防隊員を除く公務員の場合、「大変ですね、お疲れさま」の一言もない(それだけで疲れやストレスが半減するのだが)。それどころか、「なぜ被災者への対応がこんなに遅いのか」といった批判的なメールが寄せられることもある。その上、いくつかの自治体では、「首長までが自分たちを守ってくれない」。「まだまだ職員にはやらせなきゃ」「残業代はカットします」などと、公務員叩きみたいなことを強調する。「ミニ橋下路線」を狙って有権者の支持を得ようとしても、部下のモチベーションが下がるだけだ。

 (6)今年になってようやく地方公務員災害補償基金からまとまった予算が組まれることが決まったが、いまだに「全員の面談」や「継続的な相談体制」などの実施には至っていない。

 以上、香山リカ「誰からも評価されない 香山リカが見た被災地公務員の苦悩」(「AERA」2012年9月10日号)に拠る。
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【原発】「国家安全保障のための原子力」という公理

2012年09月07日 | 震災・原発事故
 機微核技術(SNT)への日本政府の強い執着の背景にあるのが、「国家安全保障のための原子力」という公理だ。日本は核武装をさし控えるが、核武装のための技術的・産業的な潜在力を保持する方針をとり、それを日本の安全保障政策の不可欠の部分とする、というわけだ。
 この公理に立脚した核戦略は、「核武装スタンバイ戦略」と呼び得る。この戦略は、日米(軍事)同盟のスタビライザーとしての機能を担う。

 (1)米国の大方の軍事・外交関係者から見ると、日本の核武装は絶対に容認できない。日本の軍事・外交の自主性の向上に寄与し、結果として日米同盟を不安定化させるからだ。
 しかし、日本の「核武装スタンバイ戦略」保持は米国にとっても利益がある。
  (a)米国はこれを中国をはじめ東アジア諸国に対して外交カードとしてさまざまの形で利用できる。
  (b)日本が機微核技術開発をやめてしまえば、この外交カード自体がなくなってしまう。
  (c)核兵器非保有国のなかで日本に対してのみ、機微核技術開発利用の特権を付与することで、日本の関係者の欲求不満を懐柔し、米国への忠誠心を高める効果がある。

 (2)日本の大方の関係者から見ると、核武装の権利を封じられるのは不本意だ。しかし、日本の「核武装スタンバイ戦略」保持は、米国に対する外交カードとなり、米国のいわゆる「核の傘」がいかなる場合にも確実に機能することの担保となる。米国が「核の傘」政策を少しでも弱めれば、日本は離反し、核武装に走るかもしれない、という米国関係者の恐怖心が「核の傘」の確実性の担保となるわけだ。

 (3)「核武装スタンバイ戦略」は日米双方にとってメリットがある。
  (a)米国から見た日本の軍事的機能は、冷戦終結を境として、「東西冷戦の前進基地」から「アジア全域への軍事力投射のハブ基地」へと変化した。だが、米国の世界軍事戦略における最重要拠点としての日本の位置は微塵も揺らいでいない。日米同盟は米国の生命線だ。それに「核の傘」をかぶせることは、米国自身の利害関心に根ざす。
  (b)日本の安全保障政策関係者から見ても、「核の傘」は日本の安全保障政策の心臓部に相当する。必ず機能することが必要だ。

 (3)「国家安全保障のための原子力」には、軍事面以外に、先進的な核技術・核産業を持つことが世界の「一等国」としての国家威信の大きな源泉となる、という含蓄がある(「原子力は国家なり」。
 第二次世界大戦期の日本特有の歴史的経緯も手伝って、「国家安全保障」にはエネルギー安全保障の含蓄もある。当時の日本経済における石油依存度は低かったが、軍用燃料としての役割は絶大だった。一般国民向けには、この含蓄が強調して語られる。この公理の観点からは、殊に機微核技術に高い価値が与えられる。
 国家安全保養との密接なリンケージゆえに、原子力政策は日本でも今日まで国家の基本政策の一分野であると考えられてきた。「原発推進は国策」という常套句には、国家安全保障の根幹をなす政策だから服従するしかない、という強迫観念が込められていることが多い【注】。

