昨日は中2の女子
が二人職員室に来ていた。
他の用事だったが、
「異教徒せんせ~」
と大きな声で呼んで手を振った。出入り口からは大声でないと僕の席まで届かない。
僕は立ち上がって歩いて行った。
「久しぶりだね」
「はい」
一人は一番口の達者なおしゃまな女子で、もう一人は賢いがボケチャンピオンだ。
二人とも僕に用事があるわけではないから少し間があく。
僕は他の大人に聞こえないよう口に手を添えて言った。
「……悲しくなっちゃうから、中学生の校舎には行かないようにしてんだよ」
すると、おしゃまは大きくうしろに飛びのいて、
「あ、ごめんなさい、ごめんなさい」
「いや、いいんだよ、いいんだよ、来てくれるのは」
これが、素直な育ちのよい中2の女子の気の遣い方なのだ。
はぁ、こういう賢さもあるのかと思った。
「あの、時間割配られたとき、異教徒先生いないいない、
いなくなっちゃったのって、探したんです。
そしたら、お兄ちゃんが、これじゃない、って指さしたら、
上のほうにあって」
「お兄ちゃん、何年生」
「あ、もう卒業しちゃいました」
「ああ」
家でそんな会話があったのだ。
もうひと言、僕は恥ずかしい大人の心境を二人に小声で伝えた。
それは、言えない。
もう一人の賢いボケ担当はスピードについて来られず聞いている。
「今度のA先生もいいでしょ」
賢いボケ担当が答えた。
「はい。A先生、言ってました。
前の異教徒先生やB先生みたいに上手に教えられないかもしれないけどって」
こういう言葉を中学2年生はちゃんと覚えている。
謙虚な言葉を理解して、尊重するのだ。
「そう。いいこと言うね。
それに、A先生は若くてイケメンだから僕よりいいでしょ」
「……」
ちょうどそこへ、若イケのA先生がやってきた。
「何、話してるんですか」
「いや、やっぱり、若くてイケメンの先生のほうがいいらしいですよ。ねっ」
ボケ担当は、
「いえ、あの、なんて答えたらいいかわかんなくて」
「またまたぁ、A先生のほうがいいんでしょ」
おしゃまが、
「ん? これがイケメンですかね」
ツンツンとA先生のお腹をパンチする。
もう少しからかってから僕は前日の男子と同じように言って手を振った。
「ありがとう。またおいで」
あとで、Aさんがやってきた。
「なんか、やばいこと言ってましたか?」
「全然」
「あ……。そうですか」
当然心配だ。僕と授業を比べられるのだ。
三日前、彼の方から生徒の授業感想を見せてくれた。
どうしたらもっとうまくいくか、遠慮なく書いてくれ、と言ったそうだ。
すると、一人は、異教徒先生に教えてもらったらどうですか、と書いていた。
二人で笑った。
「あのね。中学生はみんな若い先生が大好き。
だから、A先生でよかったって思ってる子がたくさんいるわけ。
それに、小さい子ほど、すぐ忘れちゃうの。
一緒に遊んで、じゃあねバイバイって背を向けたらそのまんま。
なんにも心配することない」
「そうですか」
Aさんはすこし笑顔になる。
「それとね。ねらいどおり、さっきの女子が言ってましたよ。
A先生が、前の先生みたいにうまくできないけど頑張るから、って言ってたって。
そういうこと、覚えてんだよ。
謙虚に素直に接したら、わかる賢い子ばかりだから」
Aさんとは、とにかくわからないとき見栄を張らないで行こう、と相談してあった。
Aさんは、来たときよりずいぶん安心した顔で遠くの席に戻った。
僕はこの日、完全に目が覚めた。
中学1年生はすぐ忘れる。
そんなことは三十年近くで、何度も思い知らされていた。
それなのに、俺が教えなければなどと思い上がっていた。
今まで会ったことのないほど、優秀で可愛い生徒だったからだ。
前述し忘れたが、Aさんにはこうも言った。
「俺は親にならなかったけどね。
愛情というのは、いつも、大人から子供に対するほうが強いものです。
だから、子供はこっちが考えているほど、こっちのことは想ってない。
子供はいつもすぐ飽きて、新しいものを求めているんです」
自分に言い聞かせていた。
愛は盲目だ。
これは男女、親子に限らない普遍的な法則だ。
授業で会った、高校1年も2年も3年もとても可愛い。
歳を取るのはいいことだ。