 【注】数々の原発裁判で原告が敗北を重ねたのは、裁判官がこの「公理」に幻惑されたからだと思われる。

 以上、吉岡斉『脱原子力国家への道』(岩波書店、2012)の第6章「日米原子力同盟の形成と展開」に拠る。
 
 【参考】
【原発】『脱原子力国家への道』
【原発】日本政府はなぜ脱原発に舵を切れないか ~日米原子力同盟~
【原発】福島原発事故による被害の概要
【原発】福島原発事故の教訓
【原発】エネルギー一家の家族会議 ~総合資源エネルギー調査会~
【原発】脱原子力へ向かう時代 ~社会史~
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【原発】脱原子力へ向かう時代 ~社会史的に~

2012年09月06日 | 震災・原発事故
 (1)日本の原子力開発利用の社会史の時代区分として、次の6つの時期からなる時代区分を行うことができる。
  (a)第1期:戦時研究から禁止・休眠の時代(1939-53) 
  (b)第2期:制度化と試行錯誤の時代(1954-65)
  (c)第3期:テイクオフと諸問題噴出の時代(1966-79)
  (d)第4期:安定成長と民営化進展の時代(1980-94)
  (e)第5期:事故・事件続出と開発利用低迷の時代(1995-2010)
    ①国民的不信の高まりの時代(1990年代後半)
    ②電力自由化危機の時代(2000年代前半)
    ③アンシャン・レジーム再建の時代(2000年代後半)
  (g)第6期:脱原子力へ向かう時代(2011-)

 (2)脱原子力へ向かう時代
  (a)3・11の福島原発事故により、従来の政策は大きな見直しを迫られている。原発を偏重してきた従来の原子力・エネルギー政策が転換される可能性が高い。エネルギーに関する国家計画に原発の維持・拡大を盛り込むことは不可能になるだろう。原発に対する政府による手厚い保護・支援は解除されるだろう。
  (b)安全基準が従来より抜本的に強化される結果、それをクリアすることは容易ではなくなるだろう。そうなれば、原子炉の新増設が実質的に不可能となる。
  (c)日本の原発の設備容量のピークは、2006年(4,958万kW)だ。全国に55基の原発が存在していた。中部電力浜岡1、2号機が廃止され(2009年1月)、日本の原発設備容量はわずかに現象したものの、北海道電力泊3号機が運転開始した(2009年12月)。当初の予定(2011年12月)に中国電力島根3号機が運転開始すれば、新たなピークが出現するはずだった。
  (d)3・11を境に状況は大きく変化した。①東京電力福島第一原発1~4号機は廃炉が確実だ。②5、6号機は原子炉施設自体は破壊されていないが、福島県民の原発および東電に対する信頼が崩壊したことと、高濃度の放射能で汚染された立地条件からして、やはり廃炉が確実だ。③東電福島第二原発の4基は、周辺地域を含めた除染が進めば立地条件は将来的にはクリアされるかもしれないが、福島県民の原発および東電に対する信頼が崩壊したために、やはり運転再開は困難だ。④中部電力浜岡原発の3~5号機も、閉鎖される可能性が高い。かくて、少なくとも13基の発電用原子炉が廃止される。
  (e)(d)以外の原発のうち老朽化が進んだ原発、設計・施工上の難点を抱える原発、地震・津波などの自然災害リスクの高い原発、過去の地震により損傷を受けた原発などは、福島原発事故を契機に廃止される可能性がある。そうなれば、日本の原発は40基を大きく割り込むことになる。
  (f)原発の新増設は、今後まったく行われなくなるか、少なくとも長期にわたり停止されるだろう。
  (g)(f)の間に、既設の老朽原発の廃止が徐々に進むため、原発の基数・設備容量は今後、政府の政策転換の如何に拘わらず、着々と減少していくこととなろう。殊に核燃料サイクル事業は、真っ先にリストラの俎上に載せられ、事業継続がきわめて困難になるだろう。

 以上、吉岡斉『脱原子力国家への道』(岩波書店、2012)の第5章「日本はいかにして原子力国家となったか」に拠る。

 【参考】
【原発】『脱原子力国家への道』
【原発】日本政府はなぜ脱原発に舵を切れないか ~日米原子力同盟~
【原発】福島原発事故による被害の概要
【原発】福島原発事故の教訓
【原発】エネルギー一家の家族会議 ~総合資源エネルギー調査会~
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【原発】エネルギー一家の家族会議 ~総合資源エネルギー調査会~

2012年09月05日 | 震災・原発事故
 経済産業省総合資源エネルギー調査会の基本計画部会および需給部会は「異様な世界」だ。

 (1)その審議の進め方を一言で言えば、「エネルギー一家」の家族会議だ。家族会議のアナロジーがよく当てはまる様式が採用されている。すなわち、家長(資源エネルギー庁)が、家族構成員(エネリグー関連諸業界、ガス業界など)が納得してくれるような裁定を下すのだ。
 この様式の根底にある認識は、国家政策は国民や人類の公共利益のためではなく、「エネルギー一家」のためにある、という認識にほかならない。

 (2)その認識によれば、何が公共利益にもっとも適う政策上の選択肢であるかについて、必要な情報をすべて揃えた上で徹底的な論争によって結論を出す場・・・・ではない。事務局を務める官庁が、業界関係各委員(その多くは職指定で指名される)の主張を聴取した上で、そのすべてに配慮した報告書をまとめ、各委員の同意を得るための場・・・・なのだ。
 業界との結びつきが希薄な第三者委員の意見は、官庁が「落とし所」【注1】として予定している結論に背反しないものは採択し、背反するものは棄却する・・・・これが事務局の使命だ。
 エネルギー政策は、私的な案件(<例>遺産相続)とは異なり、公共政策だ。そこにおいてかかる仕組みがとられているのは問題だ。

 (3)(2)のような仕組みにおいては、事務局が核委員の意見を採否する権限を掌握している。
 各委員は、意見を聞き届けてもらうための「陳情」を行う立場に置かれる。その立場は、公聴会の意見発表者と何ら変わりがない。委員に事実上の決定権はない。
  (a)委員は2つの階層に分かれる。
    ①上位階層・・・・意見を聞いてもらいやすい業界関係委員。
    ②下位階層・・・・それ以外の第三者委員(事務局の意向を汲んで議事の効率的な進行に貢献する一部の調整役的な委員を除く)。
  (b)公聴会の意見発表者は、さらにその下のランクだ。
  (c)パブリック・コメント提案者は、あらゆる発言者の中で最下位に位置する。

 (4)かかる仕組みは、あらゆる官庁の所属する政府審議会に、程度の差はあれ当てはまるもの【注2】だが、経産省わけても資源エネルギー庁においては、「紙芝居」のような単純明快な運営が行われてきた。
 そこでは、中抜きの長方形に机が並べられ、入り口側の長い一辺にずらりと座長と幹部役人が並ぶ。座長の横には、それぞれ資源エネルギー庁長官と総合政策課長が陣取る。残りの三辺には委員がアイウエオ順に並ぶ(回を重ねるごとに2席ずつ移動し、最終回までにほぼ一周する)。座長と役人は、形の上では下座に陣取ってはいるが、実質権限では「上座」に並んでいる。その「上座」に向かって各委員は意見陳述を行う。委員同士が議論することはめったにない。「上座」と「下座」の間のやりとりが大部分を占める。
 核の六面体構造における意思決定は、以上のような様式で行われる。
 そこで決定された計画は、直ちに閣議にかけられ、法律制定・改正に向けた動きと連動する。経産省は、こうしたスピーディな法律制定・改正を得意とする。