が二人職員室に来ていた。
他の用事だったが、
「異教徒せんせ~」
と大きな声で呼んで手を振った。出入り口からは大声でないと僕の席まで届かない。
僕は立ち上がって歩いて行った。
「久しぶりだね」
「はい」
一人は一番口の達者なおしゃまな女子で、もう一人は賢いがボケチャンピオンだ。
二人とも僕に用事があるわけではないから少し間があく。
僕は他の大人に聞こえないよう口に手を添えて言った。
「……悲しくなっちゃうから、中学生の校舎には行かないようにしてんだよ」
すると、おしゃまは大きくうしろに飛びのいて、
「あ、ごめんなさい、ごめんなさい」
「いや、いいんだよ、いいんだよ、来てくれるのは」
これが、素直な育ちのよい中2の女子の気の遣い方なのだ。
はぁ、こういう賢さもあるのかと思った。
「あの、時間割配られたとき、異教徒先生いないいない、
いなくなっちゃったのって、探したんです。
そしたら、お兄ちゃんが、これじゃない、って指さしたら、
上のほうにあって」
「お兄ちゃん、何年生」
「あ、もう卒業しちゃいました」
「ああ」
家でそんな会話があったのだ。
もうひと言、僕は恥ずかしい大人の心境を二人に小声で伝えた。
それは、言えない。
もう一人の賢いボケ担当はスピードについて来られず聞いている。
「今度のA先生もいいでしょ」
賢いボケ担当が答えた。
「はい。A先生、言ってました。
前の異教徒先生やB先生みたいに上手に教えられないかもしれないけどって」
こういう言葉を中学2年生はちゃんと覚えている。
謙虚な言葉を理解して、尊重するのだ。
「そう。いいこと言うね。
それに、A先生は若くてイケメンだから僕よりいいでしょ」
「……」
ちょうどそこへ、若イケのA先生がやってきた。
「何、話してるんですか」
「いや、やっぱり、若くてイケメンの先生のほうがいいらしいですよ。ねっ」
ボケ担当は、
「いえ、あの、なんて答えたらいいかわかんなくて」
「またまたぁ、A先生のほうがいいんでしょ」
おしゃまが、
「ん? これがイケメンですかね」
ツンツンとA先生のお腹をパンチする。
もう少しからかってから僕は前日の男子と同じように言って手を振った。
「ありがとう。またおいで」
あとで、Aさんがやってきた。
「なんか、やばいこと言ってましたか?」
「全然」
「あ……。そうですか」
当然心配だ。僕と授業を比べられるのだ。
三日前、彼の方から生徒の授業感想を見せてくれた。
どうしたらもっとうまくいくか、遠慮なく書いてくれ、と言ったそうだ。
すると、一人は、異教徒先生に教えてもらったらどうですか、と書いていた。
二人で笑った。
「あのね。中学生はみんな若い先生が大好き。
だから、A先生でよかったって思ってる子がたくさんいるわけ。
それに、小さい子ほど、すぐ忘れちゃうの。
一緒に遊んで、じゃあねバイバイって背を向けたらそのまんま。
なんにも心配することない」
「そうですか」
Aさんはすこし笑顔になる。
「それとね。ねらいどおり、さっきの女子が言ってましたよ。
A先生が、前の先生みたいにうまくできないけど頑張るから、って言ってたって。
そういうこと、覚えてんだよ。
謙虚に素直に接したら、わかる賢い子ばかりだから」
Aさんとは、とにかくわからないとき見栄を張らないで行こう、と相談してあった。
Aさんは、来たときよりずいぶん安心した顔で遠くの席に戻った。
僕はこの日、完全に目が覚めた。
中学1年生はすぐ忘れる。
そんなことは三十年近くで、何度も思い知らされていた。
それなのに、俺が教えなければなどと思い上がっていた。
今まで会ったことのないほど、優秀で可愛い生徒だったからだ。
前述し忘れたが、Aさんにはこうも言った。
「俺は親にならなかったけどね。
愛情というのは、いつも、大人から子供に対するほうが強いものです。
だから、子供はこっちが考えているほど、こっちのことは想ってない。
子供はいつもすぐ飽きて、新しいものを求めているんです」
自分に言い聞かせていた。
愛は盲目だ。
これは男女、親子に限らない普遍的な法則だ。
授業で会った、高校1年も2年も3年もとても可愛い。
歳を取るのはいいことだ。