 【注1】いかに論理的・実証的に説得力のある議論を展開しても、事務局の望んでいる「落とし所」に適合しなければ、棄却されるだけだ。
 【注2】「【官僚】政策立案の成功が続く最大のからくり ~審議会システム~

 以上、吉岡斉『脱原子力国家への道』(岩波書店、2012)の第4章「日本の原子力開発利用の構造」に拠る。
 
 【参考】
【原発】『脱原子力国家への道』
【原発】日本政府はなぜ脱原発に舵を切れないか ~日米原子力同盟~
【原発】福島原発事故による被害の概要
【原発】福島原発事故の教訓
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【原発】福島原発事故の教訓

2012年09月04日 | 震災・原発事故
 (1)チェルノブイリ4号機で起きた核暴走、メルトダウン事故は、史上最悪の原発事故となった。低出力での試験中に核暴走をお越し、さらに数秒後に二度目の大爆発を起こした。それにより炉心の放射能の数%から数十%が建屋を突き破って爆発的に外部に放出された。その後10日間にわたり炉内で火災が続き、残っていた大量の放射能が黒煙とともに舞い上がった。放射能の大気への放出量は、ヨウ素131、セシウム137、ストロンチウム90の3核種のみで、ヨウ素131等量【注】で540万テラベクレルと評価されている。
 事故で放出された放射能は欧州全土を覆い尽くし、現地の人々の食生活を初めとする生活全般に大きな打撃を与えた。さらに、食品の放射能汚染により、日本人を含む全世界の人々の不安をかき立てた。

 (2)チェルノブイリ事故はソ連製の欠陥原子炉とソ連における原子力安全文化の欠如がもたらしたもので、自国ではほとんど起こり得ない・・・・と、欧米や日本の原子力関係者は、口を揃えて力説した。
 しかし、現実に歴史上チェルノブイリ事故に次ぐ巨大事故が、日本の福島で起こってしまった。

 (3)福島原発事故は、世界の原発に大きな影響を及ぼしている。
 殊にドイツでは、2002年の原子力法で定めた脱原発スケジュールを大幅に加速する決定が下された。
 スイスでも、原発新増設モラトリアム決定が脱原発決定へと進化した。
 イタリアでは、原発再稼働の企てが国民投票によって阻止された。
 他の原発保有国では、2012年4月現在、まだ劇的な変化はまだ起きていないが、福島原発事故の影響がこの程度にとどまるとは考えにくい。なぜなら、この事故を「特殊な国の、特殊な原子炉で起きた、特殊な事故」という対岸の火事のような事件として片づけることができないからだ。

 (4)福島原発事故は、、
  (a)チェルノブイリ級の超苛酷事故は、世界で何度も起こり得るノーマル・アクシデントであることが立証された。そして、実際に事故が起こった場合には破滅的な打撃を社会に与えるということを身近に実証した。
  (b)しかも、それが先進国でも起こり得ることが立証された。
  (c)さらに、世界標準炉である軽水炉が超苛酷事故に陥った、ということは、世界のどこでも超苛酷事故が起こり得ることを意味する。世界の指導者や市民は、それについて無関心を続けることはできない。
  (d)原発が、ある意味で核兵器に比肩する危険物であるという認識は、じわじわと世界に浸透していくであろう。
  (e)ゆえに、福島原発事故が世界の原子力開発利用に大きな打撃を与えることは必定だ。その打撃はボディブローのように、時間の経過とともに効いてくる可能性が高い。
 
 【注】放射性核種の「毒性」が同じ1Bqでも異なることを考慮した量。<例>セシウム137の1Bqはヨウ素131の40bqに相当する。プルトニウム239の1Bqはヨウ素131の10,000Bqに相当する。

 以上、注を含めて吉岡斉『脱原子力国家への道』(岩波書店、2012)の第3章「福島原発事故の原因と教訓」に拠る。
 
 【参考】
【原発】『脱原子力国家への道』
【原発】日本政府はなぜ脱原発に舵を切れないか ~日米原子力同盟~
【原発】福島原発事故による被害の概要
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【原発】福島原発事故による被害の概要

2012年09月03日 | 震災・原発事故
(1)原発事故対処要員
 原発事故対処要員の多くは、福島第一原発に勤務する従業員だ。チェルノブイリ級の超苛酷事故を防げなかった点で、周辺住民や国民全般に対する加害者としての側面を有するが、同時に、事故発生後の厳しい被曝労働を強いられている被害者でもある。
 殊に東京電力以外の機関・団体・企業に所属する要員や、福島原発事故以前に東電と契約関係がなかった事故対処要員については、加害者としての責任はない。東電関係者の中でも責任の濃淡の度合いに大きな差がある。大方の現場作業員にはほどんど責任がない。
 事故対処要員の多くは、毎日のように、高放射線レベルの環境の中で厳しい作業を続けている。その労働は苦役そのものだ。その多くは自発的に被曝労働に従事しているのではない。人間関係のしがらみにより不本意な被曝労働を強いられている者が少なくない。しかも、事故対処要員の多くは周辺住民であり、その意味で原発事故によって二重の被害を受けている(地震・津波の被害を受けた者は三重苦・四重苦の被害者だ)。

(2)周辺住民
 (a)地震・津波で不肖したり瓦礫に埋まった被害者のうち、迅速に現地で救助活動が行われていれば助かったかもしれない人々が犠牲になった。福島第一原発から半径20km圏内では、原発事故が原因で救助を受けられず(放射能汚染のため救助活動がほとんど行われず)、その結果落命した住民もいた。
 (b)十数万人にのぼる周辺住民に対して、長期にわたる強制的な避難行動・避難生活を強いた。半径20km圏内の市町村だけで78,000人が居住していた。避難行動・避難生活により落命した人々も少なくない。殊に高齢者や病者には酷だった。無事だった人々も、例外なく家族・住居・土地・職場・学校等の生活基盤を完全に失うか、大きく損なった。今後、たとえ放射能の追加的大量放出がなくても、避難住民の多くは数十年以上にわたり故郷に帰れない可能性が高い【注】。帰郷できるか否か、いつ帰郷できるかの見通しがまったく立たない中、多くの住民は宙づりのような精神状態を強いられている。若者の多くは、もはや帰郷するつもりはない、と言う。たとえ法令上の規制が解除されても、若者にとってさほど意味はないかもしれない。しかし、中高年者の多くはそうではない。
 (c)警戒区域や計画的避難区域など、政府が指示した地域の範囲外に居住する人々の中にも、自主的に避難した人々が多い。それぞれ苦渋の決断を下したのだろうが、東電や政府からほとんど保護・補償・支援を得られていない。
 (d)福島県の相当部分は、高濃度に汚染された。放射線管理区域(年間5mSvに相当)に匹敵する被曝線量の地域が、福島市・郡山市を含めて広範囲に広がっている。その住民の間で放射線被曝による健康リスクや、それを最小限にするための対策による生活上の不便が生じている。殊に子どもや妊婦にとって事態は深刻だ。生計を維持しつつ放射線被曝を避けるための家族離散が起きている。
 (e)福島県とその周辺地域の農畜産業者や水産業者が、農地や家畜を失い、生産物の出荷停止を強いられることによって大きな被害を受けている。いわゆる風評被害を含めて。

(3)東日本住民を含む広範囲な国民
 (a)東日本住民は、事故拡大リスクに直面した。同時多発的原子炉破局事故が起きれば、風向き次第では東日本一帯が高濃度汚染地域となった。厳重な放射線防護をしなければならず、さらには疎開の可能性をも検討しなければならなかった。殊に小さな子どもを抱えた家族にとって、これは真剣に考慮すべき問題だった。東日本では、昨年3月には放射線のみならず、計画停電や物資不足の問題なども重なっていた。学童の授業が行われない期間でもあったから、疎開はごく自然な選択肢だった。
 (b)東日本住民の食生活にも、放射能汚染による大きな影響が出た。3月には飲料水の摂取が首都圏の一部で制限された。また、福島県を中心とする東北・関東地方でとれた農産物、海産物、畜産物が放射能で汚染され、その安全性に係る懸念が高まった。
 (c)首都圏住民を含む関東地方全域の住民は、東電の「計画停電」によって大きな被害を受けた。病院など、停電による社会的影響の大きな施設も例外ではなかった。ただし、東京23区内は、北部の一部地域を除いて計画停電の対象外となった。3月14日から4月7日まで3週間以上にわたる住民生活への影響は甚大だった。
 (d)東電・東北電力管内の企業や住民が、昨夏、電力不足問題に直面した。両電力管内については、政府の電力使用制限令が7月1日から9月9日まで、実に38年ぶりに発動された。石油危機たけなわの1974年以来のことだ。他の電力会社、殊に原発依存度の高い関西電力・九州電力・四国電力については、原発の定期検査後の再稼働が困難な状況が生じたため、管内の電力不足の可能性が指摘されたが、結果的には重大な困難は生じなかった。
 (e)福島原発事故の収束・復旧と損害賠償に要する費用は、数十兆円に達すると見られ、可能な範囲での復旧までに要する歳月としては数十年以上が見込まれる。東電を会社清算し、資産を売却しても数兆円程度しか回収できない。株式、社債、融資について債権放棄させ、正味の資産をすべて売却しても、費用のごく一部しか返済できない。残り大半について数十年にわたる巨額の国民負担が発生するのは不可避だ。現在の青少年や今後生まれてくる人々にも、相当の負担義務が背負わされる。

 【注】除染活動が行われているが、効果は限定的だ。高濃度に汚染された地域の除染はお手上げだ。それ以外の地域については、表土を数cm剥ぎ取るという除染方法が、植生の乏しい平坦な土地では相当の効果がある。しかし、森林については樹木をすべて伐採してから表土を深く取り除くという困難な作業が待ち受けている(きわめて困難)。除染活動の中長期的な効果に係る楽観論に根拠はない。

 以上、注を含めて吉岡斉『脱原子力国家への道』(岩波書店、2012)の第2章「福島原発事故のあらまし」に拠る。
 
 【参考】
【原発】『脱原子力国家への道』
【原発】日本政府はなぜ脱原発に舵を切れないか ~日米原子力同盟~
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【原発】東電電気料金値上げの根拠となる計算法は疑問だらけ

2012年09月02日 | 震災・原発事故
 水上貴央・弁護士によれば、東京電力の電気料金値上げの根拠となる計算方法は、東電に「焼け太り」を許すものだ。

 (1)高い自己資本報酬率の計上
 自己資本報酬率の算定ルールについて、電気事業の事業経営リスクを示す値を高くする計算方法の採用を許したため、実質破綻企業である東電に高い自己資本報酬率の計上を認めることとなった。つまり、原発事故によって、東電は焼け太り企業になるのだ。
 さらに、この計算方法が、原発事故を起こしていない他の電力会社にも適用される可能性がある。

 (2)負担金額の非開示
 東電は、原子力損害賠償支援機構法によって公的資金が投入されているにもかかわらず、自己資本報酬のうち特別負担金、一般負担金への拠出額を明示していない。

 (3)調達等における殿様商売
 さらなる徹底的な合理化が可能であるにもかかわらず、随意契約の見直しがきわめて甘い。

 (4)契約内容の非開示
 原発による購買電力について、原価算定期間における受電量をゼロと見積もっているにもかかわらず、原発の維持管理や安全対策工事等の費用として、1,000億円超の費用が料金原価の算入に認められた。しかし、その費用負担が妥当な理由を示すもの(東電と相手方間の契約内容)はいっさい開示されていない。よって、「受電しないにもかかわらず、なぜ費用を負担しなければならないか」という問題への根拠が何ら示されないまま計上できた。

 (1)から(4)まで徹底的に検討すれば、経済産業省が要求した圧縮幅を合わせると「値上げの必要はない」という結論もあり得る試算になる。
 最終判断の際に消費者庁が一石を投じたものの、結局は大臣の間で手打ち。
 ただし、会計検査院が東電を検査することになった。民間会社の会計全体を検査対象とするのは稀れだが、経産省がこれまでも、これからもチェック機能を果たせないことが明確な中、会計検査院が徹底した検査を行えば、「焼け太り」が少しはスリムになるはずだ。

 以上、吉田有里(国会議員秘書)「東京電力電気料金値上げの根拠となる計算法は?だらけ これでは焼け太り」(「週刊金曜日」2012年8月31日号)に拠る。
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【沖縄】に対する構造的差別 ~オスプレイ問題~

2012年09月01日 | ●佐藤優
 (1)オスプレイ問題の本質は、沖縄に対する構造的差別だ。

 (2)日本の陸地面積の0.6%を占めるにすぎない沖縄県に、在日米軍基地の74%が所在する。これは明らかに不平等な状態だ。

 (3)沖縄県以外の都道府県が普天間飛行場を引き受けないのは、地元の民意が反対しているからだ。地元の民意が反対することを強行しない、というのは民主主義の大前提だ。
 沖縄県の民意も普天間飛行場を引き受けることに反対している。しかし、東京の中央政府は、辺野古への移設を、沖縄県の民意に反して決定した。これは、沖縄県に対しては、民主主義原則が適用されない、という明白な差別だ。
 東京の政治エリートには、この明白な差別を認識できない人があまりにも多い。それは差別が構造化しているからだ。
 この場合、差別する側の人は、自らを差別者と認識していないのが通例だ。
 だから、差別されている側から、事態を客観的に認識させる闘争が必要になる。

 (4)沖縄にとって、オスプレイ問題の質的な変換が起きたのは、6月5日のことだ。
 同日の記者会見で、森本敏・防衛相は、米軍普天間飛行場に配備予定のMV22オスプレイが4月にモロッコで起こした墜落事故について米側から、事故原因が機体の問題ではなく人為ミスだった、との調査報告を受けたことを明らかにした。森本は、沖縄県内への配備前に米側の調査結果の報告があることを望む、としつつ、調査報告が普天間配備後にずれ込む可能性を示唆したl。
 沖縄県民にとって、普天間飛行場へのオスプレイ配備は、机上で論じる抽象的リスクではなく、顕在化した現実的脅威だ。森本が、沖縄県民を同じ日本人同胞と考えているならば、事故の調査報告がなされる前にオスプレイを沖縄に配置するなどという発想が出てくるはずがない。
 森本の対応で、オスプレイをめぐる沖縄に対する構造的差別が可視化された。

 (5)森本は、8月3日(日本時間4日)、米国ワシントン郊外で、オスプレイに試乗した。また、パネッタ米国防長官と会談した。
 森本が沖縄県民を日本人同胞と考えているならば、、パネッタ国防長官に対して、「沖縄の民意を考えれば、オスプレイの配備は無理だ。10月配備を強行すれば、日米同盟の根幹を震撼させるような状況になる」と説得できたはずだ。
 10月からの本格運用に日本側が合意した、という事実が、森本が沖縄県民の状況を小指の先ほども配慮していないことを物語る。

 (6)防衛官僚は、オスプレイ訓練拠点を伊江島(伊江村)や粟国島(粟国村)へ分散すれば、県内の反発を緩和できる、という頓珍漢な思い違いをしている。
 これは、普天間吉の危険を辺野古へ転嫁する、という発想と同じ発想だ。根本的にズレている発想だ。
 沖縄に対する構造的差別をそのままにし、沖縄内部を分断することで中央政府と米国の利益を保全する防衛官僚の論理を、沖縄は受け入れない。

 以上、佐藤優「沖縄に対する構造的差別を象徴する森本敏防衛相 ~佐藤優の飛耳長目75~」(「週刊金曜日」2012年8月10・17日号)に拠る。
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